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レイノアの亡霊編
第120話 颯太の意志
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ベッドから起き上がった颯太が案内された一室――徐々に冴えてきた頭を働かせて記憶をたどると、その室内の造りにはなんとなく見覚えがあった。
「ここは……旧レイノア城?」
「そうだ」
短く答えて、マクシミリアンは向かい合わせになって設置されているソファに腰を下ろす。
「座りたまえ」
促されて、颯太はマクシミリアンとは反対側のソファに座った。
テーブルの上にはすでにふたつのカップが用意されており、そこにはコルヒーが注がれていた。マクシミリアンがコップを手にして一口飲む。
「君も飲むといい。大丈夫。毒は入っていない。ここで君に危害を加えると、これから始まる交渉に不利だからね。他の人質も皆丁重に扱っているよ」
身構えているのがバカらしくなってしまうくらい穏やかな口調でコルヒーを勧めるマクシミリアン。その狙いが読めない颯太はとてもじゃないがカップを手にできるような心理状態ではなかった。
さらに、マクシミリアンは、
「君はリンスウッド・ファームのオーナーらしいね」
「……はい」
「お調子者で有名だったあのフレデリック・リンスウッドが死んだとは風の噂で耳にしていたが……ここ最近その活躍が目覚ましい君のような有望な人材が後釜に入って彼も雲の上で安心していることだろう。大きくなっているとはいえ、ひとり娘のキャロルちゃんにはまだ荷が重かったろうし」
「! 前オーナーをご存知なのですか!?」
それに、キャロルのことも知っているようだ。
「ふふ、ハルヴァの人間は大体知っているさ。スウィーニーもブロドリックもハドリーもジェイクも――ああ、キャロルちゃんはきっと私のことを知らないだろう。面識があるわけじゃなくて名前を聞いたことがあるくらいだ」
「…………」
このマクシミリアンという男――その仮面の下の素顔は、ハルヴァに縁のある人物のようだった。
「噂と言えば、君のこともよく聞くようになった。前回の占領作戦失敗以降、君の情報をかき集めていたからね」
「俺の情報を……」
「キルカジルカしかいなかったハルヴァに銀竜と歌竜を新たに加えたこと、ソラン王国の内乱を鎮めたのや舞踏会の襲撃犯を追い返したのも君が一役買っているのだろう? ――その、ドラゴンと会話できる能力を駆使して」
「そ、それは……」
ズバリ自分の能力を指摘されて口ごもる。
誤魔化そうにも、その態度が真意であることを如実に表していた。
「ドラゴンと会話ができる……いや、実に羨ましい能力だ。君ならもう勘付いていると思うのだが、うちにも竜人族がいてね。無口であまり快活ではない方なので、何を考えているのかさっぱりわからない時があるんだよ」
ははは、と苦笑いをするその姿は、まるで思春期の娘を持つ父親のようだった。
「…………」
一体、この男の狙いはなんだろう。
颯太が疑問に思っていると、
「ボチボチ本題へ移ろうか。……と言っていも、語りたい項目はひとつではないのでいくつか質問をさせてもらうが」
「……その本題というのは?」
「君にはある事柄について意見を聞きたいと思っていた。ドラゴンと深く交流し、誰よりも固く絆を結んでいるだろう君に是非答えてもらいたい。――もちろんこちらが一方的のに答えをもらうのでは不公平だろうから、君からの質問も随時受け付けよう」
「……わかしました」
颯太としても知りたいことは山ほどあるので、その提案に乗った。
「では、まず私からだが」
「なんですか?」
「君は――竜王選戦をどう思う?」
「!?」
思わず「なぜ!?」と叫びながら立ち上がった。
「なぜ私が竜王選戦について知っているか――そういう意味かね?」
静かに問われ、颯太は頷く。
颯太が竜王選戦を知った経緯は、マーズナー・ファームにいた結竜アーティーから聞いたからである。ハドリーの話では、議会で竜王選戦についての話題を出すと、国内の誰もその事実を知らなかったのだという。
恐らく、ドラゴンたちの間でしか知られていない戦い。
なぜそれを、このマクシミリアンは知っているのか。
「まさか……あなたもドラゴンと話しが?」
「できないさ」
マクシミリアンはカップに口をつけてから、
「竜人族同士で次の竜王を決める戦い――それが竜王選戦。そして、かつての竜王であるレグジートは死んだ。すでに、世界各地では、国家に属さないフリーの竜人族たちによる戦いが始まっている。――そして、その戦いの波は徐々に近づいてきている」
「な、なぜそこまで詳しく知っているんですか!?」
竜王レグジートの死についても知っている。
その情報源は一体どこから来ているのか。
颯太の追及に、マクシミリアンは、
「私の最初の質問に答えてくれたら教えよう」
そう言った。
「もう一度問う――君は、竜王選戦についてどう思っている」
「俺は……」
竜人族同士の戦い。
メアやノエルやキルカ――そしてトリストンが、竜王の座を巡って戦う姿などとても想像できない。
しかしもし――世界で動き出している竜人族同士の戦いに巻き込まれたら。
そうなると、もはや魔族討伐などと言ってはいられない。
魔族よりももっと強力な竜人族を相手にしなければいけなくなるから。
「…………」
――違う。
メアたちだけの問題じゃない。
フェイゼルタット、レアフォード、ミルフォード、シフォンガルタ――あの子たちとも戦わなくてはならない。
そうなると、国家間の同盟関係も解消されかねない。ペルゼミネやガドウィンやダステニアと築き上げてきた友好関係がなかったことになってしまうかもしれない。
そもそも、颯太には信じられなかった。
あの子たちが竜王の座を狙って血みどろの戦いを繰り広げる姿なんて想像できない。
だったら、
「……戦う必要はないはずです」
「何?」
「俺はこれまで、さまざま国でたくさんの竜人族を見てきました。どの竜人族も、けして好戦的な性格ではなかったんです。魔族という共通の敵を倒すために、言葉は通じなくても人間たちと生活を共にしていました……今、どこの国にも属していない竜人族たちだって、それができるはずです。戦って、王を決めなくても、みんなで協力して人間と一緒に暮らしていけるはずなんです!」
レグジートは竜王の座をなくそうとしていた、とアーティーは言っていた。きっと、自分の子どもたちが人間と共存している姿を見てそう思ったに違いない。ドラゴンだけの社会ではなく、人間たちと共に助け合って暮らしていく未来を想像したのだろう。
「俺は……メアたちを竜王選戦へは参加させません。何があっても、あの子たちを守ります」
「君がそう思っていても、他の竜人族たちは問答無用で襲ってくるぞ」
「その時こそ――俺の能力が役立ちます」
「能力……竜人族たちを戦わないよう説得するというのか?」
「はい」
間髪入れずに颯太が答えると、
「くははは!」
マクシミリアンは豪快に笑った。
「竜人族を説得か。その発想はなかったな。……だが、なるほど。君がドラゴンと会話できるという能力を身に付けられたのは、そのような思考に至り、そしてそれを叶えようとする強い意志があるからなのだろうな」
呆れたのか、それとも本当に感心したのか、どちらとも取れるようなリアクションをしたマクシミリアンは、
「わかった。それなら――私も答えよう」
「え?」
「なぜ私が……竜王選戦について知っていたかについてだ。――そして、そこに我々がこの旧レイノア王都を取り戻そうとする最大の原因がある」
「ここは……旧レイノア城?」
「そうだ」
短く答えて、マクシミリアンは向かい合わせになって設置されているソファに腰を下ろす。
「座りたまえ」
促されて、颯太はマクシミリアンとは反対側のソファに座った。
テーブルの上にはすでにふたつのカップが用意されており、そこにはコルヒーが注がれていた。マクシミリアンがコップを手にして一口飲む。
「君も飲むといい。大丈夫。毒は入っていない。ここで君に危害を加えると、これから始まる交渉に不利だからね。他の人質も皆丁重に扱っているよ」
身構えているのがバカらしくなってしまうくらい穏やかな口調でコルヒーを勧めるマクシミリアン。その狙いが読めない颯太はとてもじゃないがカップを手にできるような心理状態ではなかった。
さらに、マクシミリアンは、
「君はリンスウッド・ファームのオーナーらしいね」
「……はい」
「お調子者で有名だったあのフレデリック・リンスウッドが死んだとは風の噂で耳にしていたが……ここ最近その活躍が目覚ましい君のような有望な人材が後釜に入って彼も雲の上で安心していることだろう。大きくなっているとはいえ、ひとり娘のキャロルちゃんにはまだ荷が重かったろうし」
「! 前オーナーをご存知なのですか!?」
それに、キャロルのことも知っているようだ。
「ふふ、ハルヴァの人間は大体知っているさ。スウィーニーもブロドリックもハドリーもジェイクも――ああ、キャロルちゃんはきっと私のことを知らないだろう。面識があるわけじゃなくて名前を聞いたことがあるくらいだ」
「…………」
このマクシミリアンという男――その仮面の下の素顔は、ハルヴァに縁のある人物のようだった。
「噂と言えば、君のこともよく聞くようになった。前回の占領作戦失敗以降、君の情報をかき集めていたからね」
「俺の情報を……」
「キルカジルカしかいなかったハルヴァに銀竜と歌竜を新たに加えたこと、ソラン王国の内乱を鎮めたのや舞踏会の襲撃犯を追い返したのも君が一役買っているのだろう? ――その、ドラゴンと会話できる能力を駆使して」
「そ、それは……」
ズバリ自分の能力を指摘されて口ごもる。
誤魔化そうにも、その態度が真意であることを如実に表していた。
「ドラゴンと会話ができる……いや、実に羨ましい能力だ。君ならもう勘付いていると思うのだが、うちにも竜人族がいてね。無口であまり快活ではない方なので、何を考えているのかさっぱりわからない時があるんだよ」
ははは、と苦笑いをするその姿は、まるで思春期の娘を持つ父親のようだった。
「…………」
一体、この男の狙いはなんだろう。
颯太が疑問に思っていると、
「ボチボチ本題へ移ろうか。……と言っていも、語りたい項目はひとつではないのでいくつか質問をさせてもらうが」
「……その本題というのは?」
「君にはある事柄について意見を聞きたいと思っていた。ドラゴンと深く交流し、誰よりも固く絆を結んでいるだろう君に是非答えてもらいたい。――もちろんこちらが一方的のに答えをもらうのでは不公平だろうから、君からの質問も随時受け付けよう」
「……わかしました」
颯太としても知りたいことは山ほどあるので、その提案に乗った。
「では、まず私からだが」
「なんですか?」
「君は――竜王選戦をどう思う?」
「!?」
思わず「なぜ!?」と叫びながら立ち上がった。
「なぜ私が竜王選戦について知っているか――そういう意味かね?」
静かに問われ、颯太は頷く。
颯太が竜王選戦を知った経緯は、マーズナー・ファームにいた結竜アーティーから聞いたからである。ハドリーの話では、議会で竜王選戦についての話題を出すと、国内の誰もその事実を知らなかったのだという。
恐らく、ドラゴンたちの間でしか知られていない戦い。
なぜそれを、このマクシミリアンは知っているのか。
「まさか……あなたもドラゴンと話しが?」
「できないさ」
マクシミリアンはカップに口をつけてから、
「竜人族同士で次の竜王を決める戦い――それが竜王選戦。そして、かつての竜王であるレグジートは死んだ。すでに、世界各地では、国家に属さないフリーの竜人族たちによる戦いが始まっている。――そして、その戦いの波は徐々に近づいてきている」
「な、なぜそこまで詳しく知っているんですか!?」
竜王レグジートの死についても知っている。
その情報源は一体どこから来ているのか。
颯太の追及に、マクシミリアンは、
「私の最初の質問に答えてくれたら教えよう」
そう言った。
「もう一度問う――君は、竜王選戦についてどう思っている」
「俺は……」
竜人族同士の戦い。
メアやノエルやキルカ――そしてトリストンが、竜王の座を巡って戦う姿などとても想像できない。
しかしもし――世界で動き出している竜人族同士の戦いに巻き込まれたら。
そうなると、もはや魔族討伐などと言ってはいられない。
魔族よりももっと強力な竜人族を相手にしなければいけなくなるから。
「…………」
――違う。
メアたちだけの問題じゃない。
フェイゼルタット、レアフォード、ミルフォード、シフォンガルタ――あの子たちとも戦わなくてはならない。
そうなると、国家間の同盟関係も解消されかねない。ペルゼミネやガドウィンやダステニアと築き上げてきた友好関係がなかったことになってしまうかもしれない。
そもそも、颯太には信じられなかった。
あの子たちが竜王の座を狙って血みどろの戦いを繰り広げる姿なんて想像できない。
だったら、
「……戦う必要はないはずです」
「何?」
「俺はこれまで、さまざま国でたくさんの竜人族を見てきました。どの竜人族も、けして好戦的な性格ではなかったんです。魔族という共通の敵を倒すために、言葉は通じなくても人間たちと生活を共にしていました……今、どこの国にも属していない竜人族たちだって、それができるはずです。戦って、王を決めなくても、みんなで協力して人間と一緒に暮らしていけるはずなんです!」
レグジートは竜王の座をなくそうとしていた、とアーティーは言っていた。きっと、自分の子どもたちが人間と共存している姿を見てそう思ったに違いない。ドラゴンだけの社会ではなく、人間たちと共に助け合って暮らしていく未来を想像したのだろう。
「俺は……メアたちを竜王選戦へは参加させません。何があっても、あの子たちを守ります」
「君がそう思っていても、他の竜人族たちは問答無用で襲ってくるぞ」
「その時こそ――俺の能力が役立ちます」
「能力……竜人族たちを戦わないよう説得するというのか?」
「はい」
間髪入れずに颯太が答えると、
「くははは!」
マクシミリアンは豪快に笑った。
「竜人族を説得か。その発想はなかったな。……だが、なるほど。君がドラゴンと会話できるという能力を身に付けられたのは、そのような思考に至り、そしてそれを叶えようとする強い意志があるからなのだろうな」
呆れたのか、それとも本当に感心したのか、どちらとも取れるようなリアクションをしたマクシミリアンは、
「わかった。それなら――私も答えよう」
「え?」
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