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佐城沙知はまだ恋を知らない

五話 『あたしは惚れてないけど?』

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 午前中の授業が終わって昼休みになると同時に沙知がこちらを向いてくる。

「お~い、頼那く~ん、お昼食べに行こっ」

 沙知は楽しそうに笑いながらそう言ってきたので僕は席を立って答える。

「ちょっと待って、すぐに準備するから……」

 僕は教科書を机の中にしまい、鞄からコンビニの袋を取り出して沙知の元へと歩み寄る。

「それでどこで食べる?」

「中庭のベンチにお姉ちゃん呼んでるからそこで」

「了解、行こうか」

 沙知とそんなやり取りをすると僕たちは二人並んで中庭へと移動した。そして中庭に着くと、ベンチに二人並んで腰を下ろす。

 周囲を見渡すがまだ沙知のお姉さんらしき人は見当たらない。

「アハハ、まだお姉ちゃんは来てないみたいだね」

「沙知のお姉さんってどんな人なの?」

「う~ん、それは会ってからのお楽しみってことで」

 沙知はニヤニヤしながら人差し指を口に当ててこちらをチラチラと見ていた。

「そんなことより、頼那くんのお昼ごはんはそれなの?」

 沙知はそう言うと僕が持っているコンビニの袋を指さしながら聞いてきた。

「そうだけど」

「なに買ったの?」

「パンだけど……」

 袋から出して中身を見せると沙知は呆れたように溜め息をこぼしていた。

「はぁ~ダメだな~頼那くんは、お昼こそしっかり食べないと、栄養が足りなくて授業中眠くなっちゃうんだよ」

「うっ……そういう沙知はどうなんだよ……」

「ふっふーん、よくぞ聞いてくれました」

 僕が聞き返すと沙知は待っていましたとばかりに大きな胸を張りながら手に持っていたお弁当の袋を僕の顔の前に突きつけた。

 そして沙知はドヤ顔を僕に見せびらかしてきた。

「じゃ~ん、これがあたしのお昼ごはんで~す」

「ま……マジで?」

 彼女のお弁当の中身を見て驚いた。何故なら弁当箱の中は彩りが豊かで、それでいて栄養のバランスも良さそうなものばかりだったから。

 白米にお肉、魚、野菜、果物のバランスも考えられた素敵なお弁当だった。

「どうだ、すごいでしょ」

「意外……沙知って絶対、栄養? 栄養ドリンクとかゼリーで済ませてるタイプだと思ってたから」

「なにそれ? あたし、そんな風に思われてたの!?」

「まあ……」

 僕の言葉にショックを受けてたのか沙知は肩を落としながら俯いてしまっていた。どうやら僕の勝手な想像だったらしい。

 そんなやり取りを二人がしていると、後ろから声をかけられた。

「いや、そいつその通りのキャラだぞ」

 振り返るとそこには一人の女子がいた。体型は沙知と同じくらいで、髪は肩に掛からないくらいのショート。そして沙知と瓜二つと言って良いほど顔が整っており、制服を着こなしていて凛とした佇まいをしている。

 確認するまでもなく彼女が沙知のお姉さんなのだろう。沙知とは違うその雰囲気に思わず見惚れてしまう。

「あっ、お姉ちゃん、やっときた! こっちこっち」

 そう言って沙知はお姉さんに向かって手招きをする。

「すまない、授業がちょっと長引いて遅れた」

「もう、遅いよ~お姉ちゃん」

 沙知のお姉さんは謝罪しながら僕たちの元へと来るとぼくの方へ視線を送る。

「ふ~ん、あんたが沙知の彼氏?」

「は……はい、そうです」

 僕の目をジッと見つめながら質問してくる沙知のお姉さんにたじろぎながらも僕はそう答える。

 沙知と瓜二つのサファイアのような青い瞳に見つめられていると、まるで彼女に見つめられているかのようで緊張してしまう。

 それにしても双子の姉だというが、髪型が違うだけでここまで印象が変わるものなのかと内心驚いていた。

「ホントにいたんだな、てっきりただの妄想かと思ってた」

「失礼しちゃうな~、昨日言ったじゃん」

 どうやら沙知のお姉さんは沙知に彼氏が出来たことに信じてなかったらしく、疑っている様子だった。そういえば沙知のお母さんも最初会ったとき、彼氏が出来たことに半信半疑だったな。

「顔は……普通、特段カッコいいわけでもないし、カワイイ系でもないか」

 沙知のお姉さんは、僕の顔をじっくり見つめながら品定めするかのようにそう言った。それを聞いて思わずムッとしてしまう。

 僕は別にカッコよくもなければ可愛くもない普通の高校生なのは百も承知だけど、初対面の相手に言われるのは何か癪に触る。

「お姉ちゃん!! そんなホントのこと言っちゃダメだよ」

「ぐっ!!」

 沙知のその一言で僕はダメージを受けた。

「えっ? なんで頼那くんがダメージ受けてるの?」

 沙知が不思議そうに首を傾げていると、沙知のお姉さんが呆れたように溜息をこぼしていた。

「はあ……沙知、こういうときは彼氏のフォローするのが彼女だろ、なに追い討ちかけてんだよ」

「えぇ、なんで? フォローも何も本当のこと言っただけじゃん!」

 沙知は訳が分からないとばかりに首をかしげていた。やっぱり僕のこと彼女の中では普通の男子にしか見えてないらしい。

 そんなやり取りをしていると、沙知のお姉さんが顔に手を当てて深い溜め息をついた。

「悪い、オレもあんたに不快な思いをさせてしまったな」

「い……いえ……」

 少しバツが悪そうな顔をする沙知のお姉さんに僕は苦笑いしながら答えた。

 てか沙知のお姉さんオレっ子なんだ……。

「とにかくオレは沙知の双子の姉、佐城沙々だ、気軽に沙々って呼んでくれ」

「僕は島田頼那、よろしく沙々さん」

 僕たちはお互いに挨拶すると、沙々さんは沙知の隣に座り、手に持っていたお弁当を広げる。

 お弁当を見ると沙知と同じ中身で、バランスもしっかりと考えられた彩りが豊かなお弁当だった。

「二人はいつもお弁当なの?」

「まあな、『オレ』がこいつの分も含めて二人分作っているから」

 自分が作ったことを強調させるように言うと沙知はドヤ顔をしながら僕のことを見てきた。

「あたしのお姉ちゃんは口調は男っぽくてボーイッシュだけど、料理は上手なんだよ」

 沙知は自慢げにそう言うと自分のお弁当に入っているおかずを口に入れた。それに対して沙々さんはジト目で彼女を見ていた。

「なんでお前が誇らしげなんだ……」

「あたしのお姉ちゃんだからだよ」

 沙知がそう答えると沙々さんは呆れたように溜息をこぼしていた。容姿や声は全く一緒な双子でこうも性格が違うのかと少し驚いてしまった。

 ただどちらも絶世の美少女と言っても差し支えないレベルで、ただお昼を食べているだけでも絵になるほど二人とも魅力的だ。

 僕が二人を見つめていると沙々さんが不思議そうに僕を見ていた。

「どうした? オレたちの顔なんか見て……」

「い……いや、そのホントそっくりだなって……」

「よく言われるよね~、髪型一緒にすると見分けつかないとか言われるし」

 確かに髪型も一緒だとパッと見どっちなんだ? ってなるだろうなぁ。

「まあ、中身は全く別物だけどな」

「そうなの?」

「ああ、沙知はこんな感じで、手先は不器用で体力はゴミレベルで、倫理観はぶっ壊れているが、頭だけは良いからな」

 沙々さんの評価に対して、不服だったのか沙知は異議申し立てをしていた。

「ちょっと~お姉ちゃんあたしを頭しか取り柄のない天才みたいに言うのやめてよ」

「事実だろ、あと自分で天才って言うな」

「事実を言ってるだけだよ~」

 沙知と沙々さんはそんなやりとりをしているが、何だかとても楽しそうに見えた。こういう姉妹のやり取りは微笑ましく感じてしまう。

 ただ気になることもあるので確認をしてみることにした。

「じゃあ、沙知から見て沙々さんはどんな人なの?」

 僕がそう尋ねると沙知は少し考えてから口を開いた。

「う~んと……料理上手で、手先が器用だから工作とか得意で、体力はそれなりにあるけど、あたしより頭悪いお姉ちゃん!!」

「最後の言い方!!」

 沙知の言葉に思わず僕は突っ込みを入れてしまう。流石に怒ったかと思って沙々さんの方を見ると、彼女は気にしてないようだった。

「こいつから見れば他人はみんな馬鹿に見えてるからな、怒るだけ損だぞ」

 そう言って沙々さんは卵焼きを食べる。

「まあ、こんな感じでオレたち姉妹は性格がこうも違うんだ、分かっただろ」

「うん、そうみたいだね……」

 まあ性格があまりにも違うので驚きはしたけど、二人が仲良しだってことは十分に分かった。

「それで島田はなんでこんな愚妹と付き合ってるんだ?」

「ちょっとお姉ちゃん!!」

 沙々さんは不思議そうに首を傾げて僕の方を見るとそう聞いてきた。

 それに対して、僕は一瞬言葉を失ったがちゃんと答えようと思った。

「えっと……それは……」

 何て返そうか迷ってしまったけど、僕が答えるよりも先に沙知が答えた。

「そんなの決まってるよ、頼那くんがあたしに惚れているからだよ」

「ちょっと沙知!?」

 沙知の言葉を聞いて僕は突っ込みを入れた。確かに惚れているのは事実だが、恥ずかしいからやめてほしい。

「なに? それは本当か?」

「う……うん」

 沙々さんは僕に確認するようにそう言ってきたので、僕は返事をすると彼女は首を傾げた。

「何だか納得してないみたいだけど?」

「ああ、別に島田が沙知に惚れているのはいい、ただ逆はどうなんだ?」

「どうって……」

 沙々さんのその指摘に僕は口ごもってしまう。僕と沙知の関係は普通の恋人という形ではないからだ。

「えっ? あたしは惚れてないけど?」

 僕が口ごもっていると、またしても沙知が口を挟んできた。

 それを聞いて沙々さんは頭を抱える仕草をする。

「お前な……少しは空気読め……」

 いやまあ、気持ちは分からなくもないけど。でも彼女は本心で言ってるので仕方がないだろう。実際惚れているのは僕だけなのだから。

「えっ!? 事実なのに?」

 沙知は不思議そうに首を傾げる。

 そんな沙知の反応を見ていた沙々さんはため息をついた。そして僕の肩をポンと叩いてきた。

「なあ島田、今からでも遅くないから考え直さないか? コイツに好意を持つより良い相手はいくらでもいる」

 沙々さんがそう問いかけてくる。僕は彼女の言葉を黙って聞いていたが、答えはもう決まっていたので返事をした。

「ありがとう……けど、沙知と別れる気はないよ」

 僕がそう言うと彼女はもう一度深いため息をついた。そして僕の方を見るとじっと目を見つめてきた。

「そうか、島田が良いのなら、外野であるオレがとやかく言うつもりはない、ただ……」

「ただ?」

 沙々さんはそう言って言葉を切ると、少し躊躇う素振りを見せた後、口を開いた。

「いやなんでもない……まあ、沙知について、何かあったらいつでも相談してくれてもいいからな」

 そうだけ言って沙々さんは再びお弁当に箸を向ける。

「えっ? なにお姉ちゃん、あたしと頼那くんに何か心配ごとでもあるの?」

 沙知は訝しげにそう尋ねると、沙々さんは首を横に振った。

「お前の取り柄について話そうと思ってたけど、一切ないなって気づいたから言わなかっただけだ」

「ちょっとお姉ちゃん、また人を馬鹿にしたようなこと言ったよね!」

 沙知の抗議に対して、沙々さんは弁当を口に運んで誤魔化していた。そんな彼女のことを沙知は頬を膨らませて睨めつけていたのだった。
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