佐城沙知はまだ恋を知らない

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佐城沙知はまだ恋を知らない

十四話 『良い表情をするな』

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 その日の放課後、約束通り沙々さんと校門前で合流をすると、彼女は踵を返して歩き始める。その背中を僕は追いかける。

 しばらく話ながら歩き続けていると、僕たちは沙々さんの家がある住宅街へと入って行った。

「着いたぞ」

 そんな短い言葉が聞こえてきたので僕は顔を上げる。そこにあったのは普通の二階建ての一軒家。

「すまないが少し待っててくれないか? 部屋の片付けと着替えて来るからな」

「え、あ……うん……」

 突然の彼女の申し出に驚きつつも僕は頷く。すると彼女はすぐに家に入って行く。その後姿を見ながら僕は待つことに。

 ここに来るのも二度目だ。

 最初は沙知と恋人同士になったその日に来たんだ。それから来ることが無かったから、こうして来るのは久し振りだ。

 そんなことを考えながら待っていると、玄関の扉が開き中から沙々さんが出てきた。

「すまんな、待たして」

「いや全然……その格好……」

 そんな僕の反応に沙々さんは優しく笑みを浮かべると僕に歩み寄る。

「これがオレの家にいる時のオレの普段着なんだ」

 そんな彼女の服装は、赤のジャージを羽織ったラフな格好だった。ショートヘアーの髪も相まってボーイッシュな雰囲気だった。

「さあ、上がってくれ」

「うん……」

 そんな沙々さんの言葉に従い僕は家の中に入ることにしたのだ。玄関で靴を脱ぎ家に上がると、玄関近くの部屋が目に止まる。

 そこは沙知の部屋。今は扉が閉まっていて中の様子を見ることが出来ない。

「沙知の様子はどう?」

「朝よりは大分落ち着いたみたいだ」

 そんな会話を続けながら沙々さんは階段を登っていき、僕は彼女の後をついていく。二階へと上がると、すぐ近くの扉を沙々さんは開く。

「ここがオレの部屋だ」

 そんな言葉を呟くと沙々さんは中へと入っていく。僕も続けて中に入り室内を見渡す。

 室内はベッドと机、それから本棚など必要なものが置いてあるが、何よりも目を引くのは部屋に飾られた物だ。

 ロボットのプラモデルにヒーローもののロボットのおもちゃ、それに工具類などが並べられている。沙知の部屋とは大違いで、男の子らしい部屋だった。

 見ているだけでワクワクするようなそんな気分になる。

「これ……全部沙々さんの?」

 そんな僕の率直な疑問に沙々さんは笑いながら答える。

「ああ、女子らしくはないがな、オレのコレクションだ」

 そんな自傷気味の発言とは裏腹に、沙々さんはどこか楽しそうに語る。

 きっとこのコレクションにはとても思い入れがあるんだと思う。

 そうでなければそんな風に語るわけがない。

「まあ適当に座ってくれ」

 そんな沙々さんの言葉に従って僕はテーブルの前に腰を下ろすと、彼女は自分のベッドに腰を下ろす。

「では勉強を始めよう……と言ってもテストまでニ週間ちょっとだからそんなに長くは教えることが出来ないが」

「大丈夫、沙知に勝つためだからしっかりやるよ」

 そんな僕の言葉に沙々さんは楽しげに頷く。

「ふふ、その意気だ、さて、まずは……そうだな……島田がどれだけ勉強できるのか確認したい」

「分かった」

 それから僕と沙々さんによる勉強会はスタートした。最初は僕がどの程度出来るのかを確認するために、彼女はテスト範囲の問題を出してくる。

 その問題を解き終わると、沙々さんはすぐに別の問題を出してくる。そんな繰り返しで気付けば一時間が経っていた。

「なるほどな、とりあえず基本は押さえてるところか、これならしっかりやれば上位には行けるだろう」

「あ、ありがとう……」

 その言葉を聞いて僕は安心する。終わってるレベルなんて言われたらどうしようかと思っていた。そんな僕の気持ちを見透かしたのか彼女は少し厳しい表情を浮かべた。

「ただな、沙知に勝つとなると、今のままでは厳しいな」

「そっか……やっぱり沙知って勉強は出来るの?」

 そんな僕の問いに沙々さんは苦笑いを浮かべながら頭を軽くかいていた。その反応を見た僕は少しだけ不安になる。

「ああ、あいつは手を抜かなければ、平気で満点を取れるやつだからな……手を抜いても平均九十点後半近くは取ることが出来るやつだ」

「そうなんだ……」

 やっぱり沙知は凄いやつなのだと改めて感じてしまう。元から分かっていたことだけど、こうして聞くと本当に沙知に勝つのは厳しいことを思い知らされる。

「今回に関してはおそらく手を抜いてくるはずだ」

「えっ……どうして?」

 彼女の発言に僕は首を傾げる。そんな僕の反応に沙々さんは理由を話してくれた。

「あいつは負けず嫌いだからな、基本的に負けない限りは手を抜く、直近のテストでオレに勝っているから相当舐めているだろうな」

 腹立たしいことなと付け加えた後、沙々さんは冷静に分析を始める。

「しかしだからこそ今回は付け入る隙が十分ある」

 確かに沙知が本気を出して全教科満点を取られてしまったら、もう勝ちはあり得ない。だけど、沙々さんの言う通り手を抜いているなら勝算は限りなく低いがゼロではない。

「実際に勝つとしたら、どのくらいの点数を取れば勝てると思う?」

「そうだな……理想はオール満点がベストだが……最悪どの教科も落とせて一、二問が限界だな」

 今回の試験の教科は五科目だ。それで落とせるのが一、二問と考えると、平均九十七点が最低ラインと考えた方がいいかもしれない。

 改めて勝利条件を考えると、相当厳しいのが分かる。
 沙知もそれが分かっていて僕に勝負を仕掛けてきたのだろう。絶対に無理だと。

 でも、だからこそ、ここで沙知に勝つことができれば、彼女に僕の本気を信じてもらうことが出来る。

 そんな強い気持ちと共に静かに拳を握りしめた時だった。僕を見て沙々さんが小さく笑う。

「良い表情をするな、島田は」

「えっ?」

 沙々さんのそんな言葉に僕はドキッとする。正直自分がどんな顔をしているのかなんて分からない。

 ただそんな僕を見て沙々さんはクスクスと笑っていた。

「何かを成し遂げようとする強い意思を感じられる、オレはそういうのは好きだ」

 そんな沙々さんの言葉に僕は驚いてしまう。まさかそんなふうに褒められるなんて思いもしなかったからだ。

「ありがとう」

 そう言って少し照れながら笑みを浮かべる僕に沙々さんは優しく笑い返してくれる。

 その顔はとても沙知にそっくりだったので、僕は思わず目線を逸らした。そんな僕の視線に気づいたのか沙々さんは不思議そうな表情を浮かべる。

「どうかしたか?」

 そんな沙々さんの質問に僕は少し慌てながら答えた。

「い、いや……何でもないよ……」

 何とか笑って誤魔化したが、僕の心臓はドキドキと鳴っていた。今の一瞬だけだけど沙々さんと沙知が同一人物に思えたからだろう。

 そんな僕の心情を察したのか沙々さんは優しく微笑み掛けてくれる。

「そうか、オレは沙知とそっくりだからな、あいつのことを好きな島田にとって少しやりづらいのは分かる」

 そんな沙々さんの言葉に僕は思わず俯いてしまう。そんな僕の反応を見てか、彼女はまた小さく笑いをこぼすのだった。

「まあ、少しお茶に休憩しよう、やらなければならないことは多いが根をつめ過ぎては身が持たないからな」

 そういって立ち上がると、沙々さんは部屋から出ていこうとする。その際に僕の横を通りすぎると、彼女からいい匂いが漂ってきた。

 それは沙知と同じ女の子っぽい柔らかな柑橘系の匂いだった。

 その匂いに思わずドキッとしてしまった。

 沙々さんは僕のそんな反応に気付かずに部屋から出て行った。

 一人沙々さんの部屋に残された僕。静かな部屋に心臓の鼓動だけが聞こえる。

 その音が妙にうるさく感じて、僕は思わず頬を軽く抓る。

「何やってんだろ……」

 そんな言葉が自然に漏れてくる。バカらしいと自分でも思っているが、そうでもしないと落ち着かないのだ。

 彼女と同じ髪の色。

 彼女と同じ声。

 彼女と同じ瞳。

 彼女と同じ顔。

 彼女と同じ匂い。

 別人だと分かっていても、ふとした拍子で沙々さんを沙知と錯覚してしまうのだ。

 そう認識してしまうたびに僕の胸が高鳴るのだった。

 いけない……まただ。

 そんな鼓動に思わず顔を横に振りながら意識しないようにする。

 相手は沙々さんだ……今日、僕の話を聞いてくれて力になってくれた恩人。決して沙知ではない。

 僕は自分にそう言い聞かせながら気持ちを落ち着かせるため、周囲を見てみる。

 このまま考え事をしていると、思考が堂々巡りしそうな気がしたから。

 あんまり人の部屋をじろじろと、しかも女の子の部屋をジロジロと見て回るのは失礼だよなと思いつつも、視線をさ迷わせてしまう。

 ただ沙々さんの部屋はあまりにも女の子っぽくない。部屋の主である沙々さんは、とてもボーイッシュで喋り方も男みたいな時があるから、余計にそう思うのかもしれない。

 それも相まってか、本当に女の子の部屋なのかと疑いたくなるほど男っぽい部屋だ。

 ロボットのプラモデルに、ヒーローモノのおもちゃに、工具。男が好きそうなものが並べられている。何だったら家具とか小物に関しては赤色が多い。

 赤色が好きなんだなと思いながら、沙知の部屋を思い出す。

 そういえば沙知は黄色系が好きだったな。本が多いし、結構可愛い小物も多い部屋だった。

 そう思うと、そんな些細な所で彼女と沙々さんは違うんだなと思うのだった。

「何か面白いモノでもあったか?」

 そんな沙々さんの声が聞こえてきて、僕は現実に引き戻される。いつの間にか、お茶をお盆に載せた沙々さんが戻ってきていたのだった。

「どうかしたか?」

 不思議そうな顔で沙々さんは僕を見るので、僕も思わず狼狽してしまう。こんな不躾に見ていればそれは不思議にも思うよな。

「え~と……その……」

 慌てていたせいで上手い言葉が出てこず思わずしどろもどろになってしまう。とりあえず何か話題がないかと視線をさ迷わせると、僕の目に入ってきたのはとても見覚えのあるゴーグルだ。

「あれは……?」

 まるでスパイ映画に出てきそうな大きなゴーグル。そう、沙知が作った例の透けるゴーグルだった。

「ああ、あれが気になるのか……そうか……気になるか……」

 すると何故か沙々さんが少しだけ含みを持たせた言い回しで呟いた。そんな沙々さんに僕は小首を傾げる。

 そんな僕の反応を見てか、彼女はニヤリと笑みを浮かべると、持ってきたお盆を机の上に置き、おもむろにそのゴーグルを手に取ったのだった。

「フフフ、これが気になるのか島田?」

 沙々さんは手にしたゴーグルを僕に見せつけるように構える。あっ、この流れとても見覚えのある。

「まあ気になるかな……」

 そんな僕の反応に沙々さんは嬉しそうに笑みを浮かべると、だろだろと言いたげに頷いて見せる。

「これが気になるか~どうするか~教えてもいいが……」

 そんなわざとらしい反応にとてもデジャブを感じる。というか反応が全く沙知と一緒だ。

 もうこうなれば次に言う言葉も予想できる。

「そうだ、せっかくだ、着けてみるといい!!」

 うん、思った通りだ。この姉妹根っこは同じだ。

 こんなことで気付かさせる僕だった。
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