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北方領ペルゼミネ編
第93話 サンドバル・ファーム
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騒がしかった夜が明けた。
酔い潰れるほどは飲まず、控え目にしていた成果もあり、颯太の目覚めはスッキリとしたものだった。
早々に身支度を整えると、迎えに来ていたマシューと合流。
「う~……さぶっ」
小雪がちらつく空は分厚い雲に覆われていた。気温は体感で察するに0℃以下は間違いなさそうだ。そのままいつもの通り、馬車で移動かと思いきや、
「あれに乗って行くわ」
マシューが指さしたのは宿近くにあるトーレ――魔鉱石というアイテムを原動力として動く鉄道であった。
「トーレに乗るのは初めてかしら?」
「ええ。一目見た時から乗ってみたいと思っていたのでとても楽しみですね」
「あなたのご期待に添えられる物であるといいのだけれど」
案内された場所はまさに「駅」そのものであった。
番号が振られたホームがあり、上部に設置された煙突のような突起物からは真っ白な煙を吐息のように吐き出している。細長いボディには等間隔に窓があり、ここから外の景色を楽しむこともできそうだ。
颯太はマシューに促されて車内へと入る。
外観は冷たい印象を抱かせる鉄製であったが、内部は少し造りが異なっていた。床にはカーペットが敷かれており、天井や座席は木製だった。
「こっちよ」
席を予約しておいたらしく、ゆったりとくつろげる広めの席へ、向かい合うようにして座った。その車両にある座席はすべて個室になっており、場所によってはベッドまで備え付けてあるのだという。
「1番線よりメリケ行きのトーレが発車致します!」
機械的なアナウンスではなく、職員がホームの真ん中でそう叫ぶ。誰も乗ってこないことを確認すると手動でドアを閉めた。それから、車掌と思われる人物が手信号で何やら合図を送ると、電車と同じようにゆっくりと動き出し、徐々にスピードを上げていった。
この世界の鉄道員の動きに興味を抱いて眺めていると、
「3つ先の『サンドバル・ファーム前』が下車駅よ」
反対側の席に座るマシューがそう告げた。
外の景色が流れる速さから、トーレ自体の速度はさすがに電車と比べると物足りなさを感じる。が、これだけの大人数を一度に運搬できるという画期性はこの世界の人々にとって相当な衝撃だったろう。
「レアフォードは無事に森へつけたでしょうか」
「心配いらないわよ」
「ですが……もし、あのローブの男と奪竜がまた襲って来たら」
「フェイゼルタットが苦戦した奪竜の再襲撃に備えて森の入り口付近に衛兵を置き、常に見張るようにしたから大丈夫よ。それに、一度襲われた経験があるから、きっと妹の病竜も姉を守るために戦うでしょ」
そこは抜かりなしということらしい。
安堵すると、個室のドアをノックする音が響く。
「失礼します。お飲み物はいかがですか?」
入って来たのは女性――新幹線の売り子と同じようで、食べ物や飲み物を乗せたカートを押して車両を回っているらしい。
颯太とマシューは2人揃ってコルヒー(コーヒーによく似た飲み物)を注文。
そのカップの中には、
「あれ? これは?」
薄く輪切りにされた見慣れない果物のような物が浮かんでいた。
「レーモね。ハルヴァでは入れないの?」
「ええ。初めて見ますね」
名前からしてレモンに近いのだろうか。試しに舐めてみると、
「すっぱ!?」
「ふふ、独特の酸味があるからそのまま食べちゃ酸っぱいわよ。それはコルヒーに浸すだけでいいの」
味は完璧にレモンだった。――で、それを入れたコルヒーの味は、
「! おいしい!」
「でしょ?」
コルヒーのほのかな甘みとレーモの酸味がうまく混じり合って飲みやすくなっていた。
「ハルヴァのコルヒーとはまた違った味がしますね。体の芯まで温まります」
「気に入ってもらえたようで何よりだわ」
ペルゼミネの味を堪能していると、目的地である『サンドバル・ファーム前』の駅に間もなく到着すると車掌が報せに回っていた。
「そろそろ降りる準備をしましょう」
「そうですね」
牧場前の駅で降り、出口へ向かうと、
「やあやあ待っていたっすよ」
人懐っこそうな笑顔を振りまく青年が手を振っていた。
「わざわざ迎えに来てくれたの、チェイス」
「正面っすからね。それに、ドラゴンと話せるなんてグレートな能力を持った人に早く会ってみたいって気持ちが抑えられなかったんすよ」
短く切り揃えられたダークブルーの髪を照れ臭そうにかきながら青年は言う。
「紹介するわね、ソータ――こちらはサンドバル・ファームのオーナーを務めるチェイス・サンドバルよ」
「初めまして。ようこそおいでくださいましたっす」
「こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
「彼はあなたと同じ牧場オーナーでありながら、長年竜人族の研究も行っているのよ」
「竜人族の?」
「ええ。ですから、竜人族とも会話ができるあなたとじっくりお話しがしてみたかったんですよ」
チェイスは興奮気味にそう話した。
立ち話もなんだからと、チェイスの案内でサンドバル・ファーム内にあるチェイスの住居へと向かうこととなった。
その牧場の規模はたしかに大きい。――だが、正直なところ、マーズナー・ファームの敷地面積と比べると同規模くらいなのでそこまでの驚きはなかった。むしろ、チェイスが日常生活を送っている住居はアンジェリカの住まいである屋敷と比較するとかなり控え目なものだと言えた。この辺は個人の趣味が反映されているのかもしれないが。
「そういえば、ここのドラゴンは例の奇病に感染しなかったんですか?」
「竜騎士団のいる王都から距離があるということもあってか、そこまで深刻な事態には陥らなかったっすね。連絡を受けてすぐに地下のシェルターへ速やかに避難できたことも大きかっす」
「地下のシェルター?」
「ご覧になるっすか?」
そう言うと、チェイスはある建物を指さした。
「あそこが地下シェルターへ続く階段のある建物っす。今、うちのドラゴンは皆地下で暮らしているんすよ。もっとも、王都のドラゴンたちは完治したようなので、今日の午後にも外へ戻してやる予定っすけど」
こうした技術的な面が強く押し出されている施設は、大国ペルゼミネならではと言えるだろう。
チェイスの住まいへ案内されるとすぐに暖炉のある客間へと通された。
このサンドバル・ファームでは合計150人以上のスタッフが働いているらしく、その多くは竜人族研究に従事しているらしい。
「竜人族とは人間とドラゴンの特徴を併せ持った実に不思議な生命体っす。僕はそんな竜人族の秘密を探るため日夜研究しているんすよ」
「具体的にどんな研究を?」
「いくつかあるっすけど……そうっすねぇ……例えば、竜人族は生まれた時から人間の姿に変身できるというわけではないとされているんすよ。ある程度成長した時、何かしらのきっかけを経て人間の姿へ変身するのではないか――という仮説をもとに真実を暴き出すための研究を行っているっす」
「なるほど……じゃあ、普通のドラゴンとして育ててきた子がある日急に人間の姿へと変身するなんてことも――」
「あり得ない話ではないっすね」
となると、うちのマキナももしかしたら――と考えなくもない。
「チェイス、話がこれ以上脱線しないうちに本題へ移っちゃいなさい」
「おっと! 僕としたことが!」
マシューに促されて方向を修正。――が、颯太も言われるまですっかり本題を忘れてしまっていた。
「シリング王からも通達が来ているっす。君には渡したいのはこっちの部屋にあるっす」
ふかふかのソファから立ち上がったチェイスが、隣の部屋へと通じるドアを指さした。あの扉の向こうに――シリング王からの贈り物があるという。
「さあ……あなたの目で確かめてみてほしいっす」
「……わかりました」
妙に緊張感を持たせるチェイスを横目に、颯太は隣室へと足を踏み入れた。
そこで待っていたのは――
酔い潰れるほどは飲まず、控え目にしていた成果もあり、颯太の目覚めはスッキリとしたものだった。
早々に身支度を整えると、迎えに来ていたマシューと合流。
「う~……さぶっ」
小雪がちらつく空は分厚い雲に覆われていた。気温は体感で察するに0℃以下は間違いなさそうだ。そのままいつもの通り、馬車で移動かと思いきや、
「あれに乗って行くわ」
マシューが指さしたのは宿近くにあるトーレ――魔鉱石というアイテムを原動力として動く鉄道であった。
「トーレに乗るのは初めてかしら?」
「ええ。一目見た時から乗ってみたいと思っていたのでとても楽しみですね」
「あなたのご期待に添えられる物であるといいのだけれど」
案内された場所はまさに「駅」そのものであった。
番号が振られたホームがあり、上部に設置された煙突のような突起物からは真っ白な煙を吐息のように吐き出している。細長いボディには等間隔に窓があり、ここから外の景色を楽しむこともできそうだ。
颯太はマシューに促されて車内へと入る。
外観は冷たい印象を抱かせる鉄製であったが、内部は少し造りが異なっていた。床にはカーペットが敷かれており、天井や座席は木製だった。
「こっちよ」
席を予約しておいたらしく、ゆったりとくつろげる広めの席へ、向かい合うようにして座った。その車両にある座席はすべて個室になっており、場所によってはベッドまで備え付けてあるのだという。
「1番線よりメリケ行きのトーレが発車致します!」
機械的なアナウンスではなく、職員がホームの真ん中でそう叫ぶ。誰も乗ってこないことを確認すると手動でドアを閉めた。それから、車掌と思われる人物が手信号で何やら合図を送ると、電車と同じようにゆっくりと動き出し、徐々にスピードを上げていった。
この世界の鉄道員の動きに興味を抱いて眺めていると、
「3つ先の『サンドバル・ファーム前』が下車駅よ」
反対側の席に座るマシューがそう告げた。
外の景色が流れる速さから、トーレ自体の速度はさすがに電車と比べると物足りなさを感じる。が、これだけの大人数を一度に運搬できるという画期性はこの世界の人々にとって相当な衝撃だったろう。
「レアフォードは無事に森へつけたでしょうか」
「心配いらないわよ」
「ですが……もし、あのローブの男と奪竜がまた襲って来たら」
「フェイゼルタットが苦戦した奪竜の再襲撃に備えて森の入り口付近に衛兵を置き、常に見張るようにしたから大丈夫よ。それに、一度襲われた経験があるから、きっと妹の病竜も姉を守るために戦うでしょ」
そこは抜かりなしということらしい。
安堵すると、個室のドアをノックする音が響く。
「失礼します。お飲み物はいかがですか?」
入って来たのは女性――新幹線の売り子と同じようで、食べ物や飲み物を乗せたカートを押して車両を回っているらしい。
颯太とマシューは2人揃ってコルヒー(コーヒーによく似た飲み物)を注文。
そのカップの中には、
「あれ? これは?」
薄く輪切りにされた見慣れない果物のような物が浮かんでいた。
「レーモね。ハルヴァでは入れないの?」
「ええ。初めて見ますね」
名前からしてレモンに近いのだろうか。試しに舐めてみると、
「すっぱ!?」
「ふふ、独特の酸味があるからそのまま食べちゃ酸っぱいわよ。それはコルヒーに浸すだけでいいの」
味は完璧にレモンだった。――で、それを入れたコルヒーの味は、
「! おいしい!」
「でしょ?」
コルヒーのほのかな甘みとレーモの酸味がうまく混じり合って飲みやすくなっていた。
「ハルヴァのコルヒーとはまた違った味がしますね。体の芯まで温まります」
「気に入ってもらえたようで何よりだわ」
ペルゼミネの味を堪能していると、目的地である『サンドバル・ファーム前』の駅に間もなく到着すると車掌が報せに回っていた。
「そろそろ降りる準備をしましょう」
「そうですね」
牧場前の駅で降り、出口へ向かうと、
「やあやあ待っていたっすよ」
人懐っこそうな笑顔を振りまく青年が手を振っていた。
「わざわざ迎えに来てくれたの、チェイス」
「正面っすからね。それに、ドラゴンと話せるなんてグレートな能力を持った人に早く会ってみたいって気持ちが抑えられなかったんすよ」
短く切り揃えられたダークブルーの髪を照れ臭そうにかきながら青年は言う。
「紹介するわね、ソータ――こちらはサンドバル・ファームのオーナーを務めるチェイス・サンドバルよ」
「初めまして。ようこそおいでくださいましたっす」
「こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
「彼はあなたと同じ牧場オーナーでありながら、長年竜人族の研究も行っているのよ」
「竜人族の?」
「ええ。ですから、竜人族とも会話ができるあなたとじっくりお話しがしてみたかったんですよ」
チェイスは興奮気味にそう話した。
立ち話もなんだからと、チェイスの案内でサンドバル・ファーム内にあるチェイスの住居へと向かうこととなった。
その牧場の規模はたしかに大きい。――だが、正直なところ、マーズナー・ファームの敷地面積と比べると同規模くらいなのでそこまでの驚きはなかった。むしろ、チェイスが日常生活を送っている住居はアンジェリカの住まいである屋敷と比較するとかなり控え目なものだと言えた。この辺は個人の趣味が反映されているのかもしれないが。
「そういえば、ここのドラゴンは例の奇病に感染しなかったんですか?」
「竜騎士団のいる王都から距離があるということもあってか、そこまで深刻な事態には陥らなかったっすね。連絡を受けてすぐに地下のシェルターへ速やかに避難できたことも大きかっす」
「地下のシェルター?」
「ご覧になるっすか?」
そう言うと、チェイスはある建物を指さした。
「あそこが地下シェルターへ続く階段のある建物っす。今、うちのドラゴンは皆地下で暮らしているんすよ。もっとも、王都のドラゴンたちは完治したようなので、今日の午後にも外へ戻してやる予定っすけど」
こうした技術的な面が強く押し出されている施設は、大国ペルゼミネならではと言えるだろう。
チェイスの住まいへ案内されるとすぐに暖炉のある客間へと通された。
このサンドバル・ファームでは合計150人以上のスタッフが働いているらしく、その多くは竜人族研究に従事しているらしい。
「竜人族とは人間とドラゴンの特徴を併せ持った実に不思議な生命体っす。僕はそんな竜人族の秘密を探るため日夜研究しているんすよ」
「具体的にどんな研究を?」
「いくつかあるっすけど……そうっすねぇ……例えば、竜人族は生まれた時から人間の姿に変身できるというわけではないとされているんすよ。ある程度成長した時、何かしらのきっかけを経て人間の姿へ変身するのではないか――という仮説をもとに真実を暴き出すための研究を行っているっす」
「なるほど……じゃあ、普通のドラゴンとして育ててきた子がある日急に人間の姿へと変身するなんてことも――」
「あり得ない話ではないっすね」
となると、うちのマキナももしかしたら――と考えなくもない。
「チェイス、話がこれ以上脱線しないうちに本題へ移っちゃいなさい」
「おっと! 僕としたことが!」
マシューに促されて方向を修正。――が、颯太も言われるまですっかり本題を忘れてしまっていた。
「シリング王からも通達が来ているっす。君には渡したいのはこっちの部屋にあるっす」
ふかふかのソファから立ち上がったチェイスが、隣の部屋へと通じるドアを指さした。あの扉の向こうに――シリング王からの贈り物があるという。
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