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天才ピアニスト編

文学少女と天才ピアニスト その二

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 翌朝、いつもの通学路を歩いていると天道さんの姿を見つけた。

 ぼくは天道さんの背中から近づくと、彼に声を掛ける。

「やあ、おはよう天道さん、今日も素晴らしい日だね」

 ぼくが挨拶をすると彼は振り向いた。

「ああ、本郷か……おはよう」

 天道さんはこちらを一瞥してから挨拶をすると、そのまま再び歩き出した。

 ぼくは天道さんの隣に並んで歩くと、彼は横目でぼくを見る。

「朝からテンションが高いな」

「そうかい? ぼくとしては平常運転のつもりだが?」

「いつもの数段喋り方が演技くさいぞ」

「そんなことないさ、ぼくはいつも自然体でいるよ」

 天道さんは疑わしそうにぼくを見ているが、特に気にすることなく話を続けた。

「しかし天道さんがこんな時間に登校しているとは思わなかったよ」

 普段ぼくより早めの時間に登校してくるはずの彼が珍しくこの時間に登校していた。

「ああ、ちょっと寝坊しただけだ」

「ハハハ、寝坊か、夜更かしでもしてたのかい」

「まあな……それよりも良いのか本郷?」

「ん? 何がだい?」

 天道さんは不思議そうに首を傾げるぼくを見てため息を吐きながら言った。

「いや、三大美人のお前が俺何かと歩いていたら、周りから色々言われるんじゃないのか?」

「ああ、そういうことか……うん、ぼくは全然構わないよ」

 天道さんの言葉にぼくは納得した。どうやら彼はぼくが周りから何か言われることを気にしているらしい。

「むしろぼくと歩けることが光栄に思ってほしいくらいさ」

「変わったな、お前は」

 天道さんは苦笑しながら呟いた。ぼくはその呟きに首を傾げる。

「ん? 何がだい?」

「いや、何でもない……お前と一緒に歩くなんて光栄も何もないなって」

「それはそうだろう、ぼくらは幼馴染みなのだからね」

 そう、ぼくたちは幼馴染みなのだ。家も近所にあるため、幼少期の頃からの付き合いもあり昔はよく一緒にいたものだ。

 まあ、最もぼくは幼少期の頃からの本の虫だったから一緒に遊ぶよりは天道さんに構ってもらっていたっていうのが正しいが。

 そのため天道さんはぼくと話すときは少々口調が砕ける時がある。

「幼馴染みね……正直、お前と幼馴染みとは周りには言いたくないな」

「どうしてだい?」

「考えてもみろ、お前みたいな面の良い女子と幼馴染みなんて知られたら、周りの男どもからどんな目で見られるか……」

 そう言って天道さんはため息を吐いている。そんな天道さんを見てぼくは思わず笑みを浮かべた。

「ハハハ、だから昨日ぼくを新聞部のみんなに紹介したときは中学の後輩だと、控えめに話したのかい?」

「ああ、その通りだ」

 昨日、天道さんがぼくを新聞部のみんなに紹介したときに、彼はぼくとの関係を中学時代の後輩と紹介していた。

 それに普段同級生の女子や後輩たちと接する際の口調に近かったのは、おそらく意図的にそうしたのだろう。

「まっ、そんなことは置いておいて、昨日は結局月城沙音に会えたのか?」

「ん? ああ、会えたよ」

 天道さんは興味津々といった様子でぼくに尋ねてきた。

 まあ、昨日ぼくが沙音について聞いてきたくらいだから気になるのも仕方ないだろう。

「どうだった?」

「そうだね……一言で言うならギャルだったよ」

「俺の言った通りだったろ」

 ぼくの答えに天道さんは得意げな顔を浮かべる。

 昨日ぼくが天道さんから話を疑いの目をしながら聞いていたのを根に持っていたのだろう。

「ああ、ぼくとは住む世界違う人種ではあったが、彼女と過ごしてた時間はとても有意義な時間だったさ」

 昨日の沙音との時間を思い出すとぼくは自然とテンションが昂っていくのが分かる。

「それにぼくの小説をとても好きだとも言ってくれたからね」

「だからか、朝からテンションがやたらと高かったのは」

「ああ、そうだ、昨日の情報提供のお礼を渡さないとね」

 ぼくは制服のポケットからUSBメモリを取り出し、天道さんに向かって差し出した。


「もう出来たのか、相変わらず書き上げるの速いな」

「まあね、彼女の演奏を聞いたから筆が乗ったんだよ」

「そうか、こちらとしては助かるが」

 そう言いながら天道さんはUSBメモリを受け取った。

「もし、新聞のネタが何も無ければ、全面をぼくの小説で埋めても問題ないさ」

「流石にネタに困ってもそれはやらないぞ」

「そうか、それは残念だね」

「まあ、ネタに困ったら新聞の一面にお前をインタビューした記事を載せてやるよ」

 わざとらしく残念がってみせたぼくを、天道さんは冗談交じりに笑って返してきた。

「それは少し恥ずかしいな……」

「意外だな、今のお前ならノリノリで受けそうだと俺は思っていたんだが?」

 天道さんはそんなことを言うが、彼はぼくを何だと思っているんだ。

「ぼくだって、恥じらいくらいは持ち合わせているさ」

 それにあまり自分のことを話すのは苦手だからね。

「ナルシストのお前が? 冗談だろ?」

「ぼくがナルシストなのはそれは認めるが、そういうことは苦手なんだ」

「フッ、そういうところは変わらないんだな」

 天道さんは発言を聞いて鼻で笑うが、ぼくだって苦手なものは苦手なのだ。

「いま鼻で笑ったね、ぼくだって傷つくんだよ」

「すまんすまん、そういうところは成長してないんだなと思ってな」

「ぼくをからかっているのかい?」

 まったく……人が気にしているところを指摘するとは酷い男だ。そっちがそういうことをするのならこっちだって考えがある。

「酷いよ……竜也くん」

「なっ!?」

 ぼくは泣きそうな顔で上目遣いをしながら天道さんを見る。すると、彼は顔を真っ赤にさせて、ぼくから目を逸らした。どうやら完全に不意打ちだったらしい。

「おまっ! それ卑怯だぞ!」

 天道さんはぼくからそっぽを向きながら頭を掻いている。ぼくとしてはこういう反応が見たくて昔の呼び方を使ったのだから大満足だ。

「ハハハ、まあ天道さんもぼくを昔の呼び名で呼べばいいんじゃないか?」

「いや、流石にそれはな……」

 どうやら天道さんは意地でもぼくを昔の呼び方では呼ばないつもりらしい。その反応がとても楽しい。

「昔はぼくのことを名前で呼んでいたじゃないか?」

「それはそうだけど、今は流石に無理だ」

「そうか、それは残念だな」

 そう言ってぼくは歩き出した。後ろから天道さんが付いてくるのを感じながら。

 ぼくの幼馴染みは相変わらず面白い反応を返してくれる。

 そんな風に会話をしていると、いつの間にか学校に到着していた。

「じゃ、またな」

 天道さんはそう言って先に教室へと向かった。ぼくはそれを見送ってから自分の教室へと向かうのであった。
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