おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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北方領ペルゼミネ編

第91話  正体と真相

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 結果として、癒竜の力を欲したローブの男とナインレウスを撃退し、事実上、勝利で終わった哀れみの森での戦闘。

 ――だが、けして完全な勝利と呼べるものではなかった。

フェイゼルタットとナインレウスの戦った場所から数十メートル離れた位置にある凍った池で、《酸竜》エウレンハインズは無残な姿となって発見された。

 右の肩口から出血したところを見ると、この部分をナインレウスによって食いちぎられ、その能力を奪われたのだろう。

 死亡しているわけではなく、意識を失っているだけだとアムやブリギッテは診断したが、ローブの男の言い分が正しいのなら、エウレンハインズはナインレウスから能力を奪い返さない限り意識は戻らないだろう。

 竜人族同士の戦闘を改めて間近に見た颯太は、とても人間が介入できるレベルのものじゃないと悟っていた。
 それは、現場近くまで迫っていた連合竜騎士団も同じ思いのようで、仮に自分たちが酸竜の能力を奪ったナインレウスと対峙しても、打つ手なくやられていたかもしれないと考える者が大多数であった。

「やはり竜人族との戦闘は竜人族でなければ渡り合えないのか……」

 ペルゼミネ竜騎士団長のルコードは瞑目して唸った。
 竜人族を相手にしては、鍛え上げた竜騎士団もドラゴンがなければただの人も同然。目を背けたくとも揺るぎない現実を突きつけられ、ため息しか出てこない。

 おまけに、竜人族をいっぺんに2匹も失ったというのは殊の外ダメージが大きかった。
 それと同時に、ルコードはある疑念を抱いていた。

「ソータ殿……その男はなぜ我らの邪魔をするのか心当たりはないか?」
「……何もありません。ただ、彼は竜王選戦について知っていました」
「竜王選戦だと?」

 颯太は口を滑らせてしまったと焦ったが、ヒューズが後から援護射撃を行う。

「竜王選戦とは竜人族を束ねる竜王を決める戦い――だったな、ソータ」
「は、はい、そうです」

 そこからは颯太が説明をした。
 内容はマーズナー・ファームで結竜アーティーから聞き出したないようそのままだ。

「竜王選戦……そんなものがあったとは」

 騒然となるペルゼミネ陣営。
 やはり、竜王選戦については初耳のようだった。
 そうなると、

「ではなぜ、そのローブの男とやらは竜王選戦の存在を知っていたんだ?」
「皆目見当もつきません。……もしかしたら、私以外に竜の言霊をもらっていた人物がいるのかもしれません」
「それはないだろう」

 言い切ったのはフェイゼルタットだった。

「『ドラゴンと会話ができる』という特殊性を加味した上で考えるなら、たとえ竜王でもそのような効力を持った物はそうホイホイと生み出すことはできない」
「そうなのか……」

 ますます謎が深まった。
 あのローブの男はどうやって竜王選戦の情報を知り得たのだろう。
 それに――あの男の素顔も気になる。

 颯太はルコードへの報告を終えると、ブリギッテたちが控えているテントへと向かった。周りではすでに撤退準備が進められており、この調子ならあと2時間ほどでペルゼミネ王都へ出発するだろう。

「お疲れ様」

 声をかけてきたのは癒竜レアフォードだった。
 この後、隔離竜舎で苦しむドラゴンたちを救うため、颯太たちと一緒にペルゼミネの王都へ向かうことになっている。

「あんたのおかげでなんとか助かったよ。感謝する」
「いいって。それより、今度は君の能力で苦しむドラゴンを救ってくれ」
「当然。――まあ、元凶はうちの妹だからな。あいつには俺がそばにいてやらないとダメなんだよ」

 ナインレウスの襲撃から逃げ回っているうちにはぐれたレアフォードとミルフォード。そのため、孤独に耐えかねた妹のミルフォードの力が暴走したのが今回の奇病が発生した原因であった。

「俺たちはこの雪の森で大人しく平穏に暮らしていたんだ」
「……大丈夫だよ。ルコード騎士団長は君の癒竜としての能力を今回のような非常時に借りるだけで、あとは何もせず君たち姉妹をこの森にとどめると約束してくれた。君たちはもう安全だ」
「うん。……これも全部、こっち側の要求を正確に伝えてくれたあんたのおかげだね」
「俺はただ手助けをしただけだ。たいしたことじゃない」
「でも、あんたがいなかったらきっとこうはならなかった。……エウレンハインズの件は残念だけど……あいつだってまだ死んだわけじゃない。あのナインレウスとかって竜人族から奪われた能力を取り戻せばいいだけだもんな」

 レアフォードは前を向いていた。
 彼女がこの森の主として君臨している以上、ペルゼミネも安泰だろう。

 レアフォードと別れた颯太はテントで待つブリギッテとカレンのもとへと急いだ。足取りが速いのは、王都へ戻る前に確認しておきたいことがあったからだ。

「2人とも、ちょっといいかな」

 テントへ入るやいなやブリギッテとカレンを呼び寄せる。

「どうかしたの?」
「まだ出発には早いですよね?」
「実は――」

 ナインレウスとフェイゼルタットの戦闘中にあらわとなったローブの男の素顔――それにもっとも近い顔が、旧レイノア城にあった絵画に描かれているランスロー王子だということを告げた。
 2人の反応は、

「ランスロー王子ってもう亡くなっているはずじゃ……」
「公式の発表ではそうでしたね。きちんと葬儀も行われていますし。その後、ダリス女王が国を治めていましたが、結局うまくいかずに領地をハルヴァへ譲渡する話になったと聞いています」

 颯太もその件については以前、ハドリーとヒューズから聞いていた。
 すでに故人となっているランスロー王子がいるわけがない。
 ――しかし、

「本当に……ランスロー王子は亡くなったのだろうか」
「え?」
「国家の公式発表ではそうなっているけど……実はまったく別の理由でランスロー王子が国を離れなくてはいけなかったとか考えられないか?」
「表には公表できない理由ですか……」

 外交局として他国との交渉の場に何度も出ているカレンに、そのような前例があるかどうか確かめたが、反応は鈍い。

「私の知る限りでは聞いたことがないですね」
「そうか……」
「ただ、仮に死亡を装っているとするなら相当な理由があると思われるので、絶対に表に出ないよう情報規制を徹底しているはずです」
 
 つまり、理由があったとしてもわからないというわけか。

「……ハルヴァに当時のレイノアについて詳しい人っているかな」
「大勢いると思います。それこそ、ハドリーさんやヒューズさん辺りは何度か訪れているはずですし、ソータさんの同業でいうとマーズナー・ファームの先代オーナーもよくレイノアを訪れていたようです」
「マーズナー・ファームの?」

 マーズナー・ファームの先代オーナーといえば悪名高いミラルダ・マーズナーという人物だが、

「なぜマーズナーの先代オーナーがレイノアに?」
「レイノアではランスロー王子が亡くなる直前まで竜騎士団を新たに結成することが決まっていたので、そこに供給するドラゴンの相談で訪れていたようですね」
「そういえば竜騎士団を作ろうとしたけど立ち消えたって話は聞いたな」

 それもランスロー王子の死去後に――その後、衰退したレイノアは破綻し、今に至るというわけだが、

「いろいろと聞いて回りたいな」
「とりあえず、ローブの男の正体についてはここだけの話にしておきましょう。不透明な内容を持ち出しても余計な混乱招くだけですし。今はレアフォードを王都へ連れて行き、苦しむドラゴンたちを救うことが先決です」
「……そうだな」

 ローブの男の素顔を見ることができ、一歩正体に近づいたと思いきや、その真相は颯太の想像を越えるほどに深いモノであるらしかった。


 ――2時間後。


 準備を終えた騎士団はレアフォードを連れてペルゼミネ王都を目指して森を発った。
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