カイン

建月 創士

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#0 プロローグ

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『我、ミリアスティリア王国、国王ガシムリリス·ミリアスティリアなり』

 その日その国は覚悟を決めた。

『我、願う、我が世界の救済を、彼の邪神からの解放を』

 それが禁忌だとしても。

『我らを育み支えた世界よ、我らの声を聴き届け給え』

 それにより自分達が滅びようとも。

『我は勇者の召喚をここに宣言する!嗚呼どうか!!我らの世界に幸福を!!我ら人類に栄光あれ!!』

 一閃。
 突如大きな光に包まれ、彼らの国、ミリアスティリア王国は赤子一人と残さず、滅びた。
 一筋の希望である、一人の勇者を遺して。

_____________________________

 神。
 彼らは実に自分勝手である。
 この世界を創生して以来、暇を持て余し、彼らはそれぞれの力で数々の世界を創造し、暇を潰すため手のひらの上でその世界達に困難を押し付け、それに慌てふためく世界の住人を見て、ニタニタと嘲笑う。
 そして、いざ滅びそうになったら、その世界の住人に手を貸し、自分を信仰の対象として崇め奉らせる。
 その全てが暇つぶし、その全てが遊戯である神の所業、だれも止めない、だれも止めることなど許されない。
 しかし、その暴虐さに密かに気づき、そうはさせまい、と神に牙を向き、滅びた国があった。
 その国の名は、ミリアスティリア王国、別名、英雄の国。
 しかし、滅んだのは1500年も前、現在では今も伝わる伝説と勇者のこと以外、どのような暮らしをしていたなどは文献すら消滅し残っていない。
 その中でも特別有名な話は、この世界に蔓延っていた魔を退治した勇者はこの世界の人間ではなかった、ということだ。
 
 しかし、そのことももうこの世界では忘れ去られようとしている、まともに覚えているのはこの俺ぐらいではないか、とふとそう思ってしまう。
____________________________

 俺は物心ついた頃にはあの勇者に憧れていた。
 いや、憧れなければならない、どこかそんな使命感に駆られていた。
 その理由はわからない、とにかく俺は勇者になりたがった。
 だから、幼い頃から村を守る兵士から剣術を習ったし、自分で勉強できる分の教養は身につけた。
 十六になった今でもそれを続けている。
 しかし、伝説上の勇者には近づけやしなかった。
 剣の一振りで衝撃波は飛ばせないし、無詠唱で魔法なんて放てやしない。
 超人的な運動能力も、特殊能力なんてものは目覚めの兆しすらもなかった。
 それでも俺は勇者に憧れていた。
 心の何処かで躍起になりながらも憧れていた。
__________________________

「私達には彼の勇者の血が流れている」
「は?」

 突然告げられたその言葉に思わず声を漏らす。
 理解が追いつかなかった。

「本当ことだ」
「嘘だ!」

 ありえない、じゃあなんで、なんで俺はあんなに努力したのに、何も、何も目覚めなかったんだ。

 目の下に涙が溜まってきているのがわかった。

 勇者にはなりたかった。
 だから努力した、これからもしようと思った。
 でもこの身体、何も報われなかったこの身体にはその憧れた者の血が流れている。
 そんなの、そんなの、これからも努力しても近づけないのを突きつけられたのと一緒じゃないか。
 物心ついてからの十数年、頑張ってきても何一つ伸びなかったのに、それならこれからいくら頑張ったって報われないんじゃないか。
 違う、報われたかったんじゃない、俺は勇者になりたかった、でも勇者になるには、才能がないといけない、努力が報われなきゃいけない。

 その堂々巡りの思考を巡らすうちに涙が溢れる。
 水滴が頬を伝い、それを追うように次々と溢れ、雫から一つの川のようになる。
 情けない顔をしているであろう、その事が恥ずかしくて手で顔を覆う。
 それでも涙は止まらない、頭の中で考えれば考えるほど自分がなぜそんな血筋でありながら、努力しても報われていないのか、そのことにしか疑問が湧かない。
 しかもその報われないことに腹を立てている自分に更に腹を立てる自分がいる事に、歯がゆさを感じ耐えられなくなる。
 苦しい、辛い、呼吸が詰まり、嗚咽が漏れる。
 
「畜生!!」

 俺はその場から逃げ出した。
 涙と共に鼻水が垂れるがズズッと啜り、我慢する。
 自分の部屋に入るなり、ベッドの布団にくるまり、時間を忘れて思考を巡らせた。
 とにかく、それしかすることができなかった。
____________________________

 いつもと同じ時間に目が覚めた。
 ベッドから身体を起こし、ふぅ…と一息をつく。
 一晩泣いて、もう落ち着いた。
 これからのことも、決めた。

 いつも通りに着替え、毎朝のトレーニングへ出掛ける。
 息が切れる程度の適度なランニングを済ませたあとに剣の素振り、過去に兵士に習った型だけでなく、自分の振りやすい型なども自分で研究し、それも練習する。
 それが終わったら、次は座学を家に帰ってからするのだが、今日は省略し、父親の元へ向かった。
_____________________________

「父さん、俺、旅に出るよ」

 父は一瞬驚きの表情を浮かべ、「そうか…」というような表情を相槌を打ちながら浮かべた。

「俺、昨日、あの真実を告げられて、かなりショック受けたんだけど、それで踏ん切りがついたんだ」

 そんなことを語る俺に父は嫌な顔一つしない。

「色んな世界を見て、聞いて、体験して、自分を試してみたいんだ、先祖の勇者みたいな力はないけど、俺にできる、俺にしかできない、そんな事を見つけたい、もしかしたら、大器晩成、みたいな感じで旅の途中でなにかに目覚めるかもしれない、だから」

 まっすぐと父を見据えて、もう一度告げる。

「旅に出ます」
「……あぁ、わかった、少し待っていろ、お前にやるものがある」
「やるもの?」

 その疑問を聞く間もなく、父は家の奥に引っ込んでしまった。
 しかし、1分もしないうちに戻ってきた。

「死んだ母さんはな、手が器用で、身体は弱かったがベッドから起き上がれないときはずっとこれを作ってたんだ」

 父が持っているそれは立派な革製のバッグだった。
 
 物心ついた頃には母さんは常にベッドの上に居た。
 でもいつも優しく、俺を撫でながら勇者の伝説の絵本を読んでくれた。
 それが勇者に憧れを持った理由でもある。
 その母さんが、俺に…?

「…ありがとう、大事にするよ」
「あぁ、それと、私からはこれだ」

 そう言うと父は胸のポケットから便箋を一つ取り出し、渡してきた。
 封は開けられており、どうやら父が先に読んだらしかった。
 その便箋に指を突っ込み、手紙を取り出し、開く。
 そこにはこう書いてあった。

『私は勇者の末裔、リリウム·S·ミリアスティリアです。
 突然の手紙での報せをお許しください。
 この手紙が届いているということは貴方の血筋には彼の勇者が関係しています。
 信じきれないかもしれませんが事実です。
 そして私はいつか来る、邪神による遊戯に対抗するべく、力を蓄えたいと思っております。
 そこでミリアスティリア王国の再建を私は考えています。
 その中で貴方の意見も取り入れたいのです。
 ご了承頂けるのでしたら、この手紙を入れておりました便箋を持ち、旧ミリアスティリア王国領、ロストクラウンにご足労願います。
 では、良い返事を待っております。』

「…英雄の国の…再建!?」
「あぁ、そうらしい、昨日これをお前に渡そうと思ったのだが、あんな反応をされては渡せやしなかった」
「あぁ、だから昨日」
「そういうことだ、どうするかはお前に委ねる、旅の途中に寄ってみるのも良いし、まっすぐにロストクラウンに向かうのも良いだろう、ただ」
「ただ?」
「死なないでくれ、カイン」

 これまで聞いたこともない声音で父は俺の名前を呼ぶ。
 父はきっと初めて俺に心の内を明かしたのだろう、どこか照れくさそうに頬を掻く。

「あぁ、もちろん、危ないと思ったら自分の命を最優先にする、そんでなんか良いことがあったら、手紙でも出すよ、楽しみにしててくれ」
「あぁ…」

 そう言うと、父は涙を流す。
 その本当に初めて見る父の顔につい俺は笑ってしまう。

「泣かないでよ、今生の別れじゃないんだからさ」
「あぁ、あぁ…そうだな…そうだな…」
「それに俺は一人じゃない、母さんがついてるから」

 そう言ってバッグを背負ってみせる。
 その姿を見て更に感極まってしまったのか父はまた瞳に涙を浮かべる。

「あぁ…あぁ!」
「それじゃあ、準備してくる」

 そう言って俺は自分の部屋へと戻る。

「あぁ…ターシャ、私達の子供は、立派に育ったよ。……ターシャ、あの子を、カインを、見守っていてくれ…」

 父が一人で呟いたその言葉を俺は知る由もなかった。

____________________________

 革製のブーツの靴紐をしっかりと上まで締め、準備が万端となる。
 俺はふぅ、小さく息を吐き、後ろに向き直る。
 そこには十六年間を過ごした家と、俺を育ててくれた、たった一人の父が立っていた。
 改めて父に別れの言葉を告げる、といっても今生の別れではないのだが、どうしても力んでしまい、上手く切り出せない。

「別に色々言葉を紡がなくても、私は分かっている。それに、いつか、何年後か、なんかはわからないが、お前は帰って来てくれるんだろう?」

 そう父は優しく俺に告げる、その表情は慈愛に満ちていた。
 その言葉に俺は静かに頷き、こう言う。

「帰ってくるよ、もしかしたら、人数が増えてるかもね」
「その時は歓迎するさ、是非連れてきてくれ、そして、旅の話を聞かせてくれ」
「うん。それじゃあ行ってくる」
「あぁ、行ってこい!」

 その言葉を聞いてから、父に背を向け、ドアを開ける。
 爽やかで平和な幾度となく見た景色が眼前に広がる。
 しかし、一歩踏み出すと、その景色はいつもとは少し違って見えた。
 カイン·ノブリーシャの旅は、この時、始まりを告げた。
___________________________
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