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ある若者の運命と女と酒となじみの焼き鳥屋

第87話 失われたかなめの身体

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 宰相令嬢らしいところは高そうな葉巻を悠然とくゆらせているところくらい。きっちりとシシトウをかじりながら酒を舐めるかなめの姿に誠はただ茫然としていた。

「あのー西園寺さん。本当に偉い人の娘なんですか?なんでサイボーグなんですか?」

 誠の当たり前の問いにかなめはひとたびくゆらせていた葉巻を灰皿に置いた。

「馬鹿だな。一応、この東和共和国でもサイボーグ化しないと一命にかかわる事故を負うと保険で民生用の義体を支給されるけど、甲武国では人間が増えっからそんな制度ねえんだよ。金持ってねえと死ぬしかねえの。地球だって採算ベースからサイボーグ保険なんて金持ちのみの特権なんだから。アタシがサイボーグなのはアタシが金持ちの貴族だからに決まってんだろ?それともテメエはアタシが下品だと言いてえのか?」

 かなめはそう言いながら右手を左わきのスプリングフィールドXDM40に伸ばした。

「違いますよ!でもそんなにVIPだったら怪我なんて……」

 そこまで誠が言ったところでかなめは右手を再び葉巻に向けた。

「うちはな。代々政治家の家なんだよ……しかも、それなりに宰相を輩出したクラスのな」

 かなめはそう言いながら春子が差し出した焼鳥盛り合わせを受け取ってカウンターに並べた。

「前の戦争の最中だ。アタシの爺さんは戦争反対の論陣を張る前宰相……つまり政府の目の上のたんこぶだったんだ……レバーやるわ」

 自分の焼鳥盛り合わせからレバーを取ると誠の皿に移しながらかなめは言葉を続けた。

「その朝、爺さんとアタシ、それに叔父貴のかみさんはそれなりにいい店で朝食を食ってたんだ。まあ、戦時中にそんな贅沢していること自体あまり褒められたもんじゃねえが……爺さんも軍部に対する嫌味のつもりでそんな暮らしを続けてたんだろうな……」

 誠は不意にシリアスな表情を浮かべているかなめの言葉についていけずにただ黙り込んでいた。

「そこで爆弾がドカン。それで終了だ。アタシは脳と脊髄以外の体の大半を失い、叔父貴のかみさんは……死んだ」

 かなめはそこまで言うと葉巻を置いてネギまを口にくわえた。

「隊長がバツイチって……」

 誠はようやくここでかなめに声をかけることができた。そしてその内容があまりに深刻なモノだったので言葉を続けることができなかった。

「そう、叔父貴がバツイチなのは死別……まあ、その時実は間男がいたってのが救いだがな!」

「救いになってないですよ!」

 誠もかなめの果てしなく救いのないボケにそうツッコまざるを得なかった。
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