おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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禁竜教編

第61話  出撃

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 これまで、派手な動きを見せていなかった禁竜教が、4大国家のひとつであるハルヴァの騎士団を襲撃し、ドラゴンをさらった。

 この衝撃的な事件は、瞬く間に広まり、城内を震撼させた。
 最初の事件はあくまでもひっそりと、誰の目にもとまらないまま起きたことだったが、今回のように何者かが集団で騎士団を襲い、ドラゴンをさらう――そのインパクトは前回の事件とは比にならないものであった。

「ヤツらめ……一体何を考えているんだ」

 腕を組んだままのハドリーは明らかにイラついていた。
 舞踏会前までに起きたドラゴン失踪事件の犯人はローブの男の一味であることが判明したのだが、今回はそれとは別勢力による犯行――騎士団としては気が気でないだろう。

「……でも、どうしてわざわざ騎士団を襲ってまでドラゴンをさらうようなマネをしたんでしょうか。4大国家のひとつであるハルヴァを敵に回せば、ただでは済まないというのはわかりきっているはず」

 カレンの意見には颯太も同意だった。

 対魔族のため、協力関係を深めている4大国家のひとつであるハルヴァの騎士団を襲うとなったら、他の3国も黙ってはいないだろう。ハルヴァへ売られた喧嘩は、そのまま3国への宣戦布告と言っても過言ではないのだ。

 つまり、現状でハルヴァの騎士団を襲うなど普通なら考えられないのだ。

 そんな中で行われた今回の事件。
 すでにダステニア、ペルゼミネ、ガドウィンの3国にはスウィーニーの命を受けた使者が向かっている。となると、明日にも何かしらの動きがありそうだ。

 ――だが、ひとつ疑問がある。

「相手が禁竜教だったとして、ハルヴァの竜騎士団が負けるなんて……」
「そこは俺も気になっていたんだ。もともと、今回の北方遠征は対魔族掃討作戦に関わる重要な案件だったため、いくつかの分団から選りすぐられた精鋭部隊でもあった。それが、仮に奇襲を受けたとしても後れを取るなど信じがたいな」
「伝令の方は現場の状況をどう説明されたのですか?」
「あいつは最後方にいたため、襲撃の際、前線に立つことはなかったそうだ。ただ、前方で激しい戦闘が始まったから警戒態勢を取っていたところ、団長から伝令役に任命されて戻って来たそうだ」
「その伝令というのが――」
「遠征団は壊滅状態。そしてリートとパーキースが禁竜教と思われる一団にさらわれたということだ」

 そして現在――現場まではかなり距離があったため、移動力のある空戦型ドラゴンのみを投入したリートとパーキースの救出作戦の準備が着々と進んでいた。また、現場に残された負傷兵たちの救出も、任務の中に含まれていた。

「ったく……一体何を考えていやがるんだ」
「本当にはた迷惑な連中ですね」

 ハドリーは面倒臭そうにツルツルの頭をポンポンと軽く叩き、カレンの方は怒りをあらわにする。――が、2人とも今回の事件はすぐに解決するものだと思っているようだ。

 無理もない。

 相手は国家ぐるみの可能性があるとはいえ、いわば宗教団体。4大国家のひとつであるハルヴァとはあらゆる面で地力が違う。口には出さないが、チョロい相手だと下に見ているのは明らかだった。

 颯太も同じだ。

 ましてや、明日になれば他国から援軍が到着するはず。特に親密な関係にあるダステニアについては今日中にも援軍が到着するかもしれない。

 事件の解決は時間の問題。
 そう捉えていた。
 ――しかし、

「……ハドリーさん」
「ん? どうした?」
「なぜ禁竜教は――リートとパーキースをさらったんでしょう」
「そりゃおまえ、禁竜教はドラゴンを根絶やしにしようって目論む連中なんだから、さらうだろうよ」
「なぜその場で殺さなかったんでしょうか」
「……何?」

 颯太の疑問に、ハドリーの顔から余裕さが消えた。

「ドラゴンは国家にとって貴重な戦力。それを殺したのではなく捕獲してさらって行ったとなれば、当然ハルヴァは救出に動く――それだと、敵を招き入れることになると思うんです」
「なるほど……罠、か」

 敵を自分の懐に誘い込んで一網打尽――颯太が気にかかっていた点はそこだった。

「まさか……本当にハルヴァと戦争をしようとしているんじゃ……」

 カレンの表情にも険しさが生まれる。

「……私は一度外交局に行ってきます。あちらが独自に入手した情報があれば竜騎士団と共有して事態の解決に挑みましょう」

 カレンは外交局の対応を確認しに、スウィーニーのもとへと向かった。

「やれやれ、査察担当者っていうもんだからどんな堅物が来たのかと思えば……意外と柔軟に対応できている話の分かるヤツじゃないか」
「僕もちょっと驚いています。ジェイクさんの話だと、なんだかこちらを目の敵にしているみたいな感じだったので」
「俺は議会に参加していないから又聞きの情報しか持っていないが、スウィーニー大臣は相当リンスウッド・ファームを警戒していたそうだぞ」
「……俺、何かしましたかね?」
「疑うっていうのも仕事のひとつさ。特に、外交って仕事はな」

 肩をポンと優しく叩かれ、そう言われた。

「さっきのおまえの話をブロドリック大臣にも伝えよう。それから、今晩にも北方遠征団がいるマッツ渓谷へ向けて出発する。……今回の編成には竜人族も加わるはずだ」
「うちから出しますよ」
「よし。なら、メアンガルドだ。あいつの氷の力は何かと便利だからな。キルカジルカとノエルバッツは国内の警備に回すとしよう。――それと、イリウスも連れて行きたい」
「! ……わかりました。リートとパーキースの件については俺から伝えます」

 それから2人はブロドリック大臣の執務室を訪ね、颯太の抱く懸念を伝えた。
 すぐに対策会議を開くということで、城内に残っている分団長たちを集めるよう命じたブロドリック。颯太はその会議には出席せず、今晩から出立予定の救出作戦に参加を打診されているメアとイリウスに事態を報告するため牧場へと戻った。


 ◇◇◇


「リートとパーキースがさらわれた!?」

 北方遠征団の話を聞いたイリウスはひどく動揺していた。

「上等じゃねぇか! もしあいつらに何かあったら、さらった連中を残らず八つ裂きにしてやるぜ!」
「落ち着けよ、イリウス。おまえの怒りはもっともだけど、アツくなり過ぎて冷静さを欠くようなことがあれば相手の思う壺だ。こんな時こそ、心を鎮めて慎重に対処しないと」
「大国であるハルヴァに喧嘩を売ってくるとはな。勝算があるとは到底思えぬが」

 イリウスとは対照的に、メアは冷静だった。
 一方、キャロルはまた起きたドラゴン絡みの事件に暗い表情を浮かべている。それを見兼ねた颯太は、

「ノエル」
「は、はい」
「俺たちがいない間、ここを守れるのはおまえだけだ。頼んだぞ」
「あ、あう……」

 責任の重大さのせいか、ひどく緊張した様子のノエル。

「明日からこの牧場にはジェイクさんも来ることになっている。ジェイクさんの言うことをよく聞いて仕事をすれば大丈夫だよ」

 颯太が優しく頭を撫でながら言うと、ノエルはくすぐったそうに身をよじりながらも「わかりました!」と元気よく返事をしてくれた。

「ソータさん、お迎えにあがりました!」

 玄関から、テオの声が。
 どうやら竜騎士団として今後の方針が決まったようだ。

「さあ、行くぞ――メア、イリウス」
「うむ」
「いっちょ派手に暴れてやるぜ。待っていろよ……リート、パーキース」

 1人と2匹は決意を胸に、竜騎士団と合流する。
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