おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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北方領ペルゼミネ編

第89話  ナインレウスの能力

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「姿が……変わった?」

 紺色の髪は飴色に亜麻色に変化し、さらに瞳の色も黒になっていた。

「あいつ……どうして色が変わったんだ?」
「わ、わからない……」

 レアフォードからの問いかけに答えられない颯太――だが、推測はできる。ローブの男が言っていた言葉がヒントだ。

『ナイン……別の能力を使うんだ』

 別の能力。
 それは即ち、「斬撃を飛ばす」以外に何か能力を持っているということ。それを示すかのように、さっきまでとは別竜のような出で立ち――しかし、1匹の竜人族が複数の能力を持っているなど初耳だ。
 今度は逆に颯太がレアフォードにたずねる。

「なあ、竜人族が持つ能力って……1匹で複数個ってケースはあるのか?」
「そんなの聞いたことねぇよ」

 同じ竜人族でさえ知らないという。
 情報がないだけに、なんだか不気味だ。

「ふん! 色が変わるくらい虫でもできる!」

 外見の変化を一蹴したフェイゼルタットは雪で覆われた地面を力強く蹴って飛び上がる。人間では不可能な跳躍力だ。

「我が能力が防御だけと侮らぬことだ!」

 ペルゼミネの竜人族はその特殊な能力だけでなく、騎士団に古くから伝わる古流武術も習得している。体術のみでもかなりの戦闘力を有しているのだ。

「せいっ!」

 落下の勢いを生かして強烈なキックを浴びせる。食らったらひとたまりもない攻撃が迫りながらも、その場からまったく動こうとしないナインレウス。そして、

 ズドォン!

「うおっ!?」
「わっ!?」

 フェイゼルタットの放った一撃によって生じた雪煙が颯太とレアフォードを襲う。その勢いが、衝撃の強さを物語っていた。
 攻撃が当たる直前まで見ていた颯太は確信している。
間違いなく、フェイゼルタットの一撃はナインレウスを捉えていた。

「やったか……」

 そのセリフがフラグだとわかっていながらも、颯太は口走っていた。それほどまでに完璧な一撃だったのだ。
 
 白煙のごとく舞い上がる雪が徐々に晴れていき――やがてフェイゼルタットの姿が確認できた。ところが、

「? ナインレウスがいない?」

 確実に攻撃を食らったはずのナインレウスの姿がない。フェイゼルタットの表情も心なしか悔しそうなものに映る。

「は、外したのか?」

 そんなバカな、とレアフォードは唖然とする。颯太も同じ気持ちだった。

「別の能力ってヤツを使って逃げたみたいだな」
「嘘だろ……じゃああいつはどこに――フェイ! 後ろだ!」

 叫ぶレアフォードの声が届くよりも前に、気配を察知したフェイゼルタットはバックステップで退避する。
 フェイゼルタットの背後にいたのはナインレウスだった。その体には傷ひとつ付いていなかった。――そんなことよりも、颯太が脅威に感じたのは、

「なんだ……あれは……」

 ナインレウスの姿そのものだった。

 適切な形容が難しく、ありのままの姿をそのまま伝えるなら、全身の至るところがブクブクと泡立ち、灰色となっている――さらに驚くべきは、その手や足で触れた部分の雪は解け、煙が上がっていたことだ。さらに、そのボディはドロドロに溶けて、やがてスライムのようなジェル状の物体へと姿を変える。
だが、それはほんの一瞬のことで、色こそ灰色のままだが、すぐさま元のナインレウスの姿へと戻った。

「なんだよ、あれは……もの凄い高熱を宿した体になったってことなのか?」
「……きっと全身が強酸性になっているんだ。間違いない」

 なぜだかレアフォードは断言する。
 たしかにその通りなのかもしれないが、遠巻きから見ただけで「そうだ!」と迷うことなく決めつけるには、それなりの根拠があるはずだ。

「? どうしてそう言い切れる?」
「だって――」
「なぜだ!」

 レアフォードの言葉を遮るように、フェイゼルタットが叫ぶ。

「なぜ貴様が――その能力を使えるんだ!?」

 怒りの滲む声でフェイゼルタットは問う。
 その真意を推し量れない颯太に、レアフォードがわかりやすくするため情報を付け足す。

「亜麻色の髪に黒い瞳……そして、全身がドロドロに溶け、触れた物をなんでも溶かす強酸性の体に変化させる能力――そのすべては、ペルゼミネ竜騎士団に所属する竜人族《酸竜》エウレンハインズそのものだ」
「なっ!?」

 ペルゼミネ所属の竜人族といえば、昨夜から行方不明になっている。――で、目の前にいるナインレウスは、その行方不明となっている竜人族と同じ容姿、同じ能力を披露した。
 これらを結び付けた時、浮かび上がるのは、

「貴様……同志エウレンハインズの能力や容姿をコピーしたな!?」
「コピーだって!?」

 歯を噛みしめたフェイゼルタットが言う。その言葉を颯太がそっくり言い返すと、ローブの男が付け加える。

「コピー? そんな安っぽいものじゃないよ。この能力は正真正銘、本物の能力だ」
「ど、どういうことだ!?」
「察しが悪いね。……『真似た』のではなく『奪った』のさ」
「奪った!?」
「そうさ。それが――《奪竜》ナインレウスの能力だ」
 
 竜人族の持つ能力を奪う能力。
 だが、奪うということはつまり、

「奪われた側は……もう二度と能力を使えないってわけか」
「それだけじゃないよ。能力を奪われた者は意識を失い、目を覚ますことはない――ナインレウスが能力を返上しない限りね。この能力の本来の持ち主も、今は冷たい池の氷をベッドに覚めないお昼寝の真っ最中さ」

 鬼気迫る颯太を嘲笑うかのような軽い受け答え。

「実のところ、この能力に気づいたのはつい最近でね。もっと前に気づいていたら、ブランドン・ピースレイクにノエルバッツを渡さず、能力だけを奪っていたのに」
「何?」
「本当はあらゆる病を無効化にできる癒竜の能力だけが目当てだったけど……君の能力も実に魅力的だ。ついでにいただくとしよう」

 颯太とローブの男の会話を耳にしていたフェイゼルタットは、

「……どこまでもふざけたヤツめ!」

 その闘志は未だ燃え尽きず。

「たとえ同志エウレンハインズの能力を有していたとしても、貴様を倒しさえずれば万事解決する! 奪われたのなら奪い返せばいい――簡単な話だ!」

 吠えるフェイゼルタットに、ローブの男は「ふぅ」と息を吐いて、

「反抗的な眼だね。さすがは大国ペルゼミネの竜人族。――やってごらんよ」
「言われるまでもない!」

 だが、攻撃手段が打撃系しかないフェイゼルタットにとって、体がジェル状になっている今のナインレウス相手には分が悪い。

 あらゆる角度から繰り出される打撃はそのボディに吸収されまったくのノーダメージ。それに対し、攻撃が当たるだけで「ジュッ!」という焼けるような音がして、フェイゼルタットの表情が曇る。斬撃に強くても強酸性の体に触れるのはさすがに厳しいようだ。

「完全に形勢が逆転した……」
「くそっ! フェイ! 俺も加勢するぞ!」
「あ、おい!」

 颯太はレアフォードを羽交い絞めにして食い止める。
 
「離せよ!」
「落ち着け! 今フェイゼルタットが戦っているのは君のためでもあるんだ! もし、ここで君が飛び出していったら、君の能力を奪おうと狙いを絞って来るぞ!」

 必死の説得に、レアフォードは「あ」と声を漏らして冷静さを取り戻して大人しくなる。

「信じよう……フェイゼルタットを」
「……うん」

 レアフォードが暴れなくなると、颯太はローブの男へ声をかける。

「連れ去ったペルゼミネの竜人族は2匹いたはずだ! もう1匹の能力も奪ったのか!?」
「彼女については……まあ、奪うほどの能力でもなかったからね。――けど、もうペルゼミネには戻らないと思うよ」

 それはつまり――死んでいるという意味なのか。
 核心へ踏み込む前に、颯太はもうひとつ質問を投げかける。

「そうまでして他の竜人族の能力を奪う目的はなんだ!?」
「うん? 君なら知っていると思ったんだけどな――竜王選戦について」
「!?」

 竜王選戦。

 以前、結竜アーティーが教えてくれた、次の竜王を決める竜王の子どもたちによる王位争奪戦。誰も知らなかったはずのその言葉をなぜローブの男は知っているのか。

「まさか……おまえもドラゴンの言葉がわかるのか!?」
「ははは、まさか。何もわからないよ」
「じゃあどうして竜王選戦のことを!?」
「さあ……どうしてだろうね」
 
 それについて答える気はないらしい。

「ただ、これだけは言っておくよ――君の牧場に銀竜と歌竜の能力も、いずれナインレウスがいただくよ」
「そんなことはさせない……俺が守る!」
「守る? ……君が竜人族を?」

 途端に、ローブの男は豹変する。
 口を真一文字に結び、何も喋らなくなった。

 いきなりどうしたのかと颯太が疑問に思っていると、フェイゼルタットとナインレウスの戦闘によって生じた突風がふたりを襲う。

「くっ!?」

 それにより、男の顔をすっぽりと包んでいたローブが取れて――その顔があらわとなった。

「! あ、あの顔は――」

 ローブの男の素顔に、颯太は見覚えがあった。
 男の顔には――旧レイノア城に飾られていたランスロー王子の面影があった。
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