レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直

文字の大きさ
71 / 105
引っ越し

修理屋泣かせの連中

しおりを挟む
 かなめは一瞬、茜の言葉、『アイシャが誠達とともに法術特捜の捜査員を兼務する』という意味を理解できないでいた。

 しかし茜にまじまじと見つめられてようやく事態を把握した。

「なんだってー!」 

 かなめの叫び声が響き、ドアからうわさの人アイシャが顔を覗かせる。

「なにやって……」 

 アイシャはそれだけ言うと言葉を続けることは出来なかった。自分の顔をこれでもかというくらい突きつけているかなめにアイシャはただ息をのむ。ただアイシャはなんだかわからず立ち尽くしている。

「そんな……私に気があるなんて……かなめちゃんにはかえでさんがいるじゃないの」 

 そう言いながらもアイシャは目を閉じてキスを待つような格好をする。

「そう言う話をしてるんじゃねえ!本当か?こいつの言ったことは、本当か?」 

「話が見えないわよ!茜さんが何言ったのよ!」 

 助けを求めるようにアイシャは誠に視線を投げる。

「法術特捜の司法局実働部隊からの協力者のメンバーにアイシャさんが入っているかということですよ」

 誠の言葉にアイシャは余裕の笑みを浮かべていた。

「そうなんだけど、何か問題があるの?」 

 その挑戦的な口調に、かなめは思わず引き下がった。

「こんちわー!何でも屋です……って、どういうこと」 

 タイミングを計ったかのように島田が部屋に工具を持って現れた。ぴりぴりした雰囲気。にらみ合うアイシャとかなめ。助けを求めるように島田は誠に目を向けた。

「ごめんなさいね茜ちゃん、ガサツ娘のお手伝い頼むわ。島田君!こっちのクーラーは後回しにして次はカウラの部屋のにしましょう」 

 アイシャはいつものようにころりと態度を変える。

「じゃあ西園寺さん、終わったら呼んでください」 

 右手に持ったドライバーを器用に手の上でくるくると回すと、島田はそのまま消えていく。

「お前も一緒に消えろ!」 

 かなめは二本目のタバコに火をつけて、茜が畳を拭くのを眺めている。

「かなめちゃんも少しは手伝ってあげれば良いのに。あなたの部屋なのよ」 

 アイシャはそう言うと、手にした雑巾をバケツの中で洗う。かなめはそんな様子を不承不承見守っている。茜もアイシャもかなめのそんな態度には慣れきっていると言うように、黙って畳を拭き始める。

「後は窓ガラスだけですね。ちょっと待っててください」 

 そう言うと誠は黒い汚れた水のバケツを持って廊下に出た。昼も近くなり、額の汗が部屋の埃を吸い込んで肌に張り付いているのがわかる。

「神前君。大丈夫?」 

 水道の前でクーラーのフィルターを洗っているサラに声をかけられた誠は、汗を拭いながら洗い場に汚れた水を流す。

「まあ、大丈夫ですよ。もう少しで終わりそうな感じです。後は窓だけですから」 

「それじゃあこれがいるわね」 

 そう言うとパーラは新品の雑巾を二枚渡す。

「ありがとうございます。それにしてもすみませんねえ。二人とも休みを潰しちゃって」 

 誠はそう言うと空になったバケツに新しい水を注いだ。

「私達の方が言う言葉よ、それ。アイシャのことだから、絶対、これから誠君に迷惑かけるでしょうからね」 

 パーラのその言葉に、誠は乾いた笑いを浮かべる。

「それじゃあ行ってきます」 

 あまり待たせれば間違いなく雷が落ちると予感した誠はそのまま二人を置いてかなめの部屋に戻った。

 誠は窓を拭き始めた。ただビルの影の窓なのでそれほど汚れは無い。

「手伝いますわよ」

 声をかけてくる茜に首を横に振ると誠は仕上げのからぶきを始めた。

「ようやく終わったわね。誠ちゃんももうすぐみたいじゃないの」 

 部屋の中央でアイシャは部屋を見回した。茜は微笑んで静かに部屋を出て行く。かなめは相変わらずタバコをくゆらせている。アイシャは澄んだ色のバケツに新品の雑巾を落として絞る。

「ああ、暑いなあ。誠!島田の修理屋がどうなってるか見てきてくれよ」 

 かなめはそう言うと畳の上に大の字で体を横たえた。

 誠はアイシャの部屋を通り過ぎてカウラの部屋に入った。踏み台に乗った島田がクーラーの前の部分を外してドライバーで中の冷却剤の流れている管を叩いている。

「おっかしいなあ、漏れてるわけじゃないんだけど」 

 島田の作業の結果拡げられた新聞紙の上の部品をカウラは一つ一つ手にとって眺めている。

「どうしたんですか?島田先輩」 

「神前か。実は冷却剤が漏れてるみたいなんだけど。さて、どうしたもんかね」 

 島田は頭を掻いて困った表情浮かべる。

「補充用の冷却剤の缶ってこれですか?」 

 誠は足元の缶を眺める。それがすぐになんであるかわかった。

「島田。これが原因なら間違いなく入らないだろうな」 

 カウラもそれを見て人工的な笑いを浮かべる。

「これエアソフトガン用のガスですよ」 

「おいホントかよ!吉野か上島の馬鹿、あれほどエアコンのガスかっぱらうなって言ったのに」 

 島田はそのまま踏み台から降りた。

「これじゃあ買出し行かないと無理っすね。ベルガー大尉、すいませんが明日の朝には都合つけますから」 

 そう言って島田はばらしたクーラーの組み立てにかかる。

「神前。西園寺大尉には午後になるって言っといてくれよ」 

 島田は器用に全面のカバーを組み込んで、手にしたボルトを刺していく。

「手伝わなくても大丈夫ですか?」 

「技術屋を舐めるなよ」

 そう言うと島田はてきぱきと修理のために外していた基盤をクーラーに差し込んでいく。 

「誠。まだ西園寺の部屋は終わらないのか?」 

 島田にねじを渡しながらカウラが誠に向き直る。

「今、アイシャさんが手伝ってますからすぐ終わると思うんですけど……」 

「あいつまたサボってタバコでも吸っているのか」 

 カウラはあきれたような顔をして、小さな基盤を島田に手渡す。

「じゃあ戻ります」 

 作業の邪魔にはなるまいと、誠はそのままカウラの部屋を出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...