おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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北方領ペルゼミネ編

第95話  若き王

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「おっと、すまない。窓が開いたままになっていたね。今閉めるよ」

 窓から不法侵入してきた金髪の少年は震える颯太と子どもドラゴンの様子を見ると慌てて窓を閉めた。

「こうでもしないと、せっかくこのペルゼミネに平和をもたらしてくれたというハルヴァから来たオーナー殿にお会いできないだろうと思ってね」
「ハルヴァから来たオーナー?」
「うむ。知らないかな?」

 どうやら少年は颯太に用があって忍び込んできたらしい。

「えっと……それたぶん俺だな。俺に何か用があって来たのかい?」
「『俺に用があって』というと――そうか。君がハルヴァのリンスウッド・ファームのオーナーだったか」

 ぶれることのない真っ直ぐさで颯太を見つめる少年。

 ――なんだろう。
 不思議な感覚だ。
 目の前にいる少年の放つ言葉の端々に、妙な貫禄を感じてしまう。
 年齢は12、3歳くらいなのに、たまらず膝をつきそうになってしまうのだ。だんたん、この目少年と同じ目線に立って話してはいけないような気さえしてきた。まるで、高貴な立場の人物と向き合っているような感覚に近い。

 その答えはすぐにわかることとなる。

 部屋にチェイスとマシューが城から来たという人たちを連れて部屋へ戻って来ると、

「「うあっ!?」」

 揃って声をあげた。
 そして、2人は少年の驚くべき正体を告げる。

「し、シリング王様!?」
「いつの間にこちらに!?」
「……なぬ?」

 マシューの衝撃発言により、颯太は目を丸くする。
 噂に名高いペルゼミネの新国王――シリング王。
 そのシリング王がこの室内にいる。
 それは、

「やあ、すまないね。城の者たちは私と彼をなかなか会わせてくれなかったから、ここまで来ても何かと理由をつけて追い返されるんじゃないかと思って勝手に会わせてもらったよ」
「そ、そんなことはないですよ。仰ってくださればタカミネ・ソータを謁見の間に招待することもできましたのに」
「城内にはまだ他国の者が足を踏み入れることに抵抗のある者もいる。そうなると、私が会いに行くしかないだろう?」
「そ、それは……そうかもしれないっすけど……」
 
 マシューとチェイスの大人組がタジタジになっている。
 やはり、あの少年が――シリング王で間違いないようだ。
 
「そういうわけだから本題へ移ろうか――タカミネ・ソータ殿」
「は、はい! なんでございましょうか!?」

 思わず颯太も敬語になってしまう。――いや、国王相手なのだから敬語で接するのが当然なのだが。

「此度の働き……心より感謝する。今、君が胸に抱いているそのドラゴンはペルゼミネのハルヴァの友好の証しとでも思ってくれ」
「ほ、本当にいいのですか?」
「かつての《愛国主義》を貫くペルゼミネならばまずあり得ないだろうが……もはやそのような考えは時代遅れだ。私が王になったからにはそのような負の慣習を取り払っていくつもりでいる。そのプレゼントは、そんな私の気持ちそのものである。――改めて言おう。どうか、受け取ってもらえるかな?」
「はい! 喜んで!」

 断る理由などない。
 ペルゼミネとハルヴァの友好関係――小国のハルヴァからすれば嬉しい申し出だ。

 しかし、シリング王の感謝の気持ちは止まらない。

「マシュー、チェイス、あとでダステニアとガドウィンからわざわざ足を運んでくれた2人の偉大な竜医たちにも、何か贈り物をしたいのだが……案を絞ってくれないか?」
「わかりました。彼らは3日ほどこのペルゼミネに滞在するそうなので、最終日に渡せるよう準備をしておきますわ」
「とびっきりのプレゼントを考えてきますっす!」
「うむ。頼んだぞ」

 見た目は少年なのに、このシリング王は――立派に「王様」をしていた。
 ソラン王国のブランドンみたいなタイプもいれば、若いのに王としての風格を纏う者も存在するということか。

「では、私は公務へ戻るよ。――タカミネ・ソータ殿、君とはいずれじっくりとドラゴンについて話がしたい。今回は残念ながらもう顔を合わせる時間がないが、次にペルゼミネへ足を運ぶ際にはきちんと時間を作り、城へ招待したい。よろしいか?」
「はい! 是非!」

 固い握手を交わす2人。
 こうして、サプライズ的に始まったわずか5分弱の会談は終了。

 ――しかし、颯太にとってもハルヴァにとっても大いにプラスとなる会談であったことは間違いなかった。


 ◇◇◇


 再びトーレに乗って王都へと戻って来た颯太とマシュー。
 本日の最終便というだけあってすでに周りは暗くなっており、室内を照らす淡い発光石の明かりがちらほらと見え始めている。

「あなたもあと3日ほど滞在を?」
「そのつもりです」

 1人だけで帰るというのもなんだし、きっとカレンもここへ残るだろう。それに、もっとペルゼミネについて知りたいとも思っていた。――が、

「ちなみに、明日からの予定は?」
「えっと……特に決まってはいないんですけど……」

 まったくのノープランだった。

「それなら、この国を案内しましょうか?」
「いいんですか? 仕事とかは?」
「その点については平気よ。シリング王から、あなたをいろいろともてなすよう言いつけられているから。で、案内する場所はドラゴン牧場中心でいいかしら?」
「よろしくお願いします。俺としても、他のペルゼミネの牧場を見てみたいという気持ちはありましたので」

明日からは交流会という形式でペルゼミネの各所を回ることとなった。
 
 ――ふと、颯太は夜空を見上げる。

「……みんな、元気にしているかな?」

 マシューの耳に入らないくらいの小声で呟く。
 リンスウッドの面々はどうしているだろうか。
 
 イリウスたちは喧嘩していないだろうか。
 メアやノエルは風邪なんか引いていないだろうか。
 キャロルはマキナの世話でテンパってないだろうか。

 マーズナー・ファーム――アンジェリカからの援護もあるから大丈夫だとは思うが、それでも心配になってしまう。

 ハルヴァを思い出しながら、マシューと別れて宿へと向かう。
 竜医たちの集いは城で食事会を開いているらしく、ブリギッテたちはまだ戻ってきたはいなかったが、外交局の人間と会っていたというカレンはロビーのイスに腰を下ろして読書をしていた。

「おかえりなさい、ソータさん」
「カレン? もしかして待っていてくれたのか?」
「私もちょっと前に戻って来たところなんですよ。先ほど宿の方から最終便のトーレが到着したと聞いたので、もしそれに乗っていたらもうすぐ宿に着くかなと思って」
「何か用事でもあったかな?」
「いえ、もしよければ一緒に夕食でもと思って」

 宿には食堂もある。
 そこでちょっと遅めのディナーをと誘われたのだ。

「そうだな。一緒に食べようか」
「はい。では行きましょうか」

 颯太とカレンは並んで食堂へ。
 時間が時間だけに、あまり人はいないようだ。
 窓側の席に腰を下ろして注文を澄ますと、颯太はサンドバル・ファームでの出来事をカレンに報告した。その目玉はなんといってもサプライズ登場したシリング王だ。

「まさかシリング王がまだ少年だったとは……」

 そうそう面会できる人物ではないということは、外交局勤めの人間であるカレンも熟知している。そのため、非常に興味を持って颯太の話に耳を傾けていたが、その中でも特に関心を引いたのがシリング王の政治理念であった。

「古い体制を崩す、ですか……」

 外交局と国防局の密なる連携を目指すカレンとしても思うところがあるようだった。
 
「私も機会があれば一度お会いしたいですね」
「外見からは想像もできないくらい『国王』だったよ」

 談笑しながら食事を楽しんでいると、竜医学会から戻ったブリギッテ、アム、オーバも合流して酒盛りに発展。

 結局、今日もまた遅くまで盛り上がってしまった。
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