佐城沙知はまだ恋を知らない

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佐城沙知はまだ恋を知らない

三話 『名前で呼んで』

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 そんなこんなで佐城さんと会話をしていると、目的地である彼女の自宅に辿り着いた。

「ここがあたしの家だよ」

 佐城さんの家はごく普通の一軒家だった。何の変哲もないどこにでもあるような感じのする。

「普通の家でガッカリしているでしょ」

「別にそんなことはないよ」

「まあ、正直な話あたしのほうがガッカリしてるけどね!!」

「いや、何で!?」

「だって、研究室とか、家が変形したりとか、秘密の場所に繋がってとかあったほうが面白いでしょ」

「いや、無いから」

 確かにそういう展開に憧れる気持ちはあるけど、残念ながら現実ではあり得ない。

「とりあえず、入っていいよ」

 佐城さんが家の扉を開けてくれたので、お言葉に甘えて中に入る。

「ただいま~、お母さ~ん彼氏連れてきたから、部屋に何か持ってきて~」

「ちょっと!? いきなりなに言ってるの!?」

 家に入るなり突然大声で堂々と言う佐城さんに焦る僕。そして案の定家の奥からドタドタと慌てるような音が聞こえて、佐城さんの母親らしき人が慌てたように出てくる。

「ちょっ、沙知ちゃん!? 彼氏って何なの!? 」

「この人があたしの彼氏」

 そう言って佐城さんは自分の後ろに僕を引っ張って前に出すと、佐城さんのお母さんは僕の姿を見てかなり驚いていた。まあ娘がいきなり彼氏を連れてきたからそりゃ驚くよね。

「は、初めてまして……島田頼那です……佐城さん……いや、沙知さんとは、その……お、お付き合いさせていただいています」

「これはご丁寧に……私は沙知の母です」

 緊張しながら挨拶する僕の姿に佐城さんのお母さんもハッとしたようにお辞儀を返す。

「えっ? 本当に沙知ちゃんの彼氏なの? 嘘じゃなく?」

「本当だってば、何で疑うのさ」

「だって沙知ちゃんに彼氏ができるなんて思わなかったから……」

 そう言いながら、佐城さんのお母さんは僕と佐城さんを交互に見ながら驚いていた。

「ちょっ!! あたしのこと何だと思っているの!? あたしだって彼氏くらいできるよ!!」

「だって実験大好きのマッドサイエンティスト気質の沙知ちゃんに彼氏なんてできるわけがないじゃない!!」

「むき~!! 確かに実験大好きだけど、そこまでひどくないもん!!」

「正直沙々ちゃんの彼氏のほうが信憑性があるわ、沙知ちゃんの彼氏ってだけでもう何か可哀想」

「可哀想!? ナチュラル罵倒過ぎる!!」

 僕そっちのけで佐城さんのお母さんと彼女はワーワーギャーギャー言い合いを始める。そんな二人を見て僕は苦笑いを浮かべるしかできなかった。

「君大丈夫? うちのバカ娘に弱みとか握られてない? 何かのバツゲームで仕方なく付き合ってない? 」

 二人が言い合っていると、佐城さんのお母さんは心配そうに僕の方を見て、何やら勘違いをしているのかそんな質問をしてきた。

「さっきから酷すぎるんですけど!? 何であたしがそんな酷いことしないといけないの!!」

「沙知ちゃんは今までの行動を顧みて?」

「ううっ、確かに……」

 どうやら心当たりがあるのか、佐城さんは悔しそうに食い下がる。

「あの……僕なら大丈夫ですよ、一応沙知さんが僕からの告白を了承して、付き合いましたので……」

「あら? 本当なの? だとしたらごめんなさいね、この子……変な子だからつい……」

「ついって何さ!!」

「本当にごめんなさいね」

 改めて佐城さんのお母さんが僕に謝罪をする。何気にこの人も毒舌入ってるよね……何となく分かってたけど。

「色々と難のある子だけど、どうかこれからこの子をよろしくお願いね」

「えっと……こちらこそ……」

 佐城さんのお母さんから彼氏として一応認められたのか握手を求められて、それに応じる。

「嫌になったり、面倒になったらすぐに別れても大丈夫だからね」

「お母さん!?」

 最後の最後にサラリと毒を混ぜる佐城さんのお母さん。やっぱりこの人は毒舌の持ち主だった。

「ほらっ、お母さんのことは放っておいていいから部屋に行くよ!!」

 そう言って佐城さんは僕の手を引っ張ると、玄関の近くにある部屋へと案内される。

「ここがあたしの部屋だよ」

 佐城さんに連れて来られた部屋は、白と黄色を基調した女の子っぽい部屋だった。本棚には教科書や漫画、分厚い図鑑などが入れられている。

「……」

「あっ、絶対いまイメージと全く違うとか思ったでしょ」

「いや、そんなことは……黄色が好きなの?」

「ん? どうだろう? 黄色って記憶力とか理解力を上げるのに効果があるから自分の部屋には多く入れているだけなんだよね」

「へえ、そうなんだ」

 そういうところは理屈っぽく家具とか選んでると思うと、この部屋は佐城さんらしいイメージに合っている気がする。

「まあ、そんなことは置いといて、とりあえずそこ座ってよ」

 そう言って佐城さんはベッドの上に座ると、その隣をポンポンと叩き、僕にも隣に座るように促してきた。

「あの……何か近くない?」

「別にいいじゃん、あたしたち付き合ってるんだし、恋人同士ってこれが普通じゃないの?」

「それはその……そうだけど……」

 確かに普通の恋人たちはこういうことをするイメージはある。けど佐城さんとは付き合って一時間も満たない僕にとってこれはなかなかにハードルが高い。

「ほらっ、遠慮しないで座ってよ」

 躊躇う僕の手を引いて強引に座る僕に満足したのか、佐城さんは嬉しそうに笑う。

 その笑顔は無邪気な子供みたいに見えてとても可愛らしく見惚れていると、心臓が大きく高鳴る。

 それに佐城さんと近いせいか彼女の良い匂いとほんの微かに香る柑橘系の香りをダイレクトに感じて僕の心臓がさっきよりも激しく鼓動を始めた。

 佐城さんが近くにいるってだけでもドキドキするのに、更にこんなことされてたら心臓が持たない。

「どうしたの? そんなにソワソワして」

「な、何でもないよ!!」

 動揺が顔に出ているのを指摘されて、慌てて平静を装うとするけど、うまくいかなかったようで佐城さんにクスクス笑われてしまう。

 そしてそのままジッと僕の顔を見つめる佐城さん。

「な、なに……?」

「へぇ~、好きな人が近くに座るだけでこんなに顔って赤くなるだ~って観察してたの」

「……」

 興味深そうにありとあらゆる角度から僕を見る佐城さん。彼女からすれば僕は彼女が恋を知るための観察対象でしかない。

 そんな佐城さんに意識させられている自分が悔しいけど、こんなことされたら嫌でも意識をせざるを得ない。

 それにここまで距離が近いと佐城さんの制服越しからでも分かる胸の膨らみだとか、スカートから見える綺麗な脚が視界に入ってあらぬことを想像して悶々としてしまう。

 何とかこの気持ちを抑えようと我慢している僕に救いの手が現れた。

「ほらっ!! バカ娘、お茶とお菓子を持ってきてあげたわよ!!」

 そんな声が聞こえてきたかと思ったら、佐城さんのお母さんが部屋に入ってくる。どうやら飲み物とお菓子を運んで来てくれたらしい。

「あ、ありがとうございます」

 僕はお礼を言うと飲み物とお菓子を受け取る。

「って、いまバカって言った!? 自分のカワイイカワイイ美人な天才の娘に対して!!?」

「天才だろうと今までの奇行と今の発言の時点でバカと言われても仕方ないでしょ!!」

「なんでよ!! あたしはただ自分がしたいことをしているのに、バカなんておかしいもん!!」

 佐城さんのお母さんの登場でさっきまでの微妙な雰囲気が一転してギャアギャアと言い合いをする二人。佐城さんのお母さんの登場は本当に感謝したい。

 だってあのまま続いていたら僕は色々な意味で限界を迎えていたと思うし。

 それにしてもこの親子、言い合ってはいるけどやっぱり仲がいいんだな。

 そんな二人の見ているとまるで緊張しているのがバカみたいに思えて、ふと、力が抜けた。

 さっきまであんなにも緊張していたのが噓みたいに自然に笑えてる気がする。

「ちょっと、なに笑ってるの!?」

「えっ? いや、親子で仲良いんだなって」

「うん、まあ、こんなのは日常茶飯事だから……」

「ごめんなさいね、親子の見苦しいところを見せちゃって」

「いえ、気にしてませんので」

 別に二人は言い合ってるけど仲が悪いわけではなくてむしろ仲が良いからこんなことが起きているのだと思うし。

 そのせいか若干二人の間に入りづらいって気はしないけど……。

「それじゃああとは若い二人でごゆっくり……沙知ちゃんは頼那くんに変なことしちゃダメよ」

「ちょっ!! お母さん!?」

 そんなやり取りを終えると、佐城さんのお母さんは微笑みながら部屋を去っていった。

「そんなにお母さんはあたしが変なことすると思っているのかな?」

 佐城さんは不満を口にしながら持ってきてもらったお菓子をモグモグと食べていた。

「う、うん、まあ」

 さすがにこの流れで変じゃないとは言えないので、言葉を濁す。

「何か失礼じゃない!? まだ知り合って一時間くらいだよね!?」

 そう言ってプンプンと怒った顔をする佐城さん。そんな顔をしているとちょっと子供っぽくて可愛らしいなと思ってしまう。

「そもそも恋が知りたいから付き合うって言い出したのは佐城さんだし」

「それはそうだけど、それ言ったら君は変な子を好きになった変人になるけど?」

「うん、そうだね」

「そこは否定しないんだ」

 佐城さんがこんなにも変わった人だなんて思わなかったけど、好きになった事実は変わらないから否定しようがない。

「それに佐城さんがこんなに愉快な人だなんて知れたのは、付き合ってみた結果だから」

「アハハ、君って変わってるね」

「佐城さんには言われたくないよ」

 僕がそう言うと朗らかに笑う佐城さん。すると、佐城さんは思い出したかのようにこんなことを口にした。

「そういえば、恋人どうしってお互いの呼び方ってどうするんだろ?」

「お互いが呼びたい呼び方でいいんじゃない?」

「そうなの? じゃああたしのことは名前で呼んで?」

「えっ!? それは……」

「あれっ? 何でそんなに照れているの? さっきお母さんと話していたときは普通に呼んでたでしょ」

 名前で呼んでと言われて咄嗟に反応できずに挙動不審になる。そんな僕に対して不思議そうにしながら訊ねる佐城さん。

「急に……好きな人の名前を呼ぶのは……ちょっと……照れる」

「ふ~ん、そういうものなんだ~」

 名前を呼ばれると急に恥ずかしくなった僕はボソリと呟くと、佐城さんはよく分かっていなさそうに返事した。

「まあ、とりあえず慣れるまで呼んでみてよ」

「う、うん、えっと……さ、沙知?」

 そんな恥ずかしさを堪えつつ彼女の名前を呼ぶ。何だか気恥ずかしくて顔から湯気が出るんじゃないかってくらい熱い気がするけど何とか耐えることができた。

「アハハ、顔真っ赤だよ」

「……」

 そう言って沙知は楽しそうに笑いながら僕を指さして指摘する。どうやら沙知は僕が恥ずかしがっているのが可笑しいらしい。

「まあまあ、これからよろしくね、頼那くん」

 佐知はそう言って僕に満面の笑みを浮かべながら手を握ってきた。

「うん……よろしく、沙知」

 未だに照れくささは残ってはいたけど、それでも僕たちは向き合って笑いあうのだった。
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