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『特殊な部隊』で始まる新たな日常

第177話 逃げ出す勇気を説く男

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「逃げねえんだ」

 嵯峨は誠がかなめ達と出て行かない様子を見てそう言った。

「なんだか、隊長は僕に逃げてほしいみたいな言い方ですね」

 少し馬鹿にされたような感じがして誠はそう答えた。

「逃げるってのはね。逃げないよりも長生きする可能性が上がるんだ。そうすると少しは『頭を使う』必要が出てくる。だから辛いことも多い。俺は逃げる人間の方が勇気がある人間だと思うわけ」

 嵯峨はそう言いながら出した和紙を静かにたたんだ。

「逃げる方が勇敢だとでもいうんですか?」

 誠の問いに『駄目人間』嵯峨は素直にうなづいた。

「そうだね。逃げたら死なないからね。あの世に逃げ出す機会を失うわけだ。あの世に逃げれば恥はかかないわ、それから先の苦労は考えずに済むはいいことずくめだわな。だから臆病な人間ほど『逃げない』んだ。『逃げちゃだめだ』なんて考えてるなら迷わず逃げなって。その方がよっぽど勇敢だよ。あの諸葛孔明だって、逃げ出したら敵が『孔明の罠だ!』ってビビッて敵が追ってこないんだから。素直に逃げた方がまし」

 嵯峨の『諸葛孔明』の話は歴史に知識のない誠にはわからなかったが『駄目人間』の意見がかなり『特殊』であることは想像ができた。

「でも……僕は逃げ場なんて……」

 誠はそう言って静かにうつむいた。
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