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見世物になんてさせない
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士官学校時代、ドゴールは背が高く厳つい風貌から同期に‘‘熊’’というあだ名で呼ばれていたという。また戦時中は、敵国の者から「顔に傷のある熊に出くわしたら気をつけろ」と恐れられていたという噂も聞いたことがある。
確かに上背があり肩幅が広く、頼もしい身体つきもあるので、熊という呼び名にも頷ける。
しかし彼は、獰猛さの欠片も無い男なのであった。
「そう言えば。今回のお食事では熊肉が出るそうですよ。何でも、近くの山で猟師が大きな熊を捕まえたらしくて」
森林豊かな国ということもあり、ヴェルイダでは鹿肉や猪肉を食べる習慣がある。しかし、熊肉は中々食べられない珍しい食材であった。
「それは楽しみだ。……私も撃たれないよう気をつけないとな」
「……っ!! ふふふっ……もうっ、ドゴール様ってば」
そう。彼は外見に反して、大分砕けた性格なのだ。それもあってか、軍では先輩後輩問わずとても慕われているようだ。熊というあだ名は悪口ではなく、むしろ愛称なのである。
「ふふっ、もし狙われるようなことになれば、一緒に逃げましょうね」
「ああ、よろしく頼むぞ」
大したことない雑談。けれども、それだけで私は楽しくて仕方がなかった。祖国にいた時よりもヴェルイダに来てから笑うことが増えたのは、きっと彼とその家族のお陰だろう。半ば追い出されるような形で決まった結婚がこんなにも楽しいだなんて、未だに信じられない位だ。
しかし。ドゴールと笑い合っていると、何処からかヒソヒソ話が聞こえてきたのだった。
「ねえ……あのお方って確か……」
見れば、若い令嬢達が遠くから此方を見て囁いていた。華やかな身なりからして、恐らく政治家の娘達だろう。
実はこんなことはよくあることだ。そしてこれが、私があまり夜会に来たくない理由でもある。
顔に傷があるが故に、夫はこういった場で好奇の目に晒されてしまうのだ。
ヴェルイダでは、つい二年前まで大国からの独立を求める戦争が起きていた。そして彼も、軍人であるが故に戦いに参加していた。
ドゴールは戦時中、顔と全身に酷い怪我を負ってしまった。そのため、身体中に今も生々しい傷跡が残っているのだ。戦いから彼が帰還した際、その変わり果てた姿を見て誰もが言葉を失ったという。
しかし、ルーシアだけは無邪気に帰ってきたことを喜び、すぐさま駆け寄って兄に抱きついたらしい。そんな年の離れた妹のことを一層可愛いと思うのは、自然なことだろう。
顔中に傷跡の残る男と遠くの国から嫁いできた女。私達はこの場で異質な存在であった。自分達の周りの空気だけ、広間から切り取られている気さえした。
「……少し、暑うございますね」
それとなく扇子でドゴールの視界を遮り、私はヒソヒソ話をする令嬢達をキツく睨みつけた。
見世物(サーカス)じゃないのよ、小娘が。
愛する夫に後ろ指を指す連中を、私は一切許す気は無かった。
ひと睨みするだけで、彼女達は怖気付いたように目を逸らした。目つきの悪さには昔から自信があるけれども、こうして役に立つこともあるものだ。
確かに上背があり肩幅が広く、頼もしい身体つきもあるので、熊という呼び名にも頷ける。
しかし彼は、獰猛さの欠片も無い男なのであった。
「そう言えば。今回のお食事では熊肉が出るそうですよ。何でも、近くの山で猟師が大きな熊を捕まえたらしくて」
森林豊かな国ということもあり、ヴェルイダでは鹿肉や猪肉を食べる習慣がある。しかし、熊肉は中々食べられない珍しい食材であった。
「それは楽しみだ。……私も撃たれないよう気をつけないとな」
「……っ!! ふふふっ……もうっ、ドゴール様ってば」
そう。彼は外見に反して、大分砕けた性格なのだ。それもあってか、軍では先輩後輩問わずとても慕われているようだ。熊というあだ名は悪口ではなく、むしろ愛称なのである。
「ふふっ、もし狙われるようなことになれば、一緒に逃げましょうね」
「ああ、よろしく頼むぞ」
大したことない雑談。けれども、それだけで私は楽しくて仕方がなかった。祖国にいた時よりもヴェルイダに来てから笑うことが増えたのは、きっと彼とその家族のお陰だろう。半ば追い出されるような形で決まった結婚がこんなにも楽しいだなんて、未だに信じられない位だ。
しかし。ドゴールと笑い合っていると、何処からかヒソヒソ話が聞こえてきたのだった。
「ねえ……あのお方って確か……」
見れば、若い令嬢達が遠くから此方を見て囁いていた。華やかな身なりからして、恐らく政治家の娘達だろう。
実はこんなことはよくあることだ。そしてこれが、私があまり夜会に来たくない理由でもある。
顔に傷があるが故に、夫はこういった場で好奇の目に晒されてしまうのだ。
ヴェルイダでは、つい二年前まで大国からの独立を求める戦争が起きていた。そして彼も、軍人であるが故に戦いに参加していた。
ドゴールは戦時中、顔と全身に酷い怪我を負ってしまった。そのため、身体中に今も生々しい傷跡が残っているのだ。戦いから彼が帰還した際、その変わり果てた姿を見て誰もが言葉を失ったという。
しかし、ルーシアだけは無邪気に帰ってきたことを喜び、すぐさま駆け寄って兄に抱きついたらしい。そんな年の離れた妹のことを一層可愛いと思うのは、自然なことだろう。
顔中に傷跡の残る男と遠くの国から嫁いできた女。私達はこの場で異質な存在であった。自分達の周りの空気だけ、広間から切り取られている気さえした。
「……少し、暑うございますね」
それとなく扇子でドゴールの視界を遮り、私はヒソヒソ話をする令嬢達をキツく睨みつけた。
見世物(サーカス)じゃないのよ、小娘が。
愛する夫に後ろ指を指す連中を、私は一切許す気は無かった。
ひと睨みするだけで、彼女達は怖気付いたように目を逸らした。目つきの悪さには昔から自信があるけれども、こうして役に立つこともあるものだ。
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