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3巻
3-1
第一章 謎の冒険者
バーネット商会で長らく工芸職人として働いていた俺は、紆余曲折を経て、メルキス王国に新しくできたヒカリ村の村長をやっている。
この数ヵ月……本当にいろんなことがあったな。
バーネット商会をクビになった直後はさすがに目の前が真っ暗になったけど、もともとあそこの超ブラック体質には辟易していたので、前向きに捉えるようにしてバーネット商会の工房を去った。
それからは、メルキス王国のガウリー大臣やアヴェルガ家が助けてくれたのもあり、贅沢はできないとしても、何不自由ない生活が保証された。
それで、森の中の小さな小屋で物づくりライフを楽しもうと思っていたのだが……まさか小さな小屋があっという間に村にまで拡大し、おまけに自分が村長となるなんて。
人生は何が起こるのか、本当に分からないな。
さらに村長としての仕事だけでなく、最近では人魚族の国で起きたクーデターを止めるために奔走したり、職人として以外にもいろんなことをやるはめになるとは……。
そんなふうにいろいろあったが、ヒカリ村では今日も一日の終わりに賑やかな宴会が行われている。
陽気な音楽を演奏し、人々は自由気ままに踊ったりお酒を飲んだり食事を楽しんだりしていた。
宴会を楽しんでいると、アヴェルガ家のメイド長であり、今はこのヒカリ村で暮らしているアニエスさんから、ヒカリ村に冒険者が駆け込んできたと知らされる。
なんでも、近くで何やらトラブルがあったらしい。
宴会の楽しい空気を止めるわけにはいかないので、他のみんなにバレないよう相棒のルディを肩に乗せてこっそり抜けだす。
アニエスさんの話では、すでに村人たち数人が先行しているという。
◇ ◇ ◇
たどり着いたその場所には、村人であるピーターさん、テイトさん、クリンさん、ランディさん、ホルテさんの姿があった。そしてその横には、助けを求めてきたと思われる冒険者がふたり立っていた。
一体何があったのだろうと近づくが、周囲の光景に思わず足が止まった。
「こ、これは酷い……」
目の前には、負傷して倒れている数人の冒険者が地面に横たわっていた。薄暗いため、正確に何人いるかは把握できないが、今見えているだけでも十人はいる。
「あっ、ウィルム村長!」
俺が到着したことに気がつくと、村人たちが駆け寄り、状況を教えてくれた。
助けを求めてきた冒険者のひとりはダニーさんという人で、パーティーのリーダーを務めているらしい。年齢は俺よりも上で四十代前半くらいか。白髪交じりの黒髪に、切れ長の目が特徴的でダンディな中年男性だ。
彼から詳しい事情を聞きたいところだが、怪我人たちの治療が先決だな。
「安心してください。あなたの仲間は助けますよ」
「す、すまない……感謝する……」
そう口にした瞬間、ダニーさんは意識を失った。平静を装ってはいたがかなり無理をしていたらしい。
「アニエスさん、ダニーさんをお願いします」
「お任せください」
「ピーターさんとテイトさんは村へ戻って応援の要請を。クリンさん、ランディさん、ホルテさんは俺と一緒に怪我人の状態を確認しましょう」
「「「「「おう!」」」」」
素早く指示を飛ばすと、みんなすぐに行動を開始してくれた。
とりあえず怪我の状態を確認していこう。
「俺の声が聞こえますか?」
「うぅ……あぁ……」
意識の確認をしてみるも、ハッキリとした返事は誰からもなかった。
これは思ったよりも深刻だな。
「怪我もそうですが、混乱しているようですね」
医療用の薬草を扱っている商人のランディさんは、「専門家ではないので詳しいことは分かりませんが」と前置きをしつつ、これまでに培ってきた経験と知識から分析していた。
ピーターさんとテイトさんには医者も一緒に連れてくるように伝えておいてあるから、とりあえず医者に診てもらおう。
しばらくすると、アキノがグレアム医師を馬に乗せてやってきた。
村へと戻ったピーターさんとテイトさんから事情を聞き、それならすぐにでも医者が必要だろうとひと足先に出てきたらしい。
「村長さん! 怪我人はどこですか!」
「こちらです!」
俺は、村に住むグレアム医師を倒れている男性のもとへと連れていく。
「話には聞いていましたが、数が多いですね」
「えぇ。なので、怪我人を村へ連れていこうと思っています」
「それがいいですな」
その後、応援に駆けつけてくれた村人たちにもお願いし、彼らが持ってきた荷台付きの馬車と巨大化したルディによる負傷者の移送が始まる。
作業中、グレアム医師を連れてきたアキノが何かに気づいて作業の手を止めた。
「何かあったのか、アキノ」
「い、いえ……。実は、パーティーのリーダーだというダニーという男性ですが、私が【月光】で活動していた頃にその名をよく耳にしました」
アキノは母であるエリさんがリーダーを務める冒険者パーティー【月光】で幼い頃から冒険者として英才教育を受けてきた。エリさん自身が有名な冒険者だし、きっと優秀な同業者の名前は頻繁に耳へ入る環境だったんだろう。
おかげで、彼らのことがなんとなく分かった。
「彼らは紳士的で有名な冒険者パーティーです。特にリーダーのダニーという人物は業界でも一目を置かれるほどの実力者。母も『できればこのパーティーとは争いたくない。戦えば双方無事では済まないだろうからな』と口にしていましたよ」
「そ、そんなに……」
あのエリさんがそこまで相手を高く評価するなんて珍しいな。
ただ、「紳士的」という評価はさっきのダニーさんの行動を見ていれば納得できる。
いつ倒れてもおかしくないほどの状態にもかかわらず、仲間の救出を優先してずっと耐えていたんだ。ようやくみんなが助かると知った直後に気を失ったことからも、強い意志と仲間想いの優しさを持ち合わせた人物だと分かる。
いずれにしても、ここにいる人たちを死なせるわけにはいかないな。
「すぐに怪我人たちを村まで運びましょう。ルディ、おまえにも頑張ってもらうぞ」
「キーッ!」
相棒はヤル気満々のようだ。頼りになるヤツだよ。
ルディのヤル気に触発されたのか、「俺たちも負けちゃいられねぇぞ!」と村人たちも奮起し、手際よく怪我人たちを診療所へと搬送していく。
宴会は中止となってしまったが、この場合は仕方がない。
それにしても……この村の近くにはモンスターもめったに出ないというのに、どうしてこんなにも大勢の冒険者が来ているんだろう?
おまけに、ダニーさんたちはあのエリさんも戦いを避けるほどの実力者――それにもかかわらず、ここまで追い込まれるなんて。
救出作業でバタバタする一方で、俺の心中には言い知れぬ不安が広がり始めていたのだった。
◇ ◇ ◇
負傷した冒険者たちの移送と治療。
すべてが終わる頃には空が少しだけ明るくなり、朝霧が立ち込めていた。
診療所にあるベッドだけではすべての負傷者を寝かせることができなかったため、俺や村人のベッドも貸しだしてなんとか対応する。
「そんなことがあったなんて……」
「言ってくれたら飛び起きて手伝ったのに!」
ミミューとソニルは宴会の途中で家に戻って寝てしまったため、一連の騒動は起床してから知った。
……まあ、驚いただろうな。
朝起きて部屋から出ると、俺やレメット、アキノにリディア、そしてルディまでもが疲れてぐったりしていたのだから。
ちなみに、負傷した冒険者たちを診察したグレアム医師によると、全員命に別状はないらしく、それを聞き届けると、皆緊張が解けて一気に疲労が押し寄せてきたのだ。
少し休息を挟んでから、冒険者たちの容態を改めて確認するために、レメット、アキノ、リディア、ソニル、ミミューとともに診療所へと足を運ぶことにした。
もしかしたら、意識が戻っている人もいるかもしれないし、できれば早いうちに詳細な事情を聞いておきたいと思ったからだ。
「おや、ウィルム村長。随分と早いじゃないか」
「彼らの様子が気になってしまって……それで、どうですか?」
「今のところみんなぐっすり眠っとるよ。しかし妙な話だな」
診療所のベッドに横たわる冒険者たちを眺めながら、グレアムさんは首を傾げた。
「彼らの怪我の状態はどう考えてもモンスターに襲われたものだ」
「仲間割れが起きたとか、別の冒険者パーティーか賊と交戦したという可能性もあるのでは?」
「ワシもそれを考えたが、負傷者の状態からして人によるものではないだろうな」
そう言いながら、すぐ近くのベッドで寝ていた冒険者の腕を指さすグレアムさん。
見ると、腕は治療済みであるが、大きく湾曲したようでよほどの怪力によってへし折られたらしかった。
だが、そうなるとますます謎が深まる。
彼らはきっとどこかから逃げてきたのだろうが、この近くでそんな凶悪なモンスターが出現したという話は聞いたことがない。
一体彼らはどこで何に襲われたというのか。
「でも、どうしてこの方たちはそのような状況に……」
俺と同じ疑問を口にしたのはミミューだった。彼女は心配そうに寝ている男性の顔を見つめながら、答えを求めるように俺の方へと視線を向けた。
「実力ある有名な冒険者パーティーをここまで追いつめるほど強いモンスターがこの近辺にいるのでしょうか?」
不思議そうに首を傾げるレメット。
とりあえず、俺たちの暮らすヒカリ村のすぐ近くで何か異変が起きているのは間違いないようだ。
そう考えていたら、どこからともなく声が聞こえた。
「う、うぅん……」
「っ! ウィ、ウィルム村長! 意識が戻ったようです」
診療所の者の声に反応して、ベッドに目をやる。目を覚ましたのはギリギリまで仲間たちを気遣っていたダニーさんだった。
俺はベッドの側まで行き、声をかける。
「目が覚めましたか?」
「こ、ここは……」
「ヒカリ村という場所です」
「そ、それはもしや……最近新しくできたという……」
「えぇ、たぶんそれで合っているかと」
「おぉ……やっとたどり着けた……」
ダニーさんは大きく息を吐いたが、すぐに痛みが襲ってきたようで、うめき声をあげながら悶えだした。
「大丈夫ですか、ダニーさん」
「あ、ああ……どうやら無茶をしすぎたようだ……」
それから彼は、経緯を説明してくれた。
「……実は、俺の住んでいるサーデル王国で新しくダンジョンが発見されたんだ」
「ダンジョン……」
ダンジョンには、これまで俺自身はあまりかかわったことがない。あるとしても、アキノの所属する冒険者パーティー【月光】絡みでの案件くらいだ。
……ただ、以前から関心はあった。ダンジョンといえば素材の宝庫。職人からすればこれほど魅力的な場所はない。
ちょっとワクワクしてきた俺だったが、対照的にダニーさんの表情は冴えないまま。
ダンジョン絡みでトラブルがあるらしい。
「ダンジョンで何かあったんですか?」
「まあな」
ダニーさんは少しためらったあと、ひとつ頷いてから話を続けた。
「俺はサーデル王国からそのダンジョンを調査するように依頼を受け、パーティーメンバーと一緒に探索へと乗りだしたのだが……途中ではぐれてしまってな。おまけに道中でこれまでに遭遇したことのないモンスターと戦闘になり、命からがら脱出してきたんだ」
「あなたほどの冒険者がそこまで苦戦するなんて……一体どんなモンスターだったんです?」
「それが、姿をハッキリと確認できなかったんだ。そのせいで反撃もろくにできず……情けない限りだ」
この情報に一番驚いていたのはアキノだった。そりゃあ、あのエリさんが争いたくないっていうほどの相手だもんな。相当な実力者であることは間違いないだろうが、それがほとんど壊滅状態というわけだから、そういう反応になるのも頷ける。
そんなアキノに気づき、ダニーさんが目を見開く。
「君は……もしやエリ・タチバナの娘か?」
「はい。アキノ・タチバナです」
「噂は耳にしている。母親に負けず劣らずの凄腕らしいな。まさかここで君に会えるとは思ってもみなかったな」
ダニーさんの強張っていた表情がわずかに緩んだ。
そして、いよいよ本題へと移る。
「さっきの話の続きだが……モンスターの襲撃から逃れているうちに、サーデル王国ではない別のダンジョンの出口へとたどり着いたんだ。遠くにかつて訪れた港町ハバートが見えたのでここがメルキス王国だとすぐに分かった」
さらにダニーさんが続ける。
「君の噂は聞いていた。バーネット商会に所属する凄腕の職人であり、現在はメルキスのガウリー大臣からこの村の村長に任命されたと。最近では人魚族の国で起きたクーデターを鎮めるのにもひと役買ったそうじゃないか」
「そ、そんなことまで……」
さすがの情報収集力だ。
「地理的に、もしかしたら噂になっている君の村が近くにあるのではないかと思ってさまよっていたのだが、予想が当たってくれて助かった」
「た、大変でしたね。でももう大丈夫です。ゆっくり傷を癒していってください」
「……いや、のんびりはしていられないんだ」
そう言うと、ダニーさんはベッドから起き上がろうとする。
しかし、まだ傷が完治していないためすぐに痛みが全身を貫き、動きが止まった。
「まだ無茶はいけませんよ!」
「そうだ! あんたの傷も決して浅くはないんだぞ!」
俺とグレアムさんで動きだそうとするダニーさんの説得をする。
だが、彼に応じる様子は見られない。
そして、彼はその行動の理由について語った。
「ダンジョンには逃げ遅れた仲間が……」
「えっ!?」
どうやら、ダニーさんの仲間がまだダンジョンに取り残されているらしい。
今すぐにでも助けたいという気持ちは分かるが、歩くのすらやっとの彼がそのダンジョンへ行ったとしても仲間を救えるとは思えない。
恐らく、普段のダニーさんならばこのような冷静さを欠いた判断をしないだろう。でなければ、あのエリさんが警戒するほどの実績をあげられないはず。裏を返せば、それだけ逼迫した状況であると言えた。
「ウィルム殿……助けてあげられないか」
訴えかけるような眼差しを向けてきたのは、アキノだった。
ダンジョンの恐ろしさを誰よりも理解している彼女だからこそ、ダニーさんの焦る気持ちや、残された仲間たちの不安や恐怖が分かるのだろう。
正直、残された者たちが生き残っているかどうかは不明だ。それに、一流冒険者パーティーであるダニーさんたちでさえ全滅しかけているような場所だ。下手に焦って足を踏み入れれば、こちらが全滅してしまう可能性があった。
また、気になるのはそれだけじゃない。
このダンジョン、ダニーさんの話を聞く限り、ふたつの国をまたいで存在しているのだ。
つまり、ダンジョンへの侵入は国家間のトラブルになりかねない。そのため、事前にガウリー大臣へ話を持っていき、判断を仰ぐ必要がある。
だが、人命がかかっている以上、それを悠長に待っている時間もないだろうな。
そこで俺は、アキノ、ソニル、リディアの戦闘スペシャリスト三人に、村に滞在しているダンジョン探索経験者とともにダンジョンへと潜るように頼んだ。とにかくそのメンツで取り残されている冒険者たちを救出することを優先させたのである。
その一方で、俺とレメットとミミューの三人は王都へと向かい、一刻も早くこの事態をガウリー大臣へと報告する。事後承諾という形にはなってしまうが、これは仕方ない。
諸々の事情を含め課題は多いものの、とりあえずこの対処方法をダニーさんへ提案した。
「ありがたい。感謝するよ」
本当はすぐにでもダンジョンへ突入し、仲間を救いだしたいところだろうが、国際的にデリケートな問題であることと、きちんとした準備を整えなくては自分たちの身も危険にさらされると理解しているため、万全の準備を整える時間が必要だという理由から即座に行動へと移るのを踏みとどまったようだ。
「必ず仲間を助けだしましょう、ダニーさん」
「ああ」
俺がダニーさんと握手を交わすと、まるでそれが合図であったかのように意識を失っていた冒険者たちが目覚め始めた。
中には事態を思い出し、救助作戦に参加したいと申し出る者もいる。
本来ならゆっくりと傷を癒してほしいところではあるが、未知のダンジョンへ乗り込むということで少しでも経験のある人手が必要だ。
そこで、グレアムさんの診察を受けて軽傷と判断された者のみ、俺たちに同行してもらうことになった。
結果、五人の冒険者が新たに加わった。
アキノやダニーさんたちが探索の準備を整えている間、俺は王都へ向かう前に村の様子をチェックしていくことにした。
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