おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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北方領ペルゼミネ編

第97話  颯太とカレンのこれから

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 ハルヴァ竜騎士団副団長――リガン・オルドネス。

 短い黒髪をしたその男は颯太の想定よりもずっと若かった。ヒューズよりも若いのはもちろんだが、ハドリーやジェイクよりも下手したら若いかもしれない。――それこそ、颯太の同い年くらいではないだろうか。

 とはいえ、纏うオーラは間違いなく強者のそれ。
 一歩ずつゆっくりと近づいてくるが、遠目にも凄い実力を秘めている猛者であると感じさせる気配が漂っていた。

「いやいや、予定よりだいぶ遅れてしまい申し訳ない」
「何事もなくよかったですよ」

 副団長でありながら、物腰は柔らかく礼儀正しい印象を受ける。それは年齢が若いからということもあるのだろうが、どちらかというと本人の生真面目な性格がにじみ出ている感じがしていた。

「それで――そちらの方は?」
「おや? お会いするのは初めてでしたかな? こちらがリンスウッドの新しいオーナーであるタカミネ・ソータ殿です」
「ほぉ、貴公があのタカミネ・ソータでしたか。あなたとは前から一度じっくりとお話をしたいと思っていたのです」
「それでしたら引継ぎが終わり次第お話しになられては?」 
「自分としてはそうしたいが……ソータ殿は大丈夫か?」
「構いませんよ。私も、リガン副団長とお話ししたいですし」

 こうして、次の予定が早々に決まる。
 そして――その場にいたのはリガン副団長だけではなかった。

「到着したか、カレンくん」
「! レフティさん!」

 現れたのは気品ある老紳士――外交局のレフティ・キャンベルであった。思いもよらぬ大物の登場に、ヒューズも驚きを隠せない。

「これはこれは、外交局の重鎮であるレフティ殿まで出張っていらっしゃるとは」
「旧レイノア領地の整備から新しい農業発展は五カ年計画――今年はその最後の年であり、間もなく最終段階に入ると聞いて駆け付けたんだ」
「五カ年計画?」
「ああ、たしかソータくんはハルヴァの生まれではなかったね。――今から10年ほど前、ハルヴァを例年にない大寒波が襲い、田畑の農作物はほぼ全滅という惨状に陥ったんだ」

 それは初耳だった。

「農作物が全滅って……食糧難になったんですか?」
「なったさ。多くの民が飢えで苦しみ、冬を越せずに亡くなる者さえ出てくる有様だった」
「そ、それで、どうなったんですか?」
「古くから親交のあったダステニアが援助をしてくれたおかげで最悪の事態は免れることができた。その後で、レイノアから領地譲渡の提案がなされ、現在進行している計画が始まったんだ」

 レイノア領地の農地改革にそんな裏事情があるとは知らなかった。

「あ、それから――カレン・アルデンハーク、ちょっと話があるのでこちらの部屋に来てもらえるか?」
「は、はい。……ちょっと失礼しますね」

 竜騎士団へ断りを入れてから、カレンはレフティと共に部屋をあとにする。
 一方、颯太も旧レイノア城へ来た目的を果たすため、ヒューズとリガンに一言告げてから例の絵画が飾られている廊下へと向かった。

 薄暗い廊下に飾られた絵画。
 かつてレイノアを統治していた王家の人間――ランスロー王子の肖像画。

 あの雪の森で見たローブの男の素顔は、やはりこうして改めて見てもランスロー王子に瓜二つであった。

「他人の空似ってわけじゃない……やっぱり、あの男の正体は――」
「どうかなさいましたか?」

 いきなり声をかけられて、ビクッと体が小さく跳ねる。
 
「ごめんなさい。驚かせてしまったかしら」

 そう謝罪をしたのは環境保護団体フォレルガの女性リーダーであるフライア・ベルナールだった。

「あ、フライアさんでしたか」
「何か熱心にランスロー王子の絵を眺めていたようでしたけど」
「ええ……あの、フライアんさん」
「なんでしょうか?」
「実は俺――ランスロー王子にそっくりな人をペルゼミネで見たんです」
「……そう、ですか。しかし、レイノアのランスロー王子といえば数年前に病で亡くなっていると聞きましたが」
「そうなんですよねぇ……やっぱり俺の見間違いだったのかな」

 フライアにも同じことを言われ、いよいよ自信がなくなってきた颯太。

「それより、リガン副団長とはもうお会いになられましたか?」
「え、ええ、思っていたよりも若い人でびっくりしました」
「私も初めて聞いた時は驚きました。ハドリーさんやジェイクさんより2つ年上らしいのですが、それでも歴任者と比較したらかなり若い人ですね」
「それだけ実力があるということなんですかね」
「私もここへ来てから知った方ですが、人望はかなり厚いようです。リガン副団長より年上の竜騎士でも、彼に対して敬意をもって接している姿がよく見られました」

 任命された経緯はわからないが、とにかく副団長となるに相応しい人材であることは間違いないようだ。

「あの方はあなたにお会いするのを楽しみにしていたようですから、話ができて嬉しかったでしょうね」
「そうだったんですか?」
「舞踏会の夜に私があなたにお会いしたことを話すといろいろと聞かれましたよ。立場上、一年間のほとんどを国外で過ごすようですから、この機を逃すと次に会うのはいつになるかわからないとも仰っていましたね」

 そうなのだ。
 颯太がこれまでリガンに会えなかった理由としては、副団長という立場から遠征や国境警備などの重要任務の指揮官として現場に赴く数が多かったからに他ならない。

 リガンとしても、本国からの情報でタカミネ・ソータという稀有な能力を持った人材が新しくリンスウッド・ファームのオーナーに就任したという情報は受け取っている。ドラゴンに携わる竜騎士という職業柄、その能力には以前からずっと興味を持っていたらしい。

「なんだか緊張してきました」
「仲間同士のお話しなのですから、肩の力を抜いていつも通りにやればよろしいのでは?」
「……そうですよね。ありがとうございます」
「お気になさらず」
 
 自分の中の疑念を晴らすべくやってきた旧レイノア城。
 確信は得られなかったが、リガン副団長との会談が実現するなど、颯太にとっては収穫のあるものとなった。

 
 ◇◇◇


 レフティに呼ばれたカレンは緊張した面持ちだった。
 というのも、このレフティ・キャンベルという人物は外交局の中でも革新派と呼ばれる派閥の中枢を担う人物だったからだ。

 外交大臣のロディル・スウィーニー率いる大多数を占める派閥――いわゆる保守派のやり方に疑問を抱くカレンは、秘密裏にこのレフティとの接触も画策していた。

 残念ながら、レフティはリガン同様、国外での活動がメインとなる人材であるため、国内にいることの方が少ない。なので、呼び出されて2人きりになった現在の状況はカレンにとってこれ以上ない好機だった。

「さて、カレンくん……率直に聞くが――ペルゼミネはどうだった?」
「そうですね……文化や技術など、あらゆる面でハルヴァの先を進んでいるという印象を強く受けました」
「なるほどね。タカミネ・ソータの監視役ということだったらしいが、君にとって糧となる遠征だったようだな」
「はい。とても充実した遠征でした」

 嘘偽りのない報告を終えると、レフティは満足そうに頷いた。そして、

「これから先……きっと君には多くの困難が待ち受けているだろう。しかし――しかしどうか……あきらめずに戦い抜いて欲しい。今回の遠征が、その戦い抜くための大きなヒントになったはずだからな」
「はい……」

 レフティの言葉はどこか飾り付けたように聞こえた。
 本心は隠し、でも何かをカレンに伝えようとしている。
 だが――結局言葉の裏に隠された意味を計り知れないまま、カレンは旧レイノア王都を離れることになった。

 しかし――レフティが伝えようとしていた真の意味を、カレンは後々嫌と言うほど思い知ることになるのだった。
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