レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
1,241 / 1,557
第29章 終章

エピローグ

しおりを挟む
「日野少佐、部屋に入ってもよろしいでしょうか?」 

 カウラの言葉に機動部隊詰め所の前に立ちはだかるかえでは、あからさまに誠に向けていた敵意をほぐす。そしてその手は当然のようにカウラの胸に向かった。

「あの……」 

「大丈夫、自信を持って……」 

 そう言うと静かに平らなカウラの胸をかえでが人撫でする。それを見ている誠は次第に顔が赤くなるのを感じていた。

「うん、ベルガー大尉。飾らない胸も素敵だよ」 

 かえではそう言うと笑みを浮かべて部屋に入っていく。そう言われたカウラはほうけたような顔で誠を見つめた。いつもの緊張感で支えられているような鋭い視線はそのエメラルドグリーンの瞳にはもはやなかった。

「神前……」 

「大丈夫ですか?」 

 誠の声にすぐに自分を取り戻したカウラは東和軍教導隊から運ばれてきたばかりの執務机に向かった。誠も隣の自分の席に向かう。

「西園寺!とっとと席に着け!」 

 カウラの言葉に仕方なく部屋に入ったかなめは、かえでの方をびくびくしながらうかがった。かえではまじめに通信端末の設定をしており、それを見て安心したようにかなめは自分の席に座る。

「ああ、お姉さまの机の設定は僕がしておきましたから!」 

 そんなかえでの一言にかなめはあわててモニターを開いた。大写しされるかえでの凛々しい新撰組のような段だら袴に剣を振るう姿をかなめは冷汗をかいて眺めていた。

「かえで様素敵です!」 

 思わずリンが叫ぶ。カウラはただ黙って同情の視線をかなめに投げる。

「ちょっとこれは……」 

 誠がそうつぶやくと再びかえでの鋭い視線が誠に向けられる。

「わかったよ!これを使えばいいんだろ!」 

 そう言ってかなめはそのまま自分用にモニターの仕様を変更する。かえではその姿を確認すると笑みを浮かべながら自分の作業を続けた。

「誠ちゃん!今度のゲリラライブのビラの件なんだけど!」 

 大声を張り上げてアメリアが入ってくる。誠にとってこのときほど彼女の存在がいとしいと思える瞬間はなかった。そのまま立ち上がったのは誠とかなめだった。かなめはそのまま誠とアメリアの肩を抱えて部屋を出ようとする。

「西園寺!仕事しろ!」 

 カウラの怒鳴り声を聞いてかなめはめんどくさそうに振り向いた。

「ああ、遠隔でやっとくよ!それよりやりてえことがあんだよ!」 

「ふうん貴方からそう言うこと切り出すなんて珍しいわね」 

 部屋の中に取り残されるかえでを見て状況を察したアメリアは彼女もつれてそのまま外に出る。

「一応、誠ちゃんの端末にネタは送っておいたけど確認できる?」 

 アメリアはそのまま部屋から離れようとするかなめの勢いに押されながらも誠の腕に巻かれた携帯端末を指差した。

「ああ、後で確認します。ところで、西園寺さん?」 

「もう少し歩こうじゃねえか、な?」 

 明らかに引きつった表情でそう言うかなめにアメリアは何かをたくらんでいるような視線を向ける。とりあえずかえでと距離を取りたい。そのためなら何でもする。かなめの顔にはそう書いてあった。

「けいこ中に夜食とかあるといいわよね。できればピザとか」 

「わかった神前とオメエとサラとパーラの分だろ?ちゃんと用意するよ」 

 かなめは即答した。その様子にさらに押せると踏んだアメリアは言葉を続けた。

「甘いものは頭の回転を早くするのよね……まあ飴とか饅頭は持ち寄るから良いんだけど……」 

「なんだ?駅前のケーキ屋のか?わかった人数分用意する」 

 そのままかなめはコンピュータルームまで二人を押していくと、セキュリティーを解除して中へと誠達を連れ込む。

「じゃあ手を打ちましょう。ちょうど茜さんからお仕事貰ってきているしね」 

 そう言って端末の前に腰掛けるアメリアをかなめは救世主を見るような目で見つめている。画面には次々と傷害事件や器物破損事件の名前が並んだファイルが表示された。

「法術特捜の下請けか……わかった!」 

 そう言うとかなめは隣の端末に腰掛けて首のスロットにコードを刺すと直接脳をデータとリンクさせた。硬直したままのかなめは目を閉じる。外部センサーの機能を低下させて事件のデータを次々と読み込んでいる様子がアメリアの前の画面でもわかった。

「かなめちゃんは単純でいいわね」 

 そう言うとアメリアは立ち上がって彼女の後ろに立っていた誠に向き直る。

「誠ちゃんももうだいぶ部隊に慣れたわよね」 

 アメリアは紺色の流れるような長い髪をひらめかせる。誠はそのいつもと違うアメリアの姿に惹きつけられていった。

「ええ、皆さんのおかげで」 

 細く切れ込むようなアメリアの視線が誠の目を捕らえて離そうとしない。誠はただ心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら固まったように立ち尽くしていた。

「えーと、困ったな私。何を言ったらいいんだろうね」 

 そう言って視線をそらすアメリア。長い髪の先に手を伸ばし、上目遣いに誠を見つめる。

 誠も困っていた。アメリア、かなめ、カウラ。三人に嫌われてはいないとは思っていた。それぞれに普通とはかなり違う好意が示されているのもわかっていた。それでもどうしても踏み込めない。そんな誠。そしてアメリアは今その関係を踏み越えようとしているのかもしれない。

 そう考えると誠の心臓の鼓動はさらに早くなった。

「クラウゼ少佐……」 

「いいえ、アメリアさんって呼んで」 

 二人は見詰め合っていた。お互いの呼吸の音が聞こえる。静まり返ったコンピュータルーム。近づく二人の顔と顔。誠にはこの時間がどこまで続くかわからないとでも言うように思えた。

「おい……」 

 突然沈黙が破られた。データの閲覧を終えたかなめがいらだたしげに机に頬杖を付いて二人を見上げている。

「ああ、いいぜ続きをしてくれても」 

 誠の額に脂汗がにじむ。かなめは明らかに怒りを押し殺している。

「かなめちゃん、無粋ね」 

 いつものようにアメリアは挑戦的な視線を投げる。かなめは口元に皮肉めいた笑みを浮かべてにらみかえす。

「人を無視していちゃいちゃするってのは無粋じゃねえのか?」 

 かなめの言葉が震えているのに気づいた誠は一歩彼女から引き下がった。

「神前、三股とは良い了見じゃねえか。まず……」 

「三股?カウラちゃんと私はわかるけどあと誰がいるのかしら?」 

 その切れ長の目の目じりを下げてアメリアはかなめに迫る。

「馬鹿!こいつは人気なんだよ!こんなんでも。ブリッジにもいるだろ?あんだけ女がいるんだから」 

「ふーん。そんな話は聞かないけど……私よりあの娘達に詳しいのねかなめちゃんは」 

 その言葉に反撃できずにただかなめはアメリアを見上げる。

「まあ、いい。データの抽出はできたからあとは各事件の共通項を抜き出す作業だ!神前!手伝えよ!」 

「素直じゃないんだから」 

「何か言ったか?」 

 かなめの怒鳴り声に辟易したようにアメリアは両手を上げる。誠も次々と自分の前のモニターに映し出されていくデータに呆然としていた。そこで部屋の扉が開く。

「仕事だろ、手伝うぞ」 

 そう言っていかにも偶然を装うようにカウラは端末に腰掛ける。

「また邪魔なのがまた来やがった」 

 そうかなめは吐き捨てるようにつぶやく。

 誠はいつまでこのどたばたが続くのか、そんなことを考えながら自分の頬が緩んでいるのを感じていた。

                                                了      
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

処理中です...