レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直

文字の大きさ
79 / 105
西園寺かなめ

部屋とプレゼント

しおりを挟む
 立ったままかなめは口にスモークチーズを放り込んで外の景色を眺める。窓には吹き付ける風に混じって張り付いたのであろう砂埃が、波紋のような形を描いている。部屋の中も足元を見れば埃の塊がいくつも転がっていた。

「西園寺さん。掃除したことあります?」 

 そんな誠の言葉に、口にしたウォッカを吐きかけるかなめ。

「……一応、三回くらいは……」 

「ここにはいつから住んでるんですか?」 

 かなめの顔がうつむき加減になる。たぶん部隊創設以来彼女はこの部屋に住み着いているのだろう。寮での掃除の仕方、それ以前に実働部隊の詰め所の彼女の机の上を見ればその三回目の掃除から半年以上は経っていることは楽に想像できた。

「掃除機ありますか?」 

「馬鹿にするなよ!一応、ベランダに……」 

「ベランダですか?雨ざらしにしたら壊れますよ!」 

「そう言えば昨日の夜、電源入れたけど動かなかったな」 

 誠は絶句する。しかし、考えてみれば胡州の四大公の筆頭である西園寺家の跡取りである。そんな彼女に家事などが出来るはずも無い。そう言うところだけはかなめはきっちりと御令嬢らしい姿を示して見せる。

「じゃあ、荷物を運び出したら。掃除機借りてきますんで掃除しましょう」 

「やってくれるか!」 

「いえ!僕が監督しますから西園寺さんの手でやってください!」 

 誠の宣言にかなめは急にしょげ返った。彼女は気分を変えようと今度はタバコに手を伸ばした。

「それとこの匂い。入った時から凄かったですよ。寮では室内のタバコは厳禁です」 

「それ嘘だろ!オメエの部屋でミーティングしてた時アタシ吸ってたぞ!」 

「あれは来客の場合には、島田先輩の許可があれば吸わせても良いことになっているんです!寮の住人は必ず喫煙所でタバコを吸うことに決まっています!」 

「マジかよ!ったく!失敗したー!」 

 そう言うとかなめは天井を仰いでみせた。

「そうだ……神前。ついて来い」 

 かなめはそう言って急に立ち上がる。誠は半分くらい残っていたビールを飲み下してかなめの後に続く。誠が見ていると言うのに、かなめはぞんざいに寝室のドアを開ける。

 ベッドの上になぜか寝袋が置かれているという奇妙な光景を見て誠の意識が固まる。

「あれ、何なんですか?」 

「なんだ。文句あるのか?」 

 そのままかなめはそそくさと部屋に入る。ベッドとテレビモニターと緑色の石で出来た大きな灰皿が目を引く。机の上にはスポーツ新聞が乱雑に積まれ、その脇にはキーボードと通信端末用モニターとコードが並んでいる。

「なんですか?これは」 

 誠はこれが女性の部屋とは思えなかった。『高雄』のカウラの無愛想な私室の方が数段人間の暮らしている部屋らしいくらいだ。

「持っていくのは寝袋とそこの端末くらいかな」 

「あの、西園寺さん。僕は何を手伝えば良いんですか?」 

 机の脇には通信端末を入れていた箱が出荷時の状態で残っている。その前にはまた酒瓶が三本置いてあった。

「そう言えばそうだな」 

 かなめは今気がついたとでも言うように誠の顔を見つめる。

「ちょっと待ってろ。テメエに見せたいモノがあるから」 

 そう言うと壁の一隅にかなめが手を触れる。スライドしてくる書庫のようなものの中から、かなめは小型の通信端末を取り出した。明らかに買ったばかりとわかるような黒い筐体をかなめは手渡す。さらに未開封のゲームソフトらしいモノをあわせて取り出す。

「誠はこう言うのが好きだろ?やるよ」 

 誠はかなめの顔を見つめた。かなめはすぐに視線を落とす。

「もしかしてこれを渡すために……」 

「勘違いすんなよ!アタシはもう少しなんか運ぶものがあったような気がしたから呼んだだけだ!これだってたまたまゲーム屋に行ったら置いてあったから……」 

 そのまま口ごもるかなめ。誠はゲームソフトを見てみる。どう考えてもかなめが買うコーナーには無いギャルゲーである。

「『こころ物語』ですか。主人公キャラが男女二人になって、どちらからでも攻略できるんですよね。確かアイシャさんが18禁バージョンの限定版を三つ確保したとか自慢してましたけど」 

「アイシャの奴買ってたのか?」 

「まあこういうゲームの収集はアイシャさんの守備範囲ですから」 

「そうか……」 

 誠の言葉にかなめはそう言ってがっくりとうなだれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...