リュドミラの恋占い~身代わりの花嫁は国王陛下の番となる~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中

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王女レイチェル

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「それでね、とっても難しい曲が、最後まで弾けるようになったの!」

 姪っ子のナタリヤは、元気いっぱいにそう教えてくれたのだった。

「本当に……困ったもんだ。お前に褒めてもらいたいからって、朝から晩までずっとピアノにかじりついてたんだぞ」

 困ったようにそう言ったのは、私の兄であるセルゲイ。どうやら近頃、元気があり余っている娘に手を焼いているようだった。ナタリヤは頑張り屋だけれども、変なところで頑固なのだ。昔から真面目で優秀な兄が子に振り回されているのは、何だか不思議なものである。

「ふふっ、たくさん頑張ったのね。偉いじゃない」

「うんっ」

「ほら、ナタリヤ。口の横にクリームが付いてるぞ」

 週に一度行われる家族そろってのお茶会は、和やかな空気が流れていた。それはおそらく、ナタリヤの存在が大きいだろう。彼女がすくすくと成長していくのは、兄夫婦だけでなく、両親や姉の楽しみでもあるのだ。

「本当に、次から次へと色んなことができるようになっていくわね、ナタリヤ」

 ナタリヤは数年前に大病を患い、一時は余命宣告されるほどの状況に陥っていた。しかし奇跡的に完治したことにより、今ではこの通りである。そんな姪っ子の成長ぶりを見れるのは、私としても嬉しい限りであった。

「えへへ。あ、そう言えば。この前夜ごはんでね、真っ黒なブニブニを食べたの!」

「ぶ、ブニブニ……?」

「ああ、ナマコのことだよ」

 ナタリヤの言葉を翻訳するように、兄上が言った。

「前に晩餐会に招かれた時、少しだけ料理に出てきてな。最初は面食らったけど、アヒージョになってたからか食べやすくて、ナタリヤがやたら気に入ったんだよ」

「レイチェル叔母様も、今度一緒に食べよう?」

「はは……そうね」

「ナマコは日持ちがしないから、うちで作るのはちょっと厳しいぞ、ナタリヤ」

 図鑑でしか見たことがない真っ黒な生き物を口に運ぶなど、想像するだけで寒気がする。しかしそんなことは口にせず、私は愛想笑いでごまかしたのだった。

「ところで、レイチェル。何か足りないものはない? 最近急に暖かくなってきたでしょう? 必要なものがあったら早めに言ってちょうだいね」

 スコーンを割りながら、義母上が言った。彼女は血の繋がっていない私のことも、いつも気にかけてくれているのだった。

「今のところは大丈夫よ、お義母様」

「そう? だったら良いけど」

「レイチェル叔母様、それでね……」

 ナタリヤの可愛らしいお喋りは、いくら聞いても飽きないもので、時間が経つのも早い。私は彼女のお喋りが一区切りしたところで、口を開いた。

「……じゃあ、そろそろ失礼しようかしら」

「え、まだ来たばかりじゃないの、レイチェル」

 姉のミレーユがそう言って、私を引き止めたのだった。

「だって、今日は宮殿で夜会があるのでしょう?」 

「たしかにな。だが、まだ時間はあるんだし、ゆっくりしていきなさい」

「ナタリヤも、もっとレイチェル叔母様とお話ししたい!」

 同じく、父上とナタリヤも私を引き止めた。それに賛同するように、義母上と兄上、そして義姉上も頷いたのだった。

 しかし私は、首を横に振った。

「もし私がお客様に会ってしまったら、驚かせてしまいますもの。だから早めに失礼しますわ」

「レイチェル……」

「じゃあね、ナタリヤ。また来週たくさんお話ししましょう?」

「……うん、さよなら」

 こうして私は、宮殿の食堂を後にしたのだった。

+

「お、お、お待たせいたしました、レイチェル様……っ、し、食後のお紅茶をお持ちしました」

「もう、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

「お、お気遣いいただき、ありがとうございま……っ、それでは、お注ぎいたします……っ」

 手をガクガクと震わせながら、メイドのサニーは私の前に食後の紅茶とミルクを用意した。彼女は宮殿で働き始めたばかりの新人なので、こうして誰かに配膳するのが初めてらしい。そんな初々しい姿を見て、私はつい吹き出してしまったのだった。

「うちは家族みんな優しいから、安心して。ここで存分に練習してってちょうだいな」

 小さな円卓に並べられたティーカップは一つ。先ほどのお茶会と比べたならば寂しい景色でもある。しかし、こんな状況も十年目ともなれば慣れたものだ。

 私の母は、かつてこの国の第二王妃という立場であった。しかし私が幼い頃に、亡くなってしまった。

 母の死後も、父上や義母上は私を大切に育ててくれた。しかし私が七歳の頃、ある転機が訪れる。各国で、愛妾を持つことが法律により禁じられたのである。

 それは風紀を正すためという大義名分の下に定められたものであり、正妻との間に世継ぎが生まれなかった場合など、正当な理由がある場合は容認された。しかし、そんな真っ当な理由で愛妾を作るなどごく稀な話である。大半の愛妾とその子どもは、‘‘違法な存在’’となったのだ。そして彼らは、周囲から差別の対象となってしまった。

 私はあくまで王妃の子という立場であるが、第一夫人以外の子であることには変わらない。当然、周囲からの風当たりも日に日に強くなっていった。

 そして十二歳になった時、私は宮殿を出る決意をした。しかし紆余曲折あり、結局宮殿の敷地内に造られた離宮で暮らすことになったのだった。おそらく私は、ここで一生を過ごすことになるのだろう。

 しかし、そんな生活に不満は一切なかった。世の中を恨む気はないし、大切な家族と会うこともできる。だから私は、自分の人生にはとても満足していた。

 ちなみに、いつからかこの離宮は新人の使用人たちの練習の場となっていた。家族はみな優しいものの、やはり最初から国王や王妃相手に配膳するのは、使用人たちからすれば荷が重い。という訳で、まずは私相手に練習するのである。私としても、そんな彼らを楽しく見守っていた。

 ミルクをたっぷり入れた紅茶をスプーンで混ぜていると、部屋の扉がノックされたのだった。

「レイチェル様、お食事中に失礼します」

「大丈夫よ、どうしたの?」

 やって来たのは、メイドのメルロであった。彼女も新人の時はここで練習していたが、ひとり立ちして宮殿勤めに変わったため、離宮に来るのは久しぶりであった。

「国王陛下からのご伝言で、明日の朝食後、宮殿の食堂にいらしていただけますか? なんでも、大事なお話があるそうで」

「あら、珍しいわね」

 通常、国として重要な取り決めは現国王である兄上が最終的に行うものだ。つまりこれは、家族内でのことなのだろう。

「分かったわ、連絡ありがとう」

(そろそろナタリヤに専属の家庭教師が付く頃だし、そういう相談かしら? それか、姉上が……いや、まだ三年経ってないから早いわね)

 そんなことを考えながら、私は呑気にミルクティーをすすっていたのだった。
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