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禁竜教編
第70話 第三の影
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本拠地へと帰還した颯太たちが目にしたのはハルヴァから到着した援軍であった。
「凄い数ですけど……王都の警備とか大丈夫なんですか?」
「割けるだけ割けてきたって感じだな」
リュミエール暴走の件はまだブロドリック大臣の耳には入っていないはずである。にも関わらず、あのガチガチの保守派であったブロドリックが、ここまでの兵力を禁竜教討伐へ送り込んでくるとは思わなかった。
「それだけドラゴンの救出に力を入れているってわけなんだろうけど――うん?」
「どうかしましたか?」
兵士たちを眺めていたハドリーはある異変に気づく。
「あいつらが持っている武器や防具……見たことのない型ばかりだな」
「い、言われてみれば……」
正直、颯太には武器の良し悪しはわからないが、それは素人目に見ても明らかにこれまで竜騎士団が使用していた武器や防具とは異なるもので、品質が向上しているように見えた。
剣、鎧、盾――ベースになっている武器自体に変化はないが、デザインもいつもと違う気がする。
「とりあえず、俺はヒューズ殿のところへ行ってくる。ソータはブリギッテたちに顔を見せてに行ってやれ。きっと心配しているだろうからな。――ただ、どんな作戦であっても、きっとまたおまえの力が必要になる。それだけは肝に銘じておいてくれ」
「わかりました」
再び前線へ赴かなくてはならない。
命の危険は感じるが、ドラゴンと会話ができる力を持つ颯太がいなければ厄介な事態になるだろう。恐らく敵はリュミエールの時のように、捕らえたこちらのドラゴンを操って対抗してくることは目に見えている。操られているドラゴンが正気に戻ったかどうか、いち早く判断するためにも颯太の存在は欠かせない。
颯太自身も、そのことは重々承知している。
今はまだ、こちらの能力が敵に知れ渡っていないので直接攻撃を加えられるようなことはない。だが、もし、颯太が「ドラゴンと会話できる」という特殊な能力を有していることが敵に知られると、相手は颯太を集中的に狙ってくることも十分にあり得る。
自分が行かなくては、リュミエールだって救えなかったかもしれない。けれど、その代償として常に死がつきまとう――颯太にとってはジレンマだ。
それでも、と颯太は立ち止まっていた足を再び上げる。
その足で、ブリギッテたちの待つテントへと向かう。
「あっ! ソータさん!」
「無事だったのね。よかった」
テントへ入ると、ブリギッテとカレンが飛んできた。2人とも、颯太の無事を心から喜んでいるようだった。――そこに、
「あなたがハドリー分団長とともに旧王都へ向かったと聞いた時は驚きましたが、無事で何よりです」
テント内にはもう1人、女性がいた。
蜂蜜色の長い髪に藍色の瞳が特徴的なその女性は舞踏会で知り合った、
「フライアさん?」
「お久しぶりですね」
自然環境保護団体《フォレルガ》代表――フライア・ベルナールだった。
「どうしてフライアさんがここに?」
「私たちフォレルガはアルフォン王様から旧レイノア王都を農家の方々が住めるよう環境整備を依頼されていたのですが……何やら不法に占拠している者たちがいるらしいと聞き、駆けつけたのです」
「し、しかし……」
「女といえど、組織の代表として何度も危ない橋は渡ってきました。ですので、お気遣いは無用ですよ」
「ハルヴァ竜騎士団が今装備している兵装も、フォレルガからの提供によるものなのよ」
「え?」
ブリギッテからの情報に、颯太は声をあげる。
自然環境保護団体が武器の提供――なんだか大きく矛盾しているような行いに思えた。
「もともと、今のような組織形態になる前は武器商会だったのです。環境保護だけでなく、世界中を回って身に付けた武器製造のノウハウを祖国ハルヴァに還元したくて……もちろん、騎士団が以前から懇意にしている鍛冶屋などもあるでしょうから、そことは折り合いをつけて2ヶ月ほど前から配備に向けて動いていました」
そして、それが形になったのが現在――ということらしい。
彼女たちフォレルガは魔族や人間同士の対立によって生じた戦争で荒れ果てた土地の再生や心身ともに傷ついた人を癒すことを第一の目標として掲げていると、以前フライアは言っていた。
そのため、独自の戦力を有しているとのことだが、どうもその辺りを各国は黙認している節がある。今ここでそれを追求するわけにはいかないので、口には出さなかったが、機会があればハドリー辺りにたずねてみようと颯太は自身の思考に一旦区切りをつけて、
「戻ってきて早々で悪いけど、ヒューズさんたちが作戦を立て終えたら俺もまた同行するつもりなんだ」
「ま、また行くんですか!? 今度こそ大規模な戦闘になるかもしれなのに!?」
やはり、カレンが食いついて来た。
ある程度想定していた颯太は、諭すように語る。
「俺がやらなくちゃ、余計な被害が出てしまうかもしれないからな。さっきだって、もしかしたらリュミエールを殺していたかもしれない」
「あ……」
颯太の持つ力が与えた影響の大きさを改めて認識したカレンは黙ってしまう。国家戦力として、どれほどドラゴンが大事かは痛いほどわかっている。――だが、カレンが二の句を失った原因は、そんなことではなかった。
高峰颯太という男は、戦力とか資金とか、そういう次元で捕まっているドラゴンを助け出そうとしているわけじゃない。
ただ純粋に――ひたすら真っ直ぐに――「ドラゴンを助けたいんだ」という一心で行動しているのが、カレンの心に深く伝わった。
「言うだけ無駄ですよ。ソータは……ああ見えて意外と頑固なとこがありますから」
諦めろ、とブリギッテに遠回しに言われて、カレンはとうとう「はあ」と息を吐いたあと、
「わかりました。もう何も言いません。……ですが、これだけは覚えておいてください。――まだリンスウッド・ファームの査察は終わっていません。あなたの仕事ぶりをもっと徹底的にチェックする必要があるので……必ず生きて帰ってきてください」
「了解した」
きっと、カレンなりの気遣いなのだろう。
超がつくほど真面目で不器用な彼女らしい送り出しの言葉であった。
――そんな3人の背後に立つフライアは――
(ふふふ……)
込み上げてくる笑みを堪えていた。
(見せていただきましょうか――あなたらしい戦い方を)
「凄い数ですけど……王都の警備とか大丈夫なんですか?」
「割けるだけ割けてきたって感じだな」
リュミエール暴走の件はまだブロドリック大臣の耳には入っていないはずである。にも関わらず、あのガチガチの保守派であったブロドリックが、ここまでの兵力を禁竜教討伐へ送り込んでくるとは思わなかった。
「それだけドラゴンの救出に力を入れているってわけなんだろうけど――うん?」
「どうかしましたか?」
兵士たちを眺めていたハドリーはある異変に気づく。
「あいつらが持っている武器や防具……見たことのない型ばかりだな」
「い、言われてみれば……」
正直、颯太には武器の良し悪しはわからないが、それは素人目に見ても明らかにこれまで竜騎士団が使用していた武器や防具とは異なるもので、品質が向上しているように見えた。
剣、鎧、盾――ベースになっている武器自体に変化はないが、デザインもいつもと違う気がする。
「とりあえず、俺はヒューズ殿のところへ行ってくる。ソータはブリギッテたちに顔を見せてに行ってやれ。きっと心配しているだろうからな。――ただ、どんな作戦であっても、きっとまたおまえの力が必要になる。それだけは肝に銘じておいてくれ」
「わかりました」
再び前線へ赴かなくてはならない。
命の危険は感じるが、ドラゴンと会話ができる力を持つ颯太がいなければ厄介な事態になるだろう。恐らく敵はリュミエールの時のように、捕らえたこちらのドラゴンを操って対抗してくることは目に見えている。操られているドラゴンが正気に戻ったかどうか、いち早く判断するためにも颯太の存在は欠かせない。
颯太自身も、そのことは重々承知している。
今はまだ、こちらの能力が敵に知れ渡っていないので直接攻撃を加えられるようなことはない。だが、もし、颯太が「ドラゴンと会話できる」という特殊な能力を有していることが敵に知られると、相手は颯太を集中的に狙ってくることも十分にあり得る。
自分が行かなくては、リュミエールだって救えなかったかもしれない。けれど、その代償として常に死がつきまとう――颯太にとってはジレンマだ。
それでも、と颯太は立ち止まっていた足を再び上げる。
その足で、ブリギッテたちの待つテントへと向かう。
「あっ! ソータさん!」
「無事だったのね。よかった」
テントへ入ると、ブリギッテとカレンが飛んできた。2人とも、颯太の無事を心から喜んでいるようだった。――そこに、
「あなたがハドリー分団長とともに旧王都へ向かったと聞いた時は驚きましたが、無事で何よりです」
テント内にはもう1人、女性がいた。
蜂蜜色の長い髪に藍色の瞳が特徴的なその女性は舞踏会で知り合った、
「フライアさん?」
「お久しぶりですね」
自然環境保護団体《フォレルガ》代表――フライア・ベルナールだった。
「どうしてフライアさんがここに?」
「私たちフォレルガはアルフォン王様から旧レイノア王都を農家の方々が住めるよう環境整備を依頼されていたのですが……何やら不法に占拠している者たちがいるらしいと聞き、駆けつけたのです」
「し、しかし……」
「女といえど、組織の代表として何度も危ない橋は渡ってきました。ですので、お気遣いは無用ですよ」
「ハルヴァ竜騎士団が今装備している兵装も、フォレルガからの提供によるものなのよ」
「え?」
ブリギッテからの情報に、颯太は声をあげる。
自然環境保護団体が武器の提供――なんだか大きく矛盾しているような行いに思えた。
「もともと、今のような組織形態になる前は武器商会だったのです。環境保護だけでなく、世界中を回って身に付けた武器製造のノウハウを祖国ハルヴァに還元したくて……もちろん、騎士団が以前から懇意にしている鍛冶屋などもあるでしょうから、そことは折り合いをつけて2ヶ月ほど前から配備に向けて動いていました」
そして、それが形になったのが現在――ということらしい。
彼女たちフォレルガは魔族や人間同士の対立によって生じた戦争で荒れ果てた土地の再生や心身ともに傷ついた人を癒すことを第一の目標として掲げていると、以前フライアは言っていた。
そのため、独自の戦力を有しているとのことだが、どうもその辺りを各国は黙認している節がある。今ここでそれを追求するわけにはいかないので、口には出さなかったが、機会があればハドリー辺りにたずねてみようと颯太は自身の思考に一旦区切りをつけて、
「戻ってきて早々で悪いけど、ヒューズさんたちが作戦を立て終えたら俺もまた同行するつもりなんだ」
「ま、また行くんですか!? 今度こそ大規模な戦闘になるかもしれなのに!?」
やはり、カレンが食いついて来た。
ある程度想定していた颯太は、諭すように語る。
「俺がやらなくちゃ、余計な被害が出てしまうかもしれないからな。さっきだって、もしかしたらリュミエールを殺していたかもしれない」
「あ……」
颯太の持つ力が与えた影響の大きさを改めて認識したカレンは黙ってしまう。国家戦力として、どれほどドラゴンが大事かは痛いほどわかっている。――だが、カレンが二の句を失った原因は、そんなことではなかった。
高峰颯太という男は、戦力とか資金とか、そういう次元で捕まっているドラゴンを助け出そうとしているわけじゃない。
ただ純粋に――ひたすら真っ直ぐに――「ドラゴンを助けたいんだ」という一心で行動しているのが、カレンの心に深く伝わった。
「言うだけ無駄ですよ。ソータは……ああ見えて意外と頑固なとこがありますから」
諦めろ、とブリギッテに遠回しに言われて、カレンはとうとう「はあ」と息を吐いたあと、
「わかりました。もう何も言いません。……ですが、これだけは覚えておいてください。――まだリンスウッド・ファームの査察は終わっていません。あなたの仕事ぶりをもっと徹底的にチェックする必要があるので……必ず生きて帰ってきてください」
「了解した」
きっと、カレンなりの気遣いなのだろう。
超がつくほど真面目で不器用な彼女らしい送り出しの言葉であった。
――そんな3人の背後に立つフライアは――
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込み上げてくる笑みを堪えていた。
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