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『女王様』と『正義のヒロイン』と『偉大なる中佐殿』

第144話 『特殊な部隊』の機動部隊長として不死を語る幼女

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 ランはすぐに回線を『那珂』のブリッジにつなげた。

『聞いてっか?近藤の旦那。オメーはもう終わりだ。降伏しな。まあ『国家反逆罪』は『甲武国』の法律では銃殺だが……『甲武国』お得意の『連座制』であんたの決起の道連れで死んじまうはずの家族は助かる……アタシは『不殺不傷』を看板にしてんだ……人を殺してくねーんだ。降伏しな』

 『偉大なる中佐殿』挑発は効果的だった。誠の全天周囲モニターに40代後半の丸刈りの将校の画面が映った。

『これはこれはかわいらしい声で……子供が言うことではありませんなあ……人を『殺す』なんて。まあ、我々には高い志がある。当然、引くつもりは無いし、負けるつもりも毛頭ない』

 誠は画面の中の男の言い分もわかった。数は完全に近藤等の貴族主義決起派が有利である。いくら、『人類最強』のランが指揮し、『軍用サイボーグ』のかなめが狙撃を仕掛けるとしても『特殊な部隊』の不利は動かしがたく見えた。

「僕は……およびじゃないしね」

 そんな独り言を言いながら、誠はランの『心理戦』の効果を見るべく二人の会話を聞いていた。

『自信があるみてーだが……見えてねーな、『リアル』が。そんな目が節穴の旦那にも、いーこと教えてやる。ついでにこれを傍受してる『地球圏』やその他の星系の『もやし野郎』にも教えてやるわ』

 ランはそう言ってにんまりと笑った。見た目の『幼女』らしさを感じられない老成した感情がそこに見て取れた。

『ものを知らねー軍人さん達にはちょっと難しー話だが……『言語学』の話だ……わかんねーか?大事だぜ……『言語学』。まー、これは隊長からの受け売りだけどな』

『言語学?下らんな……理想を語るには自分の『言葉』さえあればいい』

 挑戦的な幼女の教養的会話に近藤はいら立ちをあらわにしてそう言った。

『いーから最後まで聞けや。遼州人と呼ばれる『リャオ』を自称した人々には『時間』と言う概念がねーんだ……理解できねーか?その意味が』

 一語一語、確かめつつランはそう言い切った。

『それは『リャオ』が原始人だというだけの話だな……地球人に文明化されて結構なはなしじゃないか』

 まったくランの言葉を理解するつもりは無いというように近藤はそう言った。

『文明化ねえ……まーいーや。アタシは『経験上』、『時間』の概念を知らねー意味を知ってたんだ……』

『経験上だと?』

 近藤が初めて戸惑ったような表情を浮かべる。

『そーだよ。『経験上』知ってんだ。まだ分かんねーかな……アタシが『最強』を自称する理由が……そして、アタシの見た目が『8歳児』で変わらねーことで分からねーかな?』

 そう言って笑うランの言葉を聞くと近藤の表情が急に驚きの色を帯びた。

『とどめだ。アタシの戸籍の年齢は34歳!アタシは十年前に東和共和国に『亡命』した!これでも分かんねーか?分かるだろ!アタシはな年をとれねーんだ!認めたくねーが、『永遠』にこの見た目のまんまなんだ!察しろ!』

 その言葉の意味。誠もようやくランが何を言いたいのかを理解した。

『まさか……ありえん!地球の科学では永遠に不可能だ……そんな存在は『おとぎ話』にしかあってはならない……』

 近藤も、ランの正体については誠と同じ結論に達しているようだった。

『分かったみてーだな……少なくともアタシと隊長は『不老不死』の存在だ……信じても信じなくても自由だ。目で見た『リアル』のちっちゃいアタシの姿より、科学とやらを大事にする馬鹿はそれでいーや。それは自由だかんな……勝手にしろ!アタシはうんざりするほど生きてるから、いろんないい奴にさんざん『置いて行かれた』わけだ』

 ランの言葉は誠にはどこか悲しみを帯びて聞こえた。

『結構な話じゃないか!理想を実現するには人生は短すぎるくらいだ!』

 そう言う近藤には焦りの色が見えた。

『本当にそうか?耐えられるか?アンタに。どんなにいい奴もアタシを置いて死んでいくんだ。どんなに力を尽くしてもどうしようもねえ……アタシは死んで当然のことをしてきた……でも『強制的』に生かされるんだ』

『強制的?』

 ランの言葉を近藤はオウム返しに繰り返す。

『そうだ。アタシ達は罪を償い続けなきゃなんねーんだ。永遠に……続く『贖罪しょくざい』それがアタシ等のこれからの人生なんだ?辛ーぞつれーぞ

『構うものか!それは望むところ!』

 そう叫ぶと近藤は見開いた眼で画面を凝視し握りこぶしを掲げた。

「そんなことはあり得ないですよ……相対性理論を超えた地球人や他の文明が出会うようになっても……無理ですよ……」

 ランの言葉を聞いて誠はそう言った。誠は『理系』である。一応は科学の専門家の自覚はある。そして、人類の科学の進歩の速度では『不老不死』は絶対にありえないという常識は誠にもあった。

 近藤は誠の言葉など無視して、口を真一文字に結んだまま黙り込んでいた。

 彼がランの言う『不老不死』の存在があるという話を認められずにいることは誠にも分かった。

 誠はランに感じていた独特の『存在感』の理由をようやく悟って、目の前の『リアル』な存在であるランの科学を超えた言葉を受け入れることにした。
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