おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章①】廃界突入編

第179話  鎧竜VS奏竜

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「あいつの能力は楽器によって奏でられた音色を武器とするのか」

 歌声を武器とする歌竜ノエルバッツと似た性質――それが、奏竜ローリージンの持つ能力だった。

「タカミネ・ソータ!」

 フェイゼルタットが叫ぶ。
 いきなり名前を叫ばれた颯太はビクッとしながらも、

「な、なんだ?」
「周りの同志たちに伝えよ! この場は私に任せて先行せよ、と!」
「ちょ、ちょっと待てって! いくらなんでもそれは無茶だ!」

 フェイゼルタットは冷静さを欠いている――颯太は咄嗟にそう感じた。

 恐らく、当人としては哀れみの森でのリベンジマッチのつもりなのだろうが、あのローリージンの持つ能力は向こうが指摘したようにフェイゼルタットの能力と非常に相性がよろしくなかった。

 鎧竜フェイゼルタット。

 その強固なボディはあらゆる物理攻撃を無効化する。
 まさに鋼鉄の鎧を身にまとっているも同然だ。

 しかし、相手の能力は「音」による攻撃。

 つまり、外的な衝撃ではなく、音を通して内部から破壊していくタイプであり、どんな高熱や冷凍にも強いフェイゼルタットでもそればかりは防ぎきれない。

 だが、それでも、フェイゼルタットは自信満々に言い放つ。

「ここは手出し無用! 私ひとりの力で奏竜を食い止める!」
「おまえ1匹じゃ無理だ! 他の仲間と連携して戦うんだ!」
「この先にはこいつよりも厄介な敵が潜んでいる可能性もある! 王都侵攻の前に戦力を削ぐことは極力避けたい!」
「そ、そうは言っても!?」
「この私をみくびってもらっては困るな! この鎧竜フェイゼルタット――同じ相手に二度も遅れを取りはしない!」

 これ以上邪魔はさせないと言わんばかりに、両手をいっぱいに広げてローリージンに立ち向かうフェイゼルタット。

「同志ソータ! 同志フェイゼルタットはなんと言っている!?」

 近くにいたペルゼミネの騎士が、フェイゼルタットと会話をしていた颯太へその内容をたずねてくる。

「……彼女は先に進むように言っています。この場は自分に任せて、王都へ向かえと」
「! 同志フェイゼルタット……」

 心配そうにフェイゼルタットへ視線を移したペルゼミネの騎士。
 それに気がついたフェイゼルタットは、颯太が嘘偽りなく騎士たちへ自身の意思を伝えてくれたことに対し、小さくお辞儀をする――その仕草を目の当たりにした騎士も、颯太の伝えた内容が本当であると確信した。

「わかった。――すぐに体勢を立て直して先行していった同志たちを追うぞ! ここはフェイゼルタットに任せるぞ!」

 周りの騎士たちは困惑したが、すぐにパートナーである陸戦型ドラゴンと共に針路をオロム王都へと取って進撃を再開。颯太の乗る馬車も、御者が復活したことで騎士たちの群れに加わることになったのだが、

「フェイゼルタット! 無理だけはするな!」
「ふっ、忠告痛み入る」

 ブリギッテと共に馬車へと乗り込んだ颯太。
 騎士たちもその場を離れていく中で、奏竜ローリージンは目立った動きを見せなかった。

「同志たちを止める素振りを見せない――貴様の目的は私を止めることか」
「その通りなのです」

 ローリージンはあっさりと肯定した。

「ペルゼミネの鎧竜フェイゼルタット……その噂は前々から耳に入っていたのです。人間に味方をするくせにとても強いと」
「随分と人間を嫌っているのだな」
「……私たち竜人族よりもあらゆる面で劣っていながら、まるでこの世界を我が物として支配しようとするその傲慢さを好きになれるという方がどうかしているのです」
「はっはっはっはっ!」

 フェイゼルタットの高笑いが荒野に響き渡る。

「? 気でも狂ったのです?」
「いやなに……貴様のその思考は、数十年前の私にそっくりだったのでな」
「え?」

 数十年前――まだフェイゼルタットがペルゼミネ竜騎士団に入る前のこと。

 森で傷ついた自分を介抱してくれたふたりの人間の姿が脳裏に浮かぶ。


『あらちょっと、この子怪我をしているじゃない!』
『ほ、本当っすね! すぐに治療をしないと!』
『任せなさい! 必ず助けるわ!』
『さっすがマシューの兄貴! 頼りになるっすね!』
『そこは姉御と呼びなさいよ!』


 マシューとチェイス。
 ふたりに救われ、ペルゼミネ竜騎士団とドラゴンたちと接しているうちに、いつの間にかこの人とドラゴンが共存している空間に底知れぬ居心地の良さを覚え、サンドバル・ファームに居着くようになってしまった。

 下等生物と見下していた人間を、まさか命を賭して守る側に回るなんて――おまけに、今対峙している相手は、そんな頃の自分と同じ思考をしていた。

「なんの因果か……」
「何をぶつぶつと言っているのです!」

 フェイゼルタットの余裕の態度が癇に障ったのか、ローリージンはさらに音量を上げるようとする。鎧のような体では防ぎきれない音による暴力――だが、

「その音は少々耳障りだ。――先に仕掛けさせてもらう」

 ドゴォッ!

「!?」

 何が起きたのか、ローリージンは即座に状況を呑み込めずにいた。
 ただ――目の前にいたはずのフェイゼルタットが突如として視界から消え去り、その姿を追う前に左頬へとてつもない衝撃が加わって吹っ飛ばされた。それはほんの数秒の出来事であったが、スローモーション映像を見ているのかと錯覚してしまうほど時がゆっくりと流れているように感じられた。

「けほっ! けほっ!」

 荒野に何度も叩きつけられるローリージン。
その勢いが止まったかと思うと、

「隙だらけだな」

 頭を整理する間も与えず、第二、第三の衝撃がローリージンの小さな体を容赦なく貫く。

「貴様の能力からして、こんなふうに至近距離から殴り合う戦いは慣れていないのではないかと思ったのだが、どうやら正解だったようだ」

鉛玉で殴られているような重みと痛み。防ごうにも、どこから攻撃されているのかさえ認識できないほどスピーディーな連撃であった。
 
「ぐっ!」

 ただやられっぱなしでは終われない。
 踏みとどまったローリージンはフェイゼルタットの蹴りを紙一重のところでかわし、なんとか距離を取った。

「ほう、やるじゃないか」
「くっ……」
 
 フェイゼルタットの狙いは読めた。
 こちらが楽器による演奏を始める前に攻撃をしようというわけだ。
 ローリージンはフェイゼルタットの指摘通り、肉弾戦に極端に弱い。もっと言えば、打たれ弱いのだ。

 とはいえ、そのパワーもスピードも、哀れみの森で戦った時よりも格段に上だった。

「なぜ……前に戦っていた時は加減していたのです?」
「まさか。あの場で貴様を捕らえていれば、もっと精神的に楽な気持ちでこの廃界へと足を踏み入れることができたはずだ」
「なら、どうして」
「特にこれといって理由は浮かばんが……まあ、あの時と違って、この近くに死んでもらっては困る同志たちがいるから、か」
「同志たち? それは人間どものことです?」
「そうだ。貴様がさんざんバカにした人間が、私に力を与えてくれているのだ」

 その人間とは、フェイゼルタットを慕ってくれるマシューやチェイス――そして、ペルゼミネ竜騎士団の同志たちやその地に暮らす人々である。

「そんなこと!!」

 吠えるローリージン。
 残った楽器のすべてを使用した最大音量の衝撃でフェイゼルタットへ挑もうとしていた。

「貴様には聞きたいことがある。――だから、殺しはしない」
「黙るのです!」

 怒りが沸点に達したローリージンの放つ渾身の一撃。
 大地を揺らし、枯れ木をなぎ倒すほどの大音量――この場に人間がいたら、鼓膜どころか脳が吹き飛んでしまうんじゃないかと思えるほどであった。

 勝った。
 演奏さえしてしまえばもうこちらのもの。

 ――しかし、

「それが貴様の――全力かあああああああああ!」
「!?」

 数多の楽器による演奏にも負けない咆哮をもって、フェイゼルタットの右ストレートが再びローリージンの左頬を捕らえた。

 先ほどと同じように吹き飛ぶローリージン。
 ただひとつ違う点は――フェイゼルタットの手により、もうどの楽器も演奏不可能なほどに破壊されてしまったという点だった。

「そんな……この前とは段違いの強さなんて……こんなのあり得ないのです……」
「敗北を恥じる必要はない。この私を本気にさせただけで、貴様は相当な使い手であると言えるのだからな」
「うぅ……」
「気を失う前にこれだけは言っておこう。貴様が己の敗北を少しでも疑問に思うなら――ペルゼミネに来るといい。そこで暮らす人間とドラゴンの関係性を見つめ続けていれば、今の貴様に足りないものが自然と浮かび上がってくるだろう」
「……わかったのです」

 フェイゼルタットの言葉を聞き届けたローリージンは、そのまま気を失った。

「さて、先に行った連中を追いかけるとするか」


 竜王選戦――鎧竜フェイゼルタットVS奏竜ローリジン。

 勝者《鎧竜フェイゼルタット》。
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