遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第七章 『特殊な部隊』のスパルタ

第16話 不死者の条件

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「結構……もったじゃねえか!」

 かなめが苦笑混じりに言う。カウラはハンガー脇のモニターに映る戦闘映像を巻き戻しながら何度も見返していた。その前で西が敬礼をしている。自分でも不思議な気分だと感じつつ、誠は静かにコックピットから降りた。

「ベルガー。新人の育て方、少しは板についてきたな。神前もようやく『使える』レベルになった。……ま、まだ詰めは甘いけどな」

 シミュレーターから降りながらランがカウラに言う。

「それと、クラウゼ」

 アメリアがエレベーターで降りようとしていたが、ランの声にビクリと反応する。

「一応『予備』とはいえパイロットなんだろ?神前に頼りっきりってのは感心しねーな。西園寺に次ぐ実戦経験者だろ、お前。戦場の勘、敵の気配、そういうもんをなんで伝えられない?今回のペアはアタシの判断だった。それが無意味だったってことか?上司に恥かかせて楽しいか?」

 タイミングを見計らったように西がランにタオルとドリンクを差し出す。ランはそれを受け取り、アメリアに言葉を投げながらカウラの方へ歩いていく。かなめはその様子に満足げに頷いていた。

「何かわかったか?」

 ランに声をかけられ、カウラは驚いたように直立不動になる。

「おいおい、神前はお前らの部下だろ?隊長のやり方もある。力、抜けよ」

 そう笑うと、ランはスポーツドリンクを片手に詰所への階段を上がり始めた。

「お疲れ様でした!」

 アメリアが声をかけると、ランは軽く右手を上げて去っていく。

「……神前相手だからって、言いたい放題だな。あの餓鬼、いつかシメる」

 かなめがハンガーの扉に拳を叩きつける。

「ああ、扉が可哀想」

 アメリアは呟きながら扉をさすり、凹んでいないことを確認すると、かなめの肩に手を置く。

「しょうがないじゃない。あの子、私達の教官だし。それに……一番気に入られてたのは、かなめちゃんだったじゃない」

「……認めたくないけど、ランちゃんの腕は確かだし、私も誠ちゃんに頼りすぎてた。導くべきは、私だったのに」

 アメリアは聞こえないほどの声で何かを呟いた。

「しかし、改めて見ると……クバルカ中佐、小さすぎません?」

 誠が話題を変えるように言う。

「『幼生固定』っていうのよ。普通の不死人は成人後に老化が止まるけど、ランちゃんは成長前に止まっちゃったの。隊長曰く、遼州人とはまた違うタイプの法術師らしいけど……見た目ちっちゃくて可愛いし、丈夫で長生き。正直、うらやましいくらいよ」

 アメリアの冗談めいた声に、誠は苦笑しながらうなずいた。

「でも……あの人、地層から掘り出されたって……埋まるような性格に見えませんけど?」

「私も聞いたわ。まあ、はったりでしょうね。遼州最古の埋葬遺体は1億年前。青銅器と一緒に見つかった棺桶が限界。4億年なんて、ランの姐御の作り話だって」

 かなめがそう言って笑う。

「でも本当に不死人なんですか?クバルカ中佐……」

 誠が問うと、アメリアの表情が急に硬くなる。

「誠ちゃん。隊長とは昔からの付き合いなんでしょ?何か、変わったとこ……ある?」

 誠は答えに詰まる。嵯峨は最初から今まで、まったく変わっていなかった。いつも誠より若く見え、態度も軽い。

「……でも、そんなに不死の人間がいるなら、人口が増えてもおかしくないんじゃ……?」

「不死人もね……『死ねる』のよ」

 アメリアは穏やかに、しかしはっきりと言った。

「……死ねる?どういう意味です?」

「文字通りの意味よ。ある『条件』を満たすと、死ぬの。不死人でも」

「条件……って?」

「私が知ってる限りでは『存在の揺らぎ』。それ以上は……言えない」

 アメリアは微笑んだが、その瞳に冗談の色はなかった。

「『存在の揺らぎ』……?」

 誠はその言葉を反芻するしかなかった。

「誰かが『死ぬ理由』を持ったとき、不死人は死ぬ。それだけ」

「……じゃあ、僕の家族とかが……不死人だったりするんですか?」

「誠ちゃんは不死人じゃない。でも、推測については今は言えない。私は知ってるけど、それを聞いたら誠ちゃんは苦しむ。私はそれが嫌なの」

 アメリアの静かな声に、誠は思わずカウラへと視線を向けた。

「……ずいぶんやるようになったな」

 カウラが笑うと、アメリアがいきなり誠にボディブローを放つ。

「ちょっと!私と話したと思ったら今度はカウラ!?誠ちゃん、ほんと節操ないんだから!」

「ひ、酷い……アメリアさん……」

 腹を押さえる誠を無視して、アメリアはそのままグラウンドに走り出した。

「あいつ、最近お前にきつく当たるようになったな。なにか身に覚えがあるんじゃないか?」

「そんな……ただ不死人の話をしてただけですよ」

 誠が先ほどまでアメリアと話をしていた話題を聞くとカウラの表情は一瞬で曇った。

「その話はしない方がいい……デリケートな問題だからな。この国の戸籍の年齢制度の滅茶苦茶さはその国民に占めるあまりに多い不死人の割合と関係している。まあ、都内の剣道場で育ち、私立高校の剣道教師の貴様には知ることもできない世界の話だがな」 

 そう言ってカウラは乾いた笑みを浮かべた。誠は不死の存在だと自称するランのことを思い出しながらアメリアにパンチを食らった腹を押さえつつ苦笑いを浮かべた。


 
 昼飯を終えると誠は電算室にいた。目の前の空間に浮かぶ画面は二分割され1つは先ほどの戦闘が、もう1つはランに提出を求められた戦闘時における対応のレポートが映し出されていた。

「神前、終わったか?」 

 そう言うと手にマックスコーヒーを持ったかなめが現れた。脂汗を流してじっとしている誠に向けてかなめは真っ直ぐ歩いてくる。

「ご苦労なことだな。カウラももうすぐ着替え終わるだろうからこれでも飲んでろよ」 

 そう言うとかなめは誠にマックスコーヒーを手渡した。

「ああ、そう言えばアメリアの奴はパーラの車で出るって言ってたから待たねえで良いってさ」 

「それにしてもオメエ、結構がんばってるみてえだな」 

「はあ」 

 マックスコーヒーを飲みながら誠は一息ついた。

「じゃあ行くか」 

 そう言ってかなめは立ち上がった。誠も苦笑いを浮かべて端末を終了させる。

「また飲むんですか……」 

 こういう時はいつも飲みと決まっていた。二人はそのまま実働部隊控え室に入った。

「遅かったな」 

 すでにカウラは席に座って携帯端末で先ほどの誠の戦いを繰り返し見ていた。

「飽きねえなあお前も。ちっちゃい姐御は隊長室か?」 

 そう言うとかなめもカウラの正面の席に座った。

「ああ、入ったまま出てこないな」 

 先ほどのシミュレータでの訓練を終えたままランが出てきていないのはカウラの言葉で明らかになった。

「それにしても……いつもいるんだな」

「なに?いちゃ悪いの?」

 この部屋の部外者であるアメリアが空いたパイプ椅子に座って周りを眺めている。

「まあお前の仕事をちゃんとしていればそれでいい」

「してるわよ……任せなさい」 

 ここまで言うとアメリアは扉の外に手を振った。誠が振り返るとそこにはパーラが手を振っている。

「じゃあ、先行ってるわね」

 そう言うとアメリアは小走りでパーラのところに向かった。

「アタシ等も出かけるか?」 

 かなめはそう言うと椅子をきしませながら立ち上がる。

 クバルカ・ラン副隊長の正式移籍に伴う飲み会。それがこれから待っている出来事だった。

「そう言えばクバルカ中佐の足はあるのか?あの人……飲むだろ?運転代行でも頼むのか?」 

 そうかなめに尋ねるカウラだが、かなめは無視してそのまま部屋を出ようとする。

「そのくらいの手配はできるだろ?見た目はああでも子供じゃねえんだ」 

 そう言うとかなめは静かに部屋を出て行った。

 かなめにつられるようにして誠は廊下に出て周りを見回した。もう秋も深くなろうとしている。すでに夕日は盛りを過ぎて、紺色の闇に対抗するべく蛍光灯の明かりが降り注ぐ

「あの、僕も着替えたほうが……」 

 勤務服姿の誠の問いに肩に手を当てるかなめ。

「いいんだよ、こいつだって制服以外の服はろくに無かったんだからな」 

 そう言ってかなめは後ろに立つカウラを親指で指した。

「借金があってな……パチンコの負けが込んだ。……信じられるか? これでも私、几帳面なんだがな」

 そう言ってカウラは顔を赤らめる。かなめは今度はカウラの肩に手を乗せる。

「良かったな。姐御が正式配属になればちゃんと更生できるだろ『パチンコ依存症』から」 

 そう言ってうつむくカウラにかなめは挑戦的な表情で絡みつく。そしてねちっこくカウラの頬を突く。そのタレ目はゆっくりと方向を変えて誠を見つめた。うつむいたカウラのエメラルドグリーンの髪が蛍光灯の明かりに照らされて輝いて見える。

「じゃあ着替えてきますね」 

 かなめにそう言うと誠は廊下を早足で歩いた。すれ違う技術部の男子隊員達を無視して更衣室に飛び込む。

「上がりですか。ご苦労様です!」 

 中にはつなぎを着込んだ西が立っていた。

「夜勤か?大変だね」 

 そんな誠の言葉に、西は軽く頷く。

「仕方ないですよ、島田先輩は出張中ですから仕事が結構たまっちゃうもので」 

 西は計算したように華奢な体を翻して飛び出していった。

 誠は大きくため息をつくと自分のロッカーを開き、指紋認証の保管庫を開く。そのままガンベルトを外して中に納めて扉を閉める。自動で鍵がかかる音がする。作業着のボタンを外す誠の後ろでドアが開く音がした。

「よう、上がりか?良い身分だねえ……神前。貴様は無意味に残業してるよな……書類の作成に時間がかかる?そんなもんは自分の能力不足だろうが?それとも何か?俺にその結果作業を増やして残業代を稼がせてやろうと言う後輩なりの気遣いか?要らない気遣いだな。仕事は終業時間内にきちんと終わらせろ。それが社会人の常識だ!」 

 そう言うのは菰田主計曹長だった。誠は正直この先輩が苦手である。

 彼の唱える『ヒンヌー教』は部隊の一大勢力ともいえる非公然組織として司法局や他の軍や警察にすら知られていた。教義は『ほのかな胸のふくらみが萌えるだろ?』と言う非常にマニアックで感覚的な言葉である。スレンダー美女を崇拝し、彼らの定義する『萌え』を備えたという女性は限りなく神に近いという電波教義を、一部の野郎共の間で本気で信じている変人、それが菰田だった。 彼自身は大真面目だが、周囲からは『また始まった』と思われていて、一部の島田の鉄拳制裁を受け続けて個人的恨みを持つ整備班員意外には相手にされてはいなかった。

 その生きた神がカウラだった。カウラは明らかに嫌がっているが、それを好意と勘違いするほどに彼らの思考回路は歪んでいた。

「そう言えば神前曹長は今日は月島屋に呼ばれているんだよねえ」 

 耳まで伸びた油ぎった髪を掻きあげる菰田の言葉に誠は仕方なくうなずく。

「うらやましいねえ、俺もパイロットになれば良かったよ。俺みたいな裏方は花形のパイロットさん達と違って何かあっても完全黙殺だ。手柄を立てようにも戦場が無い……ああ、その戦場で手柄を立てた割にきっちり降格処分を食らった誰かさんが居ましたっけねえ……その点、俺みたいな管理部門は大きな減点を食らうことが無い。その点では今の地位に感謝しないといけないのかな?ねえ、英雄の神前曹長?」 

 そう言って上目遣いに見つめてくる態度は先輩のものとわかっていても誠の癪に障った。確かにかなめでなくてもそのまま襟首を締め上げたくなる、そんなことを考えながらズボンをはきかえる。

「まあ、今日はあのクバルカ中佐が隊の主軸として活躍することになる記念の会の主賓だからね。せいぜい失礼を……?」 

 そこまで言ったところで菰田の手が止まる。菰田の視線はドアに向かっている。誠の目に映る菰田が、跳ね上がるように背筋を伸ばすとブリーフ姿で敬礼をした。慌てて誠もドアに視線を移す。

「いいんだぜ、気にしなくてもよー」 

 そこに立っていたのはランだった。

 小学校に入ったばかりというような小柄な体格のランが腕組みをして誠を見つめている。とりあえずズボンのベルトを締めると敬礼をしようとした。

「だから、いいって言ってんだろ?それよか神前……」 

 そう言ってランはいかにも自然に男子更衣室に入ってくる。

「アメリアの奴がパーラの車に分乗する分、カウラの車の席空いてんだろ?乗せてくれるように頼んでくれよ」 

「は?」 

 いかにもばつが悪いと言うようにランは頭をかきながらつぶやく。

「別に良いですけど、直接頼んだらどうですか?」 

 そう言った誠にランは冷めた視線を浴びせる。

「そいつは正論だがなー……アタシがアイツ等にものを頼むってのは借りを作るみてえで気持ち悪りーんだ。まあ、オメーになら頼みやすいからな」 

 そう言うランを後目に誠はジャケットを羽織ってバックを掴んでロッカーを閉めた。

「まあ、オメーになら頼みやすいからな……って、調子狂うな。お前、そういうとこ、ズルいぞ!だからオメーはやりたくもねーことをみんなから頼まれるんだ!そう言うところを直せ!」

 ランは照れながら誠に向けてうつむき加減にそう言った。

「なるほど、頼みやすいのか。ふうん」 

 突然の声にランは振り向いた。そこにはランをタレ目で見つめているかなめとブリーフ一丁の菰田に思わず目を押さえるカウラの姿があった。

「いやいや、中佐殿、教導官殿を乗せることには自分は全く反対しませんよ。なあカウラ」 

 とりあえず更衣室を出た誠とランにかなめは声をかける。

「まあ、そうだな。私の車でよければ」 

 そう言うと菰田に背を向けてカウラは車のキーを取り出し、歩き始める。

「すまねーな。オメー等も疲れてんだろ?」 

 ランは弱みを握られたような引きつった笑みを浮かべる。それをいつものタレ目をさらにまなじりの下がった姿にしてかなめが見下ろしている。

「いえいえ、アタシ等は中佐殿と違って暇を持て余していますから。明日はご予定は?」 

 そう言うかなめに、ランは思わず釣られて携帯端末を取り出す。

「一応、今日じゃなく明日に隊長に会うつもりでいたから明日の昼間はまるまる空いてるんだ。夜からは遼北陸軍第二十三混成特機連隊の夜間教導の予定が入ってるけどな」 

 そう言うとランはかなめの顔を見上げた。ランの顔は完全に『しまった』と言う顔をしている。

「それじゃあかなり付き合えそうですねえ」 

 まなじりが下がりっぱなしのかなめを見て、誠も不安を感じていた。だいたいこう言う表情をかなめが見せるときはろくなことが起きない。

 ランは頬を引きつらせながらハンガーの階段をカウラに続いて降り始めた。西達夜勤組の整備班員がランの姿を見て敬礼した。軽く手を上げて答えるランだが、どこかしら不安そうな表情が口元に浮かんでいた。

 階段を下りてハンガーを抜けもうすでに闇夜に包まれようとするグラウンドに出た。空は隣接している菱川重工豊川の出す明かりで煌々と照らしだされていた。二人はそのまま本部前の駐車場に向かう。駐車場にはカウラの『スカイラインGTR』の他に茜の高級セダンが停められているのが見えた。それに1回り大きいパーラの四輪駆動車が目についた。

「パーラの奴、まだ残ってるのか?さっきアメリアを連れて出ていったはずだが」 

 そう言うとカウラは自分のスポーツカーの鍵を開ける。

「あいつ等だろ。どっかで遊んでるんじゃねえの?」 

 かなめはそんなことを言いながらさも当然というように助手席のドアを開けると狭い後部座席に乗り込んだ。誠も気をきかせてそのあとに続いて乗り込む。

「なんだよ。アタシじゃねーのか?そこは」 

「いえいえ、中佐殿にはこのような狭い場所はふさわしくないですから」 

 そう言って笑うかなめを見てカウラは思わずこめかみに手を当てた。

「じゃあ失礼して」

 小さなランが助手席に座った。明らかにその視界はダッシュボードに邪魔されて前が見える状況ではなかった。

「出しますよ」

「頼む」

 カウラの言葉に申し訳なさそうに呟くランを見てかなめが吹き出しそうになるのをぼんやりと見ながら誠は車が動き出すことで動き出す景色を眺めていた。
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