佐城沙知はまだ恋を知らない

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佐城沙知はまだ恋を知らない

四話 『一緒に食べる?』

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 沙知と恋人になってから翌日、教室に着いて自分の席に座ると、僕は大きなあくびをした。

「おはよう」

 そこに同じクラスで友達の佐々木が声をかけてきたので、僕は眠い目を擦りながら挨拶を返す。

「眠そうだな……夜更かしでもしたのか?」

「まあそんなところ……」

 沙知に告白されて付き合ったという事実のせいで昨日の夜は全然眠れなかったのである。そして今も若干眠気が残っている。

 結局、昨日は沙知の家で彼女と会話だけして、その日はお開きとなった。まあお互い初めて同士では何をすればいいのか分からないから仕方ないのだが。

 帰りに沙知のお母さんに夜ご飯とかで誘われたけど、丁重に断らせていただいた。

 流石に付き合ってまだ一日目で彼女の家族と飯を食うのは緊張し過ぎて大変なことになりそうだったからだ。

 そういえば、沙知の双子のお姉さんとは会ってなかったな。まあ、同じ学校らしいし、いつか会えるかもしれないからそのときでいっか。

「今日の一限は……って数学か……」

 今日やる授業を確認すると思わずため息がこぼれる。眠気マックスな今の状態で授業をやるのは色々とめんどくさい。

「はぁ……こんな日に限って苦手な数学って……」

「確かに寝不足の時は辛いな」

「そうなんだよ……」

 そんな憂鬱な気分になる中、愚痴を溢していると、ゼハゼハと息を切らしながらこっちに近づいてくる足音を耳にして、視線を音のする方へと向ける。

「ゼェ……ハァ……や、やっと着いた……」

 そんな疲れきった呟きと一緒に教室に現れたのは沙知だった。

「ほら、見ろよ、島田の思い人が来たぞ」

 佐々木にからかわれながら彼女の方を見る。沙知は大きく肩で息をしていて、その度に彼女の大きな胸が揺れていて、クラスの男子たちの大半は思わず視線がそちらに行ってしまう。

「やっぱり佐城、スタイルはいいよな……」

 ボソッと隣にいる佐々木が呟くのを聞いて思わず反応してしまいそうになる。確かに沙知はスタイルはいいし、何よりあの大きな胸は正直言って反則だと思う。

 男なら誰でも目がそっちに行ってしまうのはしょうがない。僕も全く見るなってのは無理な話。だが、自分の彼女が他の男子にそんな風に見られていると思うと、正直あまり気持ちの良いものではない。

「ふう~、やっと息が整った」

 そんな男子たちの視線を気にすることもなく沙知は自分の席に移動すると、沙知は僕に気づいたのかこちらを見てニコッと笑ってこちらに近づいてきた。

「あっ、おはよう、頼那くん、こんなところで会うなんて奇遇だね」

「おはよう、沙知、奇遇も何も僕たち同じクラスなんだから不思議じゃないから」

「アハハ、そうだっけ? あたし全然気にしてなかったから頼那くんが同じクラスだったなんて全然知らなかったよ」

「そもそも昨日同じ話をしたから」

「アハハ、そういえばそんな話をしたような気がするよ、多分」

「いや、したから!! 正直、認知されてなくてショック受けてたんだぞ」

 笑いながら言う沙知に対して思わず突っ込む。

 そんな僕たちの会話を隣で聞いていた佐々木は何故か困惑した表情を浮かべていた。

「な、なあ、島田……」

「なに?」

「何で佐城とそんな親しげに話せるんだ?」

「そ、それは……」

 佐々木に言われてハッとなる。今まで接点のなかった沙知と急に親しげに話していたら周りが不思議に思っても仕方ない。

 佐々木に対してどう説明しようかと頭を悩ませていると、沙知が話しかけてきた。

「えっ? だってあたしと頼那くんは恋人だから」

「えっ!?」

「ちょっ、沙知……!!」

 僕が悩んでいるうちにとんでもないことを口走る沙知に思わず制止しようとするけど、もう遅い。

『えっ?』

 彼女の発言に教室中が一瞬ざわめく。そして一斉に僕の方を見たため、急に恥ずかしさが込み上げてくる。

「お前、いつの間にそんな関係になってたんだ!?」

 佐々木が信じられないという顔で驚きながら詰め寄ってくる。

「いや、それはその……昨日からで……」

 さすがに恋人になった経緯を人に説明するのは凄く恥ずかしいし、沙知もいてかなり恥ずかしい。僕が言い淀んでいる間にまたしても沙知が割り込んできた。

「頼那くんがあたしのこと好きだったみたいだから、恋人にしてあげたの」

「っ!?」

 そう言って当たり前のように言い放つ沙知に対して顔が一気に熱くなる。確かに彼女の言った言葉に間違いはないのだがその発言が恥ずかしいことに変わりない。

 教室中からはマジでって言葉がちらほら聞こえてくるし……穴があったら入りたい気持ちになるからやめてくれ。

「沙知、その……そういうことはあまり……」

「えっ? 事実でしょ?」

 僕が宥めようとするが、沙知は不思議そうに首を傾げていた。そんな彼女にどう説明しようか頭を悩ませていると、そんなやり取りを見ていた佐々木が僕に聞いてくる。

「島田……お前……佐城に遊ばれてないか?」

「えっ? そんなことないよ」

 佐々木の危惧はもっともだけど、今はそこは重要じゃない。

 結果的にクラスの人たちには僕と沙知が付き合い始めたということはすでに知られてしまった。あまり注目されるのは苦手なのに……。

「ねえ、頼那くん」

 僕が頭の抱えていると、沙知は僕の袖をクイッと引っ張りながら僕の名前を呼んだ。

「な、なに?」

「さっきから話しかけてくるこの人……誰? 頼那くんの知り合い?」

「えっ? 同じクラスの佐々木だけど……」

「……」

 僕の紹介を聞いても沙知は無反応で、佐々木を見つめたまま固まている。二人の間に微妙な空気が流れる中、そんな沙知に対して佐々木が話しかける。

「よ、よう……佐城さん」

「……だれ? こんな人いたっけ?」

 どうやら佐々木のことが一切記憶になかったらしい沙知は首を傾げながらそう呟いた。

「ちょっと、沙知」

 さすがに失礼すぎるから注意しようと僕は口を挟もうとすると、佐々木が大げさに反応した。

「ちょっと佐城さん!? それは酷くないか!? 一応同じ中学だっただろ!?」

「えっ? そうなの? アハハ、ごめんね、あたし他人の顔と名前覚えるの苦手だから」

 沙知は笑いながら軽く謝っていた。そんな沙知に佐々木は諦めたようなため息を一つつく。

「まあ、佐城さんが絶対覚えてないのは何となく分かっていたけど……面と向かって言われると傷つくな」

「アハハ、ごめんごめん、頼那くんの友だちみたいだし、これからよろしくね、沙悟浄くん」

「佐々木だよ!! さっき島田が言ってたよな!!」

 沙知のあまりにも大雑把な間違いに佐々木がすかさず訂正する。

 確かに僕はさっき沙知に佐々木のことを紹介したはずなんだけどな……。てか似たようなやり取りを昨日もしたような気がする。

「島田……本当に佐城が彼女でいいのか? マジで見た目だけで選んでるなら佐城姉のほうがまだマシだぞ?」

 佐々木は可哀想なものを見るような目で僕を心配しながら聞いてくる。

 何かこれも昨日聞いたな……。なんて思いながら僕は佐々木の質問に答えることにした。

「まあ……好きになちゃったし……」

「はぁ……お前は恋に恋する乙女かよ」

 僕の言葉を聞いて佐々木は呆れたようにため息をついた。どうやら僕のことを心配してのことらしい。

「まあ、二人がそれでいいなら外野が口出す筋合いもないか」

 どこか吹っ切れたような表情を浮かべながら佐々木は納得してくれたみたいだ。

「それじゃあ俺は邪魔みたいだしお暇するとしますかね」

「あっ、ちょっと佐々木……」

 僕の呼び止めにも応じず自分の席の方へと戻っていってしまった。何か余計な気遣いをさせてしまって申し訳ないと思っていると沙知が僕に話しかけてくる。

「ねぇ、頼那くん」

「なに?」

「やっぱり頼那くんって変わってるよね」

「えっ? なんで?」

 沙知の言葉に思わず困惑の声を漏らす僕。正直、沙知には言われたくないって言いそうになったが、また話が逸れそうだから黙っておく。

「だって、あたしって周囲からの反応を分析すれば、変人の部類に入ると思うよ?」

 人指し指を口元に当てながら首をかしげている沙知を見て、僕は苦笑いしながら答える。

「そ、そんなことないと思うよ?」

「本当にそう思ってる? 本心で言って」

 僕がそう言うと沙知は訝しげな表情になって聞き返すので、僕は戸惑いながらも答えた。

「……ごめん、どう考えても変人だね」

「だよね、良かった」

 僕の言葉に満足いったのか満面の笑みで頷く沙知。

 そんな彼女を見ていると思わずドキッとしてしまう。沙知って行動こそはあれだけど、改めて思うけど可愛いんだよな。

 そんな僕のことを不思議そうに見ながら沙知が更に話しかけてくる。

「どうかしたの?」

「……いや、何でもないよ」

「変な頼那くん」

 そう言って笑う沙知に対して僕も苦笑いをすることしか出来なかった。

「それにしてもみんながみんなあたしよりもお姉ちゃんのほうがマシだって言うけど、あたしからしたらどっちもどっちな気がするんだけどなあ」

「そもそも僕は君のお姉さんに会ったことないから分からないよ」

 まあ仮に会ったとしても沙知が好きなのは姉で僕のことを好きになるなんて思えないけど。

「あれ、そうだっけ? それじゃあ今日のお昼休みに一緒に食べる?」

「えっ、いいの?」

「うん、頼那くんをお姉ちゃんに紹介したいし」

「じゃあ……お言葉に甘えようかな……」

 彼女のお姉さんに会うのは少し緊張するが、沙知と一緒にお昼を食べれるのは、普通に嬉しいから僕は沙知の提案に頷いた。

「それじゃあ決まりだね、お姉ちゃんには連絡しとくね」

 そうニッコリと笑った後、沙知は席に戻ったのだった。
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