佐城沙知はまだ恋を知らない

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佐城沙知は夏を満喫したい

四十二話『一緒にお昼食べに行かない?』

「頼那くん!! 頼那くん!!」

「う……うん? どうしたの?」

 夏休みを目前にした七月のある日。

 授業が終わると同時に、沙知がスタタと僕のところにやってくると、テンション高めで話しかけてきた。

「今日このあと時間ある?」

「えっ? まあ、特に用はないけど」

 今日は学校も午前で終わりだから、沙知を家まで送って、自宅に帰る以外に特に用事はない。

「ならさ、あたしと一緒にお昼食べに行かない?」

「えっ? お昼を?」

 まさか沙知がそんな提案をしてくるとは思わなくて、思わず僕は聞き返してしまう。

 沙知がお昼に誘うなんて珍しい。なにかあったのだろうか? そんな僕の疑問をよそに彼女はあっけらかんとした様子でこう答える。

「うん、実はさ、今日お姉ちゃん用事があって、あたしのお昼を用意できないみたいなの」

「ああ……なるほど」

 僕は沙知のその理由に納得がいった。要はお昼の用意がないから僕にどこか食べるとこに連れていくか、何か用意して欲しいということらしい。

 至極単純な話。別に僕と一緒にお昼を食べたいからというわけではない。

 分かっていたことだけど、実際ちょっとへこむ。

「ねえ、いいでしょ?」

 沙知は僕を見つめながらいつものように屈託のない笑みを浮かべてくる。

 ホント、可愛い顔だし、この笑顔で頼み事をされたら断れる人なんていないと思う。

「うん、分かったよ」

 まあ、断る気はさらさらないが。

 僕は二つ返事で沙知のお願いに了承すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう!! じゃあ、行こ!! 早く行こ!!」

「ちょ……沙知、そんな急がなくても……」

 僕から了承をもらった途端、すぐさま彼女は自分の席に戻ると、素早く自分の鞄に荷物を纏める。そしてすぐに教室の外へと出て行ってしまった。

 相変わらずマイペースというか、なんというか。でも、そんな彼女を僕は嫌いになれない。

 むしろそういうところも含めて沙知は沙知なのだと思うし、彼女の魅力なのは事実だ。

 僕は荷物を纏め足早に彼女の後を追いかける。

 そんな急がなくても彼女の歩幅は僕より小さいから、すぐに追いつくことができた。

「それでどこ行くの?」

 僕は小走りで沙知に追いつき、そう尋ねた。

「う~ん、何がいいかな? 正直、あたし的にはそんなに栄養さえ摂取できれば、なんでも良いんだよね」

「摂取って……」

 沙知って基本食事はサプリや栄養ドリンクでいいとか考えている人種だからなあ。

 別に食事が嫌いとかじゃなくて効率重視の思考の持ち主。実験のための回り道とかよくするが、それ以外は結構、効率を大事にする。

「なので、今日のお昼は頼那くんにお任せしま~す、というわけで、なんか適当にお店決めて」

「えっ? 僕が決めるの?」

「うん、あたし、よく分かんないから」

 そう言うと沙知は僕に顔を向けてくる。真っ直ぐな視線が僕の視線とぶつかる。

 そんな見つめられるとちょっと恥ずかしいんだけど……。

「わ、分かったよ……」

 僕は思わずそう返事するしかなかった。

 しかし、困ったなあ……。正直、僕はあまり外食とかしないし、沙知が喜びそうなお店は全然思い付かない。

 ましてや僕たちは一応恋人同士。そんな人との外食ならなおさら。

 う~ん、どうするかな……。世間一般の恋人たちは一体、どんなお店でお昼食べてるんだろう? こういう場合は沙知に何を食べたいか聞いてみるのが良いかな。

「ねえ、沙知は何か食べたい物とかある?」

「えっ? あたしは頼那くんが決めてくれたところならどこでもいいよ」

「そ、そう……じゃあ……食べれないものはある?」

 何でもいいとは言うけど、嫌いな食べ物とかアレルギーとかで、食べれないものはあるかもしれないから、それは確認。

「あっ、そうだね、辛いものは苦手だからそれ以外だったら、大丈夫だよ」

「了解……」

 辛いものは苦手と。ならカレーとかはやめておいた方が良いかな。

 けど、それ以外は特に食べれないものはないと……う~ん、何か色々と考えるのは面倒になってきた。

「じゃあ、学校の近くのファミレスにしない?」

 ごちゃごちゃと考えてただ時間を使うのもあれだし、僕は学校の近くにあるファミレスに沙知を誘うことにした。

「うん、いいよ」

 沙知は僕の提案に笑顔で二つ返事すると、ちょこちょこと歩いて僕の隣に立つ。

「それじゃあ、行こっか」

 そんな沙知の笑顔に僕は思わずドキッとしてしまう。やっぱり可愛いなあ。すると、沙知は何かを思い出したかのように口を開いた。

「あっ……そういえば、これもデートになるのかな?」

「えっ?」

 沙知の言葉に僕は思わずそう反応すると、彼女は顎に手を置きながら首を傾げている。

「ほら、恋人同士でどこか行くんだからこれもデートになるんじゃないかな?」

「確かにこれもデートに含まれるかな?」

 言われてみれば、これも立派なデートだ。そう意識すると、なんだか緊張してきた。

「ふ~ん……デートかあ、ねえ……頼那くん」

「うん? なに?」

 沙知に呼ばれ僕は首を傾げる。すると彼女は嬉しそうにニッコリ笑って僕の手を取った。

 そしてそのまま手を繋いでくる。彼女の手はとても柔らかくて、温かな感触だ。

「良かったね、頼那くん、あたしとデートできて」

 僕の手を沙知がぎゅっと握ってくる。

「う、うん……」

 そんな彼女にドキドキしながらも僕は頷き返す。

 きっと沙知からすればただ事実を言っただけの何気ない一言かもしれない。

 こうして手を握るのだって、恋人同士ならそういうものだと理解しているだけ。

 けど、そんな何気ない一言と行動に僕は胸が高鳴るのを感じてしまう。

 沙知と一緒にいられることが嬉しくてたまらない。

 ああ……もう駄目だ……幸せ過ぎる……。

 そんな彼女の手を握りながらただ無邪気に微笑む顔を見て、僕は思わずそう思ってしまう。

「それじゃあ、行こうよ」

 沙知は嬉しそうに繋いだ手を振って歩き出す。

 そんな子供っぽい仕草に僕は微笑ましくなってしまう。そんな彼女が愛しいと感じてしまう。

 ああ……やっぱり好きだなあ……彼女のことが……。

 僕と沙知は手を繋ぎながらゆっくりと歩くのだった。

※※※

 昼食を取るために僕と沙知がやってきたのは、学校の近くにあるファミレス。

 普段は来ないのでちょっと新鮮だ。

 店内を見渡すと、意外とお昼時ということもあるのか混んでいた。

「いらっしゃいませ~二人様ですか?」

 店員の女の人がにこやかに話しかけてきて、僕たち二人を席に案内してくれた。

 僕たちは店員さんに案内されたテーブル席で向かい合って座る。

「ご注文が決まりましたらそちらのボタンを押してください」

 そう言って店員さんはメニューを手渡したあと、一礼するとそのまま去って行った。

「さてと、なに食べよっかな~」

 沙知は楽しげにそう言いながらメニュー表をペラペラとめくり始める。そんな彼女の様子を見ながら僕もメニュー表を開いた。

「う~ん、どれもこれも美味しそうだね」

 そんな沙知の声が聞こえてくる。確かにメニューは豊富で目移りしてしまう。

 定番のハンバーグやステーキにパスタ、それにカレーなど、どれもこれも美味しそうで迷ってしまう。

「ねえ、頼那くんはもう決まった?」

「うん? ああ……そうだね……」

 沙知にそう問いかけられて僕はもう一度メニュー表に目を通していくと、とあるメニューが目に入り、そこで僕の視線が止まる。

「このオムライスにしようかな……」

 デミグラスソースのかかったオムライス。シンプルだけど、とても美味しそうに見えるし、なによりも量が多いのが嬉しい。

「そっか~じゃあ、あたしは唐揚げセットにしようかな」

 そう言うと沙知はボタンを押して店員さんを呼ぶと注文を告げた。

 そしてそれから数分後、注文した料理がテーブルに運ばれてきたので僕たちは食べ始めることにした。

「う~ん、美味しいね」

 沙知は唐揚げを食べながら満足そうに言う。そんな彼女の表情に僕も思わず笑みが溢れてしまう。

 やっぱり、こうして彼女とご飯を食べるのは楽しいし、嬉しい。

「うん……美味しい……」

 僕はそう言いながらスプーンでオムライスを口に運ぶ。卵がふわふわでとても美味しい。

 ついつい食べるのに夢中になって、スプーンがどんどん進む。

「頼那くん、それ、美味しいの?」

 すると、そんな僕の様子を見ていた沙知が気になったのかそう問いかけてきた。

「うん、美味しいよ」

 沙知の問いかけに僕は素直に頷いてみせると、彼女はニコニコと笑顔を浮かべて言った。

「そうなんだ、ならあたしの唐揚げ一つあげるから、オムライス一口ちょ~だい?」

「えっ? ああ……うん、いいよ」

 沙知のそんな提案に僕は一瞬戸惑ったが、特に断る理由もないので素直に彼女の提案を受け入れることにした。

「やった~ありがと!!」

 沙知は嬉しそうにそう言うと、自分の唐揚げを箸で掴んで僕の目の前に差し出した。

「はい、食べていいよ」

「えっ?」

 平然とした様子で唐揚げを差し出す沙知に、僕は思わず固まってしまった。

 これって……いわゆる『あ~ん』というやつでは? 

 そんな僕の戸惑いなどお構いなしに彼女はニコニコと笑っている。

「どうしたの?」

「いや……どうしたもなにも……」

 これって間接キスになるんじゃ……。口には出さなかったけど、思わずそう思ってしまう。

 そんな僕の様子を見て沙知は首を傾げると口を開いた。

「どうしたの? 頼那くん、食べないの?」

 どうやら彼女は僕と間接キスをすることに躊躇いはないらしい。というか全く意識していない。

「う、うん……じゃあ……」

 僕は恐る恐る口を開けると、沙知の差し出した唐揚げを食べることにした。

「どう?」

「うん、美味しいよ」

 正直なところ間接キスのことが気になってしまい、味なんてよく分からなかった。

「だよね、それじゃあ……頼那くんのオムライス一口ちょうだい」

「う、うん……」

 僕は頷き返すと、オムライスをスプーンですくう。すると、沙知は口を開いて待機している。

 明らかに僕に食べさせてもらう気満々だ。つまり僕に『あ~ん』をやれと、そういうことらしい。

「はい……沙知」

 僕は覚悟を決めてオムライスをスプーンですくうと、そのまま沙知の口元に運んだ。

 内心ドキドキ止まらない。それどころか何かめちゃくちゃ恥ずかしいな、これ……。

「あ~ん」

 沙知は躊躇なく僕の差し出したスプーンを口に含むと嬉しそうに笑みを浮かべた。

「うん、美味しい~!!」

 そんな沙知の幸せそうな笑顔に、僕は思わずドキッとしてしまう。

 ああ……もう本当に可愛いな、この子は……。

 どこまで子どもみたいに純粋に笑うんだろう。そんな彼女が愛しいと思ってしまう。

「それにしても頼那くん、さっきからずっと顔真っ赤だけど、どうかした?」

「えっ……いや、その……」

 沙知にそう指摘されて僕は思わずドキっとして思わず顔を俯かせてしまった。

「ずっと顔赤いけど~どうかしたのかな~」

 僕の顔を覗き込むようにしながら笑顔で沙知がそう問いかけてくる。

 彼女の笑顔はさっきまでの純粋な笑顔じゃなくて、明らかに僕の反応を面白がっているような笑顔だった。

「もしかして……沙知……分かってて僕にあ~んさせたの?」

「うん、だって恋人同士ってこういうことするんでしょ? だから試して見たくてさ」

 なるほど、沙知は何かしらで恋人同士の『あ~ん』という行為について知ったらしい。

 それでそれを僕に試してみたと……。

「それでどうだった? やってみた感想は?」

「まあ……恥ずかしい気持ちがほとんど、ドキドキしたのが少しって感じかな」

「なるほどね~、そっかそっか」

 沙知はなんだか興味ありげに頷いていると、唐揚げを一つまみして、パクリと頬張る。

「あたしは全然そんなことなかったからなあ」

「だろうね」

「むぅ~、なにそれ? それってどういう意味?」

 僕の言葉に沙知はムッとして唇を尖らせると不満そうに頬を膨らませていた。

「いや……だって、沙知ってそういうことには疎いから……」

「まあ、そうだけどさ……でもさ」

「うん?」

 すると沙知は僕の顔を真っ直ぐ見つめながらニッコリと微笑んだ。

「こうして頼那くんと一緒にご飯食べるのは楽しいって思えたよ」

「そ、そう……それはよかった」

 沙知の言葉に僕は思わず照れてしまう。正直失礼だけど、だってあの沙知がそんなこと言うなんて微塵も思わなかったから。

「うん、だからまた今度一緒にご飯食べに行こうよ」

「う、うん……」

 彼女の言葉に頷きながらも僕は内心ドキドキしていた。

 彼女にまたご飯食べに行きたいって言われると嬉しくてたまらない。

 それにもしかして沙知の気持ちが僕に向き始めている? 一瞬そんな思いが頭をよぎったけど、その考えはすぐに否定することにした。

 僕の思い過ごしかもしれないし、ただ単に僕との食事が楽しいってだけで深い意味はないかもしれない。

 そんな一喜一憂する自分がちょっと嫌になるけど、でも沙知とこうして一緒にいられることが幸せでたまらない。

「ほら、頼那くん、早く食べないと冷めちゃうよ」

「うん、そうだね……いただきます」

 そんな沙知の言葉に促されるように僕は再びオムライスを頬張る。そんな僕を見守るように笑顔で見つめる沙知の視線にドキドキしながら美味しいと思った。

 ああ……本当に幸せな時間だ。彼女とこうして一緒にいられる、それだけで幸せを感じてしまう。

 ああ……やっぱり僕は沙知が好きなんだな。

 彼女もいつか僕のことをそんな風に思ってくれる日が来るのだろうか。
 そんな思いを抱きながら僕は沙知との食事を堪能したのだった。
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