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【最終章①】廃界突入編
第187話 影竜VS焔竜
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「ハルヴァの竜人族……最近加わったという影竜か」
怒りで著しく冷静さを欠いていたニクスオードであったが、竜人族である影竜の姿を目の当たりにすると一気に落ち着きを取り戻した。己の力に絶対の自信を持つニクスオードでも、相手が同じ竜人族となれば今までのような力押しでは通じないとわかっているからだ。
「トリストン……」
「大丈夫? イリウス」
「問題ねぇよ。それより、随分と早い到着だったな」
「私が一番近くにいたから。他の子たちももうすぐ着くはず」
「そうか」
「あとは任せて」
「おう。そうさせてもらうぜ」
お役御免と言わんばかりに、ハドリーを背に乗せたイリウスはその場から一旦後退する。他の騎士たちも、まだ1匹だけとはいえ、竜人族であるトリストンの到着にホッと安堵したようだった。
しかし、
「トリストン」
「何?」
「直接やり合うのはおまえでも、バックには俺たちがついている。おまえの手助けをするためにな――そのことは覚えておいてくれ」
「……わかった」
トリストンはニコリと微笑んでそう返した。
悔しいが、一矢報いたとはいえ、イリウスがこのまま戦い続けたところで事態は好転しないだろう。それはわかりきっていたことだった。
本当の狙いはこうして、援軍が来るまでの時間稼ぎであったわけだし。
それでも、ニクスオードに対してもう少しダメージを与えられればなとちょっとだけ後悔はしていたイリウスとハドリーなのであった。
「影竜トリストン……君の能力は承知しているよ。その影で、僕の炎とどう戦うつもりか――とくと見せてもらうよ!」
ニクスオードが早くも仕掛ける。
轟々と燃え盛る炎を矢のように放ってくる。
このままでは串刺しになるが、トリストンはよける素振りすら見せない。なぜなら、
「無駄」
スッと右手を前方へかざしたトリストン。
その手を中心に発生した黒いオーラ――だんだんと広がっていくそれは、あっという間に青く燃えるニクスオードの炎を丸呑みにした。
「!? 僕の炎を!?」
弾き返すとか堪えるとか、そういう次元の話じゃなく、トリストンの作り出した影に呑み込まれてしまったのだ。これまでにされたことのない防がれ方をされ、さすがのニクスオードも動揺を隠せないでいた。
「おお……」
「あれがハルヴァの影竜の力か」
他の騎士やドラゴンたちも、トリストンの能力に驚愕していた。それは、ドラゴンであるイリウスも同じだ。
「炎まで吸い込むのか、あいつの影は」
正直なところ、影と炎のぶつかり合いでは敵に分があると踏んでいた。爆炎で影ごと吹き飛ばしてしまうと想像していたからだ。
しかし、実際にはその激しい炎さえトリストンの影に呑み込まれる――イリウスの想定以上に、トリストンの影の能力は強力だった。
もちろん、トリストンの凄さはディフェンスのみではない。
「! くっ!?」
何かに気がついたニクスオードは慌ててその場から飛び退いた。ギリギリで逃してしまったものの、トリストンの足元から音もなく忍び寄る影――あれに捕まったら、レイノアでハドリーたちを襲撃した獣人族たちのように呑み込まれていただろう。
伸びてきた影はなおも執拗にニクスオードを追うが、すべて紙一重で回避されてしまい、その身柄を拘束するまでには至らなかった。
「ここまで僕を手こずらせた相手はエルメルガ以来だよ」
ニクスオードは回避行動を続けながらも反撃に出ていた。
雨のように降り注ぐ火炎玉。
だが、そのすべてを、トリストンの真っ黒な影が呑み込んでいく。底知れぬ影の闇を前にして、ニクスオードは得体の知れない感覚に苛まれていた。
「…………」
戦況を見守っていたイリウスの口はあんぐりと開いたまま。
相手は自然界の力――「炎」を操る焔竜ニクスオードだ。
影の力を操る影竜トリストンは苦戦必至と考えていたのだが、ここまでの戦いぶりはその想定を覆すほどのものであった。
「まさかあいつがここまでやるとは……」
実は、イリウスはトリストンの実力に前々から注目していた。
まだ生まれたばかりで、メアやノエルよりも戦闘経験の浅いトリストンではあるが、颯太から聞いていたレイノアでの活躍ぶりから、高いセンスを感じ取っていたのだ。
ただ、颯太を「パパ」と呼んだりするあたりまだまだ幼さが残っており、それが戦闘において不利に働くこともあるだろうと思っていた。
だが、今のトリストンにはそんな心配は杞憂だ。
まるで戦い慣れた猛者のような堂々とした勝負運びに、思わずイリウスは唸った。
これからじっくりと鍛え上げれば、きっとキルカジルカをも越えてハルヴァ最強の竜人族になり得る逸材とまで評価していたのである。
「くそっ! ――舐めるなぁ!」
やけくそ気味に放たれるニクスオードの炎。
相変わらず威力は申し分ないが、再び冷静さを失ってしまったせいか、命中精度は極めて悪く、もはや当たる気がしない。
「全然ダメ。当てる気あるの?」
「!?」
それを知った上で、トリストンはニクスオードを挑発する。
立てた人差し指をくいくいと曲げて「かかって来い」と誘う。
こんな見え透いた挑発でさえ、
「このっ!」
今のニクスオードは引っかかってしまう。
怒りと焦りでコントロールを失った感情は、あらゆる面で不利益をもたらす。あれだけ落ち着かなければと言い聞かせていたのに、すっかりトリストンの手の平で踊らされている状況に陥ってしまっていた。
「へっ……うちで一番年下のくせに、大したもんだよまったく」
イリウスは苦笑いを浮かべながら言う。
そんな反応を知ってか知らずか、トリストンは早々に勝負を決しようと動く。
「これならどう?」
一瞬にして巨大に膨れ上がった黒い塊――トリストンの足元にあった影が広がっていき、ついにニクスオードを捉えた。
「! しまった!」
終わった――そう思ったニクスオードであったが、ギリギリのところで翼を使い、上空へ逃げ延びることに成功する。
「逃がさない」
当然ながら、トリストンの能力は対地のみではない。対空用としてもしっかりとその役目を果たす。ニクスオード目がけて伸びる影は、とうとうその全身を包み込む――かに思えたのだが、
バリィッ!
強烈な閃光と音。
トリストンはたまらず目を背けてしまったため、影はニクスオードから狙いを大きく逸らしてしまった。
その音の正体は落雷によるもの。
地面を焦がすその一撃を放ったのは、
「やれやれ、能力に溺れて相手の力量を見誤るとはのぅ」
雷竜エルメルガであった。
怒りで著しく冷静さを欠いていたニクスオードであったが、竜人族である影竜の姿を目の当たりにすると一気に落ち着きを取り戻した。己の力に絶対の自信を持つニクスオードでも、相手が同じ竜人族となれば今までのような力押しでは通じないとわかっているからだ。
「トリストン……」
「大丈夫? イリウス」
「問題ねぇよ。それより、随分と早い到着だったな」
「私が一番近くにいたから。他の子たちももうすぐ着くはず」
「そうか」
「あとは任せて」
「おう。そうさせてもらうぜ」
お役御免と言わんばかりに、ハドリーを背に乗せたイリウスはその場から一旦後退する。他の騎士たちも、まだ1匹だけとはいえ、竜人族であるトリストンの到着にホッと安堵したようだった。
しかし、
「トリストン」
「何?」
「直接やり合うのはおまえでも、バックには俺たちがついている。おまえの手助けをするためにな――そのことは覚えておいてくれ」
「……わかった」
トリストンはニコリと微笑んでそう返した。
悔しいが、一矢報いたとはいえ、イリウスがこのまま戦い続けたところで事態は好転しないだろう。それはわかりきっていたことだった。
本当の狙いはこうして、援軍が来るまでの時間稼ぎであったわけだし。
それでも、ニクスオードに対してもう少しダメージを与えられればなとちょっとだけ後悔はしていたイリウスとハドリーなのであった。
「影竜トリストン……君の能力は承知しているよ。その影で、僕の炎とどう戦うつもりか――とくと見せてもらうよ!」
ニクスオードが早くも仕掛ける。
轟々と燃え盛る炎を矢のように放ってくる。
このままでは串刺しになるが、トリストンはよける素振りすら見せない。なぜなら、
「無駄」
スッと右手を前方へかざしたトリストン。
その手を中心に発生した黒いオーラ――だんだんと広がっていくそれは、あっという間に青く燃えるニクスオードの炎を丸呑みにした。
「!? 僕の炎を!?」
弾き返すとか堪えるとか、そういう次元の話じゃなく、トリストンの作り出した影に呑み込まれてしまったのだ。これまでにされたことのない防がれ方をされ、さすがのニクスオードも動揺を隠せないでいた。
「おお……」
「あれがハルヴァの影竜の力か」
他の騎士やドラゴンたちも、トリストンの能力に驚愕していた。それは、ドラゴンであるイリウスも同じだ。
「炎まで吸い込むのか、あいつの影は」
正直なところ、影と炎のぶつかり合いでは敵に分があると踏んでいた。爆炎で影ごと吹き飛ばしてしまうと想像していたからだ。
しかし、実際にはその激しい炎さえトリストンの影に呑み込まれる――イリウスの想定以上に、トリストンの影の能力は強力だった。
もちろん、トリストンの凄さはディフェンスのみではない。
「! くっ!?」
何かに気がついたニクスオードは慌ててその場から飛び退いた。ギリギリで逃してしまったものの、トリストンの足元から音もなく忍び寄る影――あれに捕まったら、レイノアでハドリーたちを襲撃した獣人族たちのように呑み込まれていただろう。
伸びてきた影はなおも執拗にニクスオードを追うが、すべて紙一重で回避されてしまい、その身柄を拘束するまでには至らなかった。
「ここまで僕を手こずらせた相手はエルメルガ以来だよ」
ニクスオードは回避行動を続けながらも反撃に出ていた。
雨のように降り注ぐ火炎玉。
だが、そのすべてを、トリストンの真っ黒な影が呑み込んでいく。底知れぬ影の闇を前にして、ニクスオードは得体の知れない感覚に苛まれていた。
「…………」
戦況を見守っていたイリウスの口はあんぐりと開いたまま。
相手は自然界の力――「炎」を操る焔竜ニクスオードだ。
影の力を操る影竜トリストンは苦戦必至と考えていたのだが、ここまでの戦いぶりはその想定を覆すほどのものであった。
「まさかあいつがここまでやるとは……」
実は、イリウスはトリストンの実力に前々から注目していた。
まだ生まれたばかりで、メアやノエルよりも戦闘経験の浅いトリストンではあるが、颯太から聞いていたレイノアでの活躍ぶりから、高いセンスを感じ取っていたのだ。
ただ、颯太を「パパ」と呼んだりするあたりまだまだ幼さが残っており、それが戦闘において不利に働くこともあるだろうと思っていた。
だが、今のトリストンにはそんな心配は杞憂だ。
まるで戦い慣れた猛者のような堂々とした勝負運びに、思わずイリウスは唸った。
これからじっくりと鍛え上げれば、きっとキルカジルカをも越えてハルヴァ最強の竜人族になり得る逸材とまで評価していたのである。
「くそっ! ――舐めるなぁ!」
やけくそ気味に放たれるニクスオードの炎。
相変わらず威力は申し分ないが、再び冷静さを失ってしまったせいか、命中精度は極めて悪く、もはや当たる気がしない。
「全然ダメ。当てる気あるの?」
「!?」
それを知った上で、トリストンはニクスオードを挑発する。
立てた人差し指をくいくいと曲げて「かかって来い」と誘う。
こんな見え透いた挑発でさえ、
「このっ!」
今のニクスオードは引っかかってしまう。
怒りと焦りでコントロールを失った感情は、あらゆる面で不利益をもたらす。あれだけ落ち着かなければと言い聞かせていたのに、すっかりトリストンの手の平で踊らされている状況に陥ってしまっていた。
「へっ……うちで一番年下のくせに、大したもんだよまったく」
イリウスは苦笑いを浮かべながら言う。
そんな反応を知ってか知らずか、トリストンは早々に勝負を決しようと動く。
「これならどう?」
一瞬にして巨大に膨れ上がった黒い塊――トリストンの足元にあった影が広がっていき、ついにニクスオードを捉えた。
「! しまった!」
終わった――そう思ったニクスオードであったが、ギリギリのところで翼を使い、上空へ逃げ延びることに成功する。
「逃がさない」
当然ながら、トリストンの能力は対地のみではない。対空用としてもしっかりとその役目を果たす。ニクスオード目がけて伸びる影は、とうとうその全身を包み込む――かに思えたのだが、
バリィッ!
強烈な閃光と音。
トリストンはたまらず目を背けてしまったため、影はニクスオードから狙いを大きく逸らしてしまった。
その音の正体は落雷によるもの。
地面を焦がすその一撃を放ったのは、
「やれやれ、能力に溺れて相手の力量を見誤るとはのぅ」
雷竜エルメルガであった。
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