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『力』を持つ者の定め 『特殊な部隊』の通過儀礼としての『事件』

第70話 囮としての自分の存在

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 肩で息をしていた誠の耳に思いもかけない足音が響いて誠は銃を向けた。誠の拳銃はすでに全弾撃ち尽くしてスライドが開いていた。震える銃口の先にはアサルトライフルを構えているカウラの姿があった。

「神前、貴様は無事なようだな、西園寺!」 

 銃口を下げて中腰で進んでくるカウラが叫んだ。

 その後ろからは子供用かと思うような、ちっちゃい拳銃を手にしたランが階段を上ってきた。

「神前、生きてたな。会ったらすぐに西園寺が邪魔だから殺すんじゃねーかとおもったけどな」

 ランはそう言いながら、ちっちゃい拳銃を腰のホルスターにしまった。彼女は誠の肩を叩いた。誠はしゃがみこんで改造拳銃を構えたまま固まっていた。 

「ヒデエな姐御。アタシは戦場の流儀って奴を懇切・丁寧に教えてやったんだよ!なあ!神前!」 

 かなめの言葉を聞きながらランとカウラが手を伸ばすが誠は足がすくんで立ち上がれない。

 誠には周りの言葉が他人事のように感じられていた。緊張の糸が切れてただ視界の中で動き回るフル武装の『特殊な部隊』の隊員達を呆然と見つめていた。

「まー、神前が無事だったのが一番だ。肩を貸すのが必要な程度には、消耗しているように見えっけどな」 

 隊員達に指示を出していたランが誠に手を伸ばす。その声で誠はようやく意識を自分の手に取り戻した。顔の周りの筋肉が硬直して口元が不自然に曲がっていることが気になった。

 誠の手にはまだ粗末な改造拳銃が握られている。

 その手をランの一回り小さな手がつかんで指の力を抜かせて拳銃を引き剥がした。

「大丈夫か?コイツ」 

 誠の背後でかなめの声が聞こえる。次第にはっきりとしていく意識の中、誠はようやくランの伸ばした手を握って立ち上がろうと震える足に力を込めた。

「それにしても、ずいぶんと早ええんじゃねえか?この役立たずの『素性』がばれるには、少しくらい時間がかかると思ったが」 

 かなめは箱から出したタバコに手をかけながらそう言って見せた。誠は何のことだか分からず、ただ呆然と渡されたジッポでかなめのタバコに火を点す。

「どうせ、あの『駄目人間』がリークしたんだろ、神前の『素性』を。知りたがってる『関係各所』に」 

 あっさりとランは可愛らしい声でそう言った。

「叔父貴の奴……密入国した地球圏の『マフィア』がこいつ等を仕切ってること知ってたな。連中を狩りだす『餌』するつもりだろ、神前を。普通そんなことするか?自分の部下を『マフィアを釣り上げる餌』に」

 かなめは吐き捨てるようにそう言うとタバコの煙をわざと誠に向けて吐き出した。誠はその煙を吸い込んで咳き込む。 

「あのー、僕の『素性』って?」 

 誠はたまらず上層部の意向を一番知っていそうなランにそう尋ねた。

「ノーコメント。これまでそれっぽい『ヒント』は言ったぞアタシは。テメーの『脳味噌』で考えろ!」 

 ランは生存者がいない散らかった雑居ビルの壁の割れ目などをのぞきながら、わざと誠から眼を逸らすようにしてそう答えた。

「アタシもノーコメント」

 そう言うとかなめはタバコを口にくわえて誠から目を反らした。階下から自動小銃を手にしたカウラが階段を昇ってくる。

「私も言う事は無い。今は言うべきではないからな」

 カウラは自動小銃を手に、乱雑に置かれたテーブルやごみの後ろの物影を探りながらそう言った。

「まあ、お前さんの知らないお前さんの『素性』はそのうち嫌でも分かるわな。『時』が来れば。それより、肝心の叔父貴はどうしてるんだ?姐御」

 かなめはそう言いながら苦笑いをした。その視線は担架に乗せて運ばれる、瀕死の組織構成員に注がれた。
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