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『悪党の狩場』

第73話 隊長なりの気遣い

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 二人きりになったとたん、店員の表情は敵意に満ちたものから穏やかなそれに代わった。嵯峨はそれを確認すると静かに店員の肩を叩いた。

「ずいぶん長い『内偵』になったね……」

 若い店員の目に急に嵯峨に対する敬意の色を帯びる。

「少将。自分はこういうことは慣れていますから」

 『内偵』任務の仕上げに入った男はそう言って嵯峨に笑いかけた。

 見た目がふざけているほど若い嵯峨よりは年上の30代に見える男は、背広から小型拳銃を取り出す。

「俺はそういう時は『内偵担当者』に敬意を表して直接出向く質でね」

 エレベーターは25階の最上階に向けて登り続ける。

「『内偵』経験者としては、お前さんみたいな奴の気持ちはわかるんだ」 

 銃を構えた嵯峨のスパイは周りを見回した後、安堵の笑みを浮かべながら静かな調子で語り始めた。

「標的の『皆殺しのカルヴィーノ』は、最上階の専用の私室に入ったまま動く様子はありません。見込みどおりあの男が外惑星連邦の外務省のエージェントと接触しているのは私も……」

 嵯峨は手を上げて若い男の言葉を制した。 

「そいつはダミーだよ。何しろ今回の一件は俺から積極的に仕掛けてるんだ。地球圏在住の旦那衆も馬鹿じゃねえよ。神前の『素性』の売り手はいくらでもあることくらい、ちょっと頭の回る人間ならすぐわかることさ。値段がつりあがるまで待って、そこで引き渡すってのが商道ってもんだろ?技術部の『ネットマニア将校』が漁っただけでも、地球圏の『某政府』はその倍の値段を出してたぜ」 

 老舗のビルの業務用らしい粗末なエレベータに二人して乗り込む。

「じゃあマフィアに火をつけたのは……」

 若い男は再び背広の中に手を入れて小型拳銃を取り出した。 

「それが分かればねえ……俺だって苦労しねえよ。ただ『特殊な部隊』の隊長としては、ここで一つの『けじめ』って奴をつけなきゃなんねえな。安心しな、オメエさんの家族は、俺の知り合いが『甲武国』の『俺所有の直轄コロニー』へご同道している最中だ。まあこの一件の片がつくまで家族水入らずで過ごすのも悪かねえだろ?」 

 エレベータは時代遅れな速度でようやく目的の階に到着した。

「まあちょっとだけ付き合ってくれや。始末はウチでつけるからな」 

 その言葉に安心したとでも言うように、男は嵯峨を頑丈そうな扉で閉ざされた部屋へと導いた。
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