リュドミラの恋占い~身代わりの花嫁は国王陛下の番となる~

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花のアトリエ

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「ぜ、前王妃様……ご無沙汰しております……!」

 慌てて椅子から立ち上がり、私は義母上に挨拶した。

「そんなに慌てなくてもいいのよ。体調を崩してたと聞いたけど、もう大丈夫?」

「お気遣いありがとうございます。お陰様で、すっかり持ち直しました。なかなか離宮の方へ伺えず、申し訳ございません」

 義母上は宮殿の敷地内にある離宮で暮らしている。実質別居しているということもあり、顔を合わせるのは本当に結婚式以来であった。

 本来であれば嫁である私が、程よいタイミングで離宮に顔見せに行くべきだろう。しかし私は、それをすっかり忘れていたのである。

「そんなこと、お気になさらないで。ところで……」

 義母上は、テーブルに並んだ松の実の菓子をちらりと見てから言った。

「もしかして、今からお茶するところ? だったら、ぜひご一緒させてくださらない?」

 品の良い笑みを浮かべて、義母上は言った。当然ながら、私は頷くことしかできなかったのだった。

+

「実はね、松の実を食べるのは初めてなの。どれもとっても美味しいわね」 

「そ、それは……何よりでございます」

 離宮に近いガゼボに移動して、私は義母上と丸テーブルを囲んでいた。

 義母に呼び出された時は、子供を急かされることを覚悟しろ。いつか本で読んだそんな一文が、不意に頭をよぎる。それもあり私は、すっかり冷や汗が止まらなくなっていた。

(どうしよう……昨日初めて夫婦になりました、なんて言ったら、とんでもないお叱りを受けるに違いないわ)

 義母上と一対一で話すのは、これが初めてである。結婚式の際もヴィルヘルムを交えて三人で話したものの、それもほんの少しのことだ。つまりは、義母上がどんな人なのかを私はほとんど知らないのだ。

 とはいえ。自分がヴィルヘルムの妻である以上、義母上と仲良くするのも必要なことだ。私は覚悟を決めて、深呼吸した。

「ところで、レイチェル」

「は、はい……っ」

「リュドミラでの生活には、少しは慣れたかしら? 異国に嫁いだとなると、色々と大変でしょう?」

 義母上は、心配そうな表情でそう言った。夫婦のことについて聞かれると思っていたので、内心私はすっかり拍子抜けしていた。

「はい、ヴィルヘルム様も周りの方々もとても良くしてくださるので、毎日楽しく過ごしております」

「あら、そうなの?」

「ええ。色んな場面で気遣ってくださるので、ヴィルヘルム様には助けていただいてばかりで……私も、彼を支えられるよう頑張りたいなと、思っております」

 夫を褒めつつ、今後自分も努力していくという主体性もアピールしつつ。自分としては適切な回答をしたはずだが、緊張と不安のあまり私の心臓はうるさく音を立てていた。

「ふふ、それは何よりだわ」

 義母上は、穏やかな笑みを浮かべた。しかしその笑顔は、不意に陰りを見せたのだった。

「……ヴィルヘルムと仲良くなれたなら、良かった」

「?」

「いえ、何でもないわ」

 義母上はそう言って、紅茶を一口飲んだ。

(こう見ると……義母上とヴィルヘルム様って、とても似てらっしゃるわ)

 義母上もヴィルヘルムと同じく、美しい黒色の髪と瞳であった。凛とした出で立ちも、そっくりである。

 そしてどこか寂しげな顔ばせは、朝食の時に見たヴィルヘルムの表情と重なるものであった。

+

「わあ……素敵」

 壁一面に飾られた絵画の数々を見て、私は感嘆の声を上げた。

 お茶を終えてから、私は離宮の一室にあるアトリエへと来ていた。芸術に興味があると話したら、義母上が招き入れてくれたのである。

 お茶会での雑談の中で、義母上は絵を描くことが昔から好きなのだと話してくれた。そしてアトリエにある作品は、すべて彼女が描いたものなのである。

「似たような絵ばかりで申し訳ないけど、気に入ってくれたみたいで嬉しいわ」

「そんな……どれも素敵な作品ばかりですわ。もう少し近くで見てみても、よろしいですか?」

「ええ、もちろんよ」

 了承を得てから、私は一枚の絵画に歩み寄った。

 花瓶に生けられた花や庭に咲く花など、義母上の絵は花を描いたものがほとんどだった。そして繊細な筆遣いからは、彼女の花に対する深い愛情が伝わってきた。

「これは最近描いたばかりのもので、さっきいたガゼボの傍のお花を描いてみたの」

「……あっ、たしかに」

 部屋を一周するように、私は一枚ずつ絵の前に立ってじっくりと眺める。すると義母上は、丁寧に絵の説明をしてくれたのだった。何の花を描いたのか、どんな季節に描いたのか。興味深い内容ばかりで、私はすっかり聞き入っていた。

 そしてとうとう、私は最後の一枚の前に立ち止まった。花々が描かれたほかの作品とは異なり、その一枚だけは人物が描かれていた。

 年は十歳ぐらいの、椅子に腰かけた黒髪の少年。あどけなさはあるものの、その表情は冷静そのものである。

(もしかして、この子って……)

「あまり絵を人に観てもらう機会もないから、貴女に来てもらえて嬉しいわ」

 私が何か言うより先に、義母上が口を開いた。そして、彼女が最後の一枚について解説することはなかった。

 そのことを不思議に思いつつも、私はお礼の言葉を口にした。

「こちらこそ、貴重なお話ありがとうございます。前王妃様は……お花がお好きなのですね。どれも美しいお花ばかりで」

 花の絵が数多く飾られたアトリエは、さながら‘‘花畑’’である。そんな華やかな部屋をあらためて見回していると、義母上は意外な言葉を口にしたのだった。

「そうね、昔はそうでもなかったんだけど。……彼と結婚してから、かしらね」

 アトリエの隅に飾られた花瓶に目を向けながら、義母上はぽつりと呟いた。
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