11 / 52
初夜、終了
しおりを挟む
入浴を終えたあと、私は寝室でヴィルヘルムを迎える準備をしていた。結局、晩餐会を終えてからもほとんど会話することもなく、寝室にまで来てしまったのだった。
準備と言っても、閨の授業で教わったこととしてはベッド周りを軽く整えて、ブラシで髪をとかすくらいのこと。あとは気持ちを落ち着けて、夫を待つように……と習った。
しかし私には、解決せねばならない大きな問題が残っていたのだった。
「……さて、どうしたものかしら」
ウェディングドレスを着ていた時は、エマの手により寄せ上げられ、美しく変貌を遂げていた胸元。しかしそれは、魔法が解けたかのようになだらかになっていた。
パッドを何枚も入れるなどという、不正は断じて行っていない。しかし、標準サイズの胸が豊満な胸に変わるのは、もやは詐欺である。この落差をいかにごまかすか。ヴィルヘルムと顔を合わせてからずっと考えていたものの、解決策は未だに見つかっていなかった。
「……どうか、お助けください、お母様」
祈るような気持ちで私は、生前の母上からもらった一冊の分厚い本を開いた。そこには、人生で役立つ知識が母上の手書きで記されていた。
『レイチェル、貴女は王女という立場だから、この先、大変なことが待ち構えているかもしれない。そんな時、この本を開いてちょうだい。きっと、助けになると思うわ』
そう言って、母上は誕生日にプレゼントしてくれたのだった。
……が、しかし。そもそも子どもが読める内容に限られているため、初夜に関することなどは一切書かれていない。辛うじて「祖国を離れることになった時」という項目は該当するものの、そこには私の求める回答はなかった。
時間が経つにつれて、焦りは募るばかり。そして、いっそごまかすのを諦めるべきかとも考え始めた。
(でも……大盛りを期待して並盛りだったら、どんな温厚な人でも怒って当然だわ。昔、刑法の本を読んだ時……砂糖の量を多く偽って販売したら罰金刑に処されたっていう判例があったはず。……罰金ぐらいでお許しいただけるかしら? いや、相手は国王陛下よ? だったら反逆罪や不敬罪のほうが近いんじゃなくて? あああああ、どうしよう……!)
考えれば考えるほど、すっかりパニックである。
サイドテーブルに置かれた時計を見ると、もうすぐヴィルヘルムが来る時間であった。しかし、その横に置かれたテーブルスタンドが目に入ったことにより、名案が思い浮かんだのだった。
通常、寝室の明かりとしてはキャンドルスタンドが置かれているものだ。しかし置かれていたのは、ロウソクの代わりに夜灯石と呼ばれる石が使用されたものであった。
夜灯石とは、日中陽の光に当てておくと、一晩中暗闇でも光り続けるという石だ。ロウソクのように使い捨てではなく何度も使えるため、古くは旅人や船乗りにも重宝されていた貴重なものである。
ガラス製の丸い器の中に入っている夜灯石は三つ。そのおかげで、部屋はちょうど良い薄暗さだ。
「……ごめんあそばせ!」
器から夜灯石を二つ取り出し、私はサイドテーブルの引き出しにしまい込んだ。すると部屋は、真っ暗の一歩手前ぐらいの明るさになったのである。
(これで、何とか切り抜けられるはず……多分)
そこまでしたところで、寝室のドアがノックされたのだった。
「レイチェル、準備は良さそうか?」
「は、はい、ヴィルヘルム様」
私が返事をすると、ヴィルヘルムは寝室へと入ってきた。入浴後ということもあり、彼の前髪は下ろされていた。結婚式や晩餐会とはまた違う雰囲気であり、‘‘これから過ごす夫婦の時間’’を強く意識させるものであった。
「式が終わってすぐに晩餐会で、今日は休む暇もなくて疲れただろう」
「い、いえ……そんなことは」
ベッドの上に上がり込んでから、ヴィルヘルムは私に言った。やはり、狼のような獰猛さも野蛮さも見受けられない、落ち着いた口調であった。
新婚初夜は、まず雑談から始まる。そして緊張がほぐれたところで、事に及ぶのである。
彼は話上手な雰囲気はないので、おそらく途中で会話が途切れるに違いない。そこで私は、晩餐会について話すことに決めていた。
晩餐会の時、気づいたこととしては、彼がやけに食べるのが早いメニューが一つあったことである。それについても、それとなく聞いてみようと私は考えていた。
「そうか。なら、良かった。とりあえず、今日はゆっくり休むといい」
「……え?」
ヴィルヘルムは、そのまま寝る準備を始めたのだった。ものの五分で、私たちの初夜は終わってしまったのである。
「おやすみ」
「お、おやすみなさいませ」
困惑する私をよそに、しばらくするとすぐに隣から寝息が聞こえてきたのだった。
(……私、世継ぎを産むために、リュドミラに来たのよね?)
とはいえ、ヴィルヘルムにそれを問う勇気など私にあるはずもなく。夫が寝ることを望んだならば、妻はそれに従うしかない。仕方なく私も、寝ることにした。
しかし目を閉じた瞬間。昼間に感じたあの甘い匂いが、鼻を掠めたのである。
それは昼間と同じ香りのはずなのに、不思議と情欲を刺激するような妖しい香りに感じられたのだった。
(……いけない。変なこと考えてないで、早く寝なきゃ)
そして私は、母上からもらった本に書かれていた一文を思い出した。
『知り合いもいない、何のゆかりもない土地に行ったならば、まずは‘‘恋人’’を作りなさい』
さっそく私は、明日からそれを実行することを決意した。
準備と言っても、閨の授業で教わったこととしてはベッド周りを軽く整えて、ブラシで髪をとかすくらいのこと。あとは気持ちを落ち着けて、夫を待つように……と習った。
しかし私には、解決せねばならない大きな問題が残っていたのだった。
「……さて、どうしたものかしら」
ウェディングドレスを着ていた時は、エマの手により寄せ上げられ、美しく変貌を遂げていた胸元。しかしそれは、魔法が解けたかのようになだらかになっていた。
パッドを何枚も入れるなどという、不正は断じて行っていない。しかし、標準サイズの胸が豊満な胸に変わるのは、もやは詐欺である。この落差をいかにごまかすか。ヴィルヘルムと顔を合わせてからずっと考えていたものの、解決策は未だに見つかっていなかった。
「……どうか、お助けください、お母様」
祈るような気持ちで私は、生前の母上からもらった一冊の分厚い本を開いた。そこには、人生で役立つ知識が母上の手書きで記されていた。
『レイチェル、貴女は王女という立場だから、この先、大変なことが待ち構えているかもしれない。そんな時、この本を開いてちょうだい。きっと、助けになると思うわ』
そう言って、母上は誕生日にプレゼントしてくれたのだった。
……が、しかし。そもそも子どもが読める内容に限られているため、初夜に関することなどは一切書かれていない。辛うじて「祖国を離れることになった時」という項目は該当するものの、そこには私の求める回答はなかった。
時間が経つにつれて、焦りは募るばかり。そして、いっそごまかすのを諦めるべきかとも考え始めた。
(でも……大盛りを期待して並盛りだったら、どんな温厚な人でも怒って当然だわ。昔、刑法の本を読んだ時……砂糖の量を多く偽って販売したら罰金刑に処されたっていう判例があったはず。……罰金ぐらいでお許しいただけるかしら? いや、相手は国王陛下よ? だったら反逆罪や不敬罪のほうが近いんじゃなくて? あああああ、どうしよう……!)
考えれば考えるほど、すっかりパニックである。
サイドテーブルに置かれた時計を見ると、もうすぐヴィルヘルムが来る時間であった。しかし、その横に置かれたテーブルスタンドが目に入ったことにより、名案が思い浮かんだのだった。
通常、寝室の明かりとしてはキャンドルスタンドが置かれているものだ。しかし置かれていたのは、ロウソクの代わりに夜灯石と呼ばれる石が使用されたものであった。
夜灯石とは、日中陽の光に当てておくと、一晩中暗闇でも光り続けるという石だ。ロウソクのように使い捨てではなく何度も使えるため、古くは旅人や船乗りにも重宝されていた貴重なものである。
ガラス製の丸い器の中に入っている夜灯石は三つ。そのおかげで、部屋はちょうど良い薄暗さだ。
「……ごめんあそばせ!」
器から夜灯石を二つ取り出し、私はサイドテーブルの引き出しにしまい込んだ。すると部屋は、真っ暗の一歩手前ぐらいの明るさになったのである。
(これで、何とか切り抜けられるはず……多分)
そこまでしたところで、寝室のドアがノックされたのだった。
「レイチェル、準備は良さそうか?」
「は、はい、ヴィルヘルム様」
私が返事をすると、ヴィルヘルムは寝室へと入ってきた。入浴後ということもあり、彼の前髪は下ろされていた。結婚式や晩餐会とはまた違う雰囲気であり、‘‘これから過ごす夫婦の時間’’を強く意識させるものであった。
「式が終わってすぐに晩餐会で、今日は休む暇もなくて疲れただろう」
「い、いえ……そんなことは」
ベッドの上に上がり込んでから、ヴィルヘルムは私に言った。やはり、狼のような獰猛さも野蛮さも見受けられない、落ち着いた口調であった。
新婚初夜は、まず雑談から始まる。そして緊張がほぐれたところで、事に及ぶのである。
彼は話上手な雰囲気はないので、おそらく途中で会話が途切れるに違いない。そこで私は、晩餐会について話すことに決めていた。
晩餐会の時、気づいたこととしては、彼がやけに食べるのが早いメニューが一つあったことである。それについても、それとなく聞いてみようと私は考えていた。
「そうか。なら、良かった。とりあえず、今日はゆっくり休むといい」
「……え?」
ヴィルヘルムは、そのまま寝る準備を始めたのだった。ものの五分で、私たちの初夜は終わってしまったのである。
「おやすみ」
「お、おやすみなさいませ」
困惑する私をよそに、しばらくするとすぐに隣から寝息が聞こえてきたのだった。
(……私、世継ぎを産むために、リュドミラに来たのよね?)
とはいえ、ヴィルヘルムにそれを問う勇気など私にあるはずもなく。夫が寝ることを望んだならば、妻はそれに従うしかない。仕方なく私も、寝ることにした。
しかし目を閉じた瞬間。昼間に感じたあの甘い匂いが、鼻を掠めたのである。
それは昼間と同じ香りのはずなのに、不思議と情欲を刺激するような妖しい香りに感じられたのだった。
(……いけない。変なこと考えてないで、早く寝なきゃ)
そして私は、母上からもらった本に書かれていた一文を思い出した。
『知り合いもいない、何のゆかりもない土地に行ったならば、まずは‘‘恋人’’を作りなさい』
さっそく私は、明日からそれを実行することを決意した。
52
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【完結】女当主は義弟の手で花開く
はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!?
恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる