17 / 17
天才ピアニスト編
文学少女と天才ピアニスト その十五
しおりを挟む
15
「ちょっと待ってください……お義父さま……」
ぼくを庇うように、沙音が男の腕を掴んでいる。その顔はいつもと違って真剣そのものだ。
こんな表情の沙音を見たのは初めて……。
「沙音……」
ぼくは呆然としながら呟くと、男は驚いたような表情を浮かべた。
「沙音だと……?」
「はい、私が沙音です……お義父さま」
「何を言っている……お前が沙音ならこいつは誰だ?」
ぼくと沙音の顔を交互に見ながら男は沙音に問いかける。まるで意味が分からないといった様子だ。
「彼女は、本郷沙葉という私にそっくりな友だちで、別人です」
「なっ……!?」
沙音が言うと男は絶句する。そしてぼくを見つめると、信じられないといった表情を浮かべた。
「ま、まさか……そんな……いや、あの女なら……他にも……ありえなくは……」
男はぶつぶつと独り言を呟きながら考え込んでいる。
「お義父さま、沙葉の手を放してください」
沙音が毅然とした態度で言い放つと、男はハッとして手を離した。
ようやく解放されたぼくだったが、男に強く握られたせいで腕が痛い。それに握られた部分は少し赤くなっていた。
「サヨサヨ……ごめんね……あーしのせいで……」
沙音が申し訳なさそうに謝りながらぼくの赤くなった腕を触れると、優しく撫でてくれる。
「それに恐かったよね……もう大丈夫だから」
「そ、そんなことは……」
「ウソ……サヨサヨ、顔いまにも泣き出しそうじゃん」
優しく触れていた沙音の手が今度はぼくの頰に触れる。そして沙音はそのままぼくを抱きしめた。
その瞬間、ぼくはようやく自分が泣き出しそうになっていることに気づく。
「うっ……うっ……」
ぼくは堪えきれず嗚咽を漏らし始めた。
恐かった……。急に知らない男に腕を掴まれて、どこかへ連れて行かれそうになったことが……。
抵抗したら殴られるかもしれない……。
そう考えると恐怖で頭がいっぱいになり、何も考えられなかった。だから沙音が助けに来てくれて本当に良かったと思う。
「よしよし……」
沙音はぼくを抱きしめたまま優しく背中をさすってくれた。そのおかげで少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。
やがて涙が止まると、沙音は静かに体を離すとぼくの目を見て言った。
「もう大丈夫だからね」
それだけ伝えると、沙音は男の方へと歩いて行く。そして男の前に立つと静かに口を開いた。
「お義父さま、勝手に家を抜け出したことは謝ります」
沙音は男に頭を下げる。それを見て男はフンッと鼻を鳴らすと、見下したような視線を沙音に向けた。
「ですが、私の友人に乱暴を働いたことには謝罪をしていただきます」
男の態度にも動じず、沙音は淡々と告げる。沙音の毅然とした態度に男は一瞬言葉に詰まった様子だったが、すぐに反論してきた。
「ふっ、何を言うかと思えば……元々お前が家を抜け出さなければこんなことにはならなかったんだぞ!!」
「はい……その件に関しては本当に反省しております」
沙音は反省の言葉を口にすると、もう一度深く頭を下げた。
「なら、家に戻るんだな!! お前ごときに私の貴重な時間を使わせおって!!」
男は怒り心頭といった様子で沙音を怒鳴り散らす。しかしそれでも、彼女は動じることなく頭を下げたままだった。
そんな様子に男も徐々に勢いを失っていった。そしてしばらく沈黙が続いた後、男が口を開く。
「ふん、まあいい……早く戻るぞ……」
そう言って男はスタスタと歩くと、ぼくの目の前までやってきた。
「勘違いして悪かったな」
ただそれだけ言うと、男は踵を返して駅の出口へと歩き出していく。その後ろに沙音も続いた。
「ちょ……沙音……」
思わず呼び止めると、沙音は一瞬だけ振り返るとぼくにこう告げた。
「ごめんね……サヨサヨ……じゃあね……」
まるで一生の別れみたいな言い方で沙音は去って行く。
一瞬だけ見えた彼女の表情はどこか寂しげで、辛そうな表情。
「待って、沙音……」
ぼくは思わず追いかけようとしたけど、脚は動かず、その場に立ち尽くしたまま呆然とするしかなかった。
それからどれくらい時間が経っただろう? 気がつくと辺りはすっかり暗くなっていた。
「……帰らなきゃ」
いつまでもここで突っ立っていても仕方がないと思い、ぼくは家路につくことにしたのだった。
「ちょっと待ってください……お義父さま……」
ぼくを庇うように、沙音が男の腕を掴んでいる。その顔はいつもと違って真剣そのものだ。
こんな表情の沙音を見たのは初めて……。
「沙音……」
ぼくは呆然としながら呟くと、男は驚いたような表情を浮かべた。
「沙音だと……?」
「はい、私が沙音です……お義父さま」
「何を言っている……お前が沙音ならこいつは誰だ?」
ぼくと沙音の顔を交互に見ながら男は沙音に問いかける。まるで意味が分からないといった様子だ。
「彼女は、本郷沙葉という私にそっくりな友だちで、別人です」
「なっ……!?」
沙音が言うと男は絶句する。そしてぼくを見つめると、信じられないといった表情を浮かべた。
「ま、まさか……そんな……いや、あの女なら……他にも……ありえなくは……」
男はぶつぶつと独り言を呟きながら考え込んでいる。
「お義父さま、沙葉の手を放してください」
沙音が毅然とした態度で言い放つと、男はハッとして手を離した。
ようやく解放されたぼくだったが、男に強く握られたせいで腕が痛い。それに握られた部分は少し赤くなっていた。
「サヨサヨ……ごめんね……あーしのせいで……」
沙音が申し訳なさそうに謝りながらぼくの赤くなった腕を触れると、優しく撫でてくれる。
「それに恐かったよね……もう大丈夫だから」
「そ、そんなことは……」
「ウソ……サヨサヨ、顔いまにも泣き出しそうじゃん」
優しく触れていた沙音の手が今度はぼくの頰に触れる。そして沙音はそのままぼくを抱きしめた。
その瞬間、ぼくはようやく自分が泣き出しそうになっていることに気づく。
「うっ……うっ……」
ぼくは堪えきれず嗚咽を漏らし始めた。
恐かった……。急に知らない男に腕を掴まれて、どこかへ連れて行かれそうになったことが……。
抵抗したら殴られるかもしれない……。
そう考えると恐怖で頭がいっぱいになり、何も考えられなかった。だから沙音が助けに来てくれて本当に良かったと思う。
「よしよし……」
沙音はぼくを抱きしめたまま優しく背中をさすってくれた。そのおかげで少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。
やがて涙が止まると、沙音は静かに体を離すとぼくの目を見て言った。
「もう大丈夫だからね」
それだけ伝えると、沙音は男の方へと歩いて行く。そして男の前に立つと静かに口を開いた。
「お義父さま、勝手に家を抜け出したことは謝ります」
沙音は男に頭を下げる。それを見て男はフンッと鼻を鳴らすと、見下したような視線を沙音に向けた。
「ですが、私の友人に乱暴を働いたことには謝罪をしていただきます」
男の態度にも動じず、沙音は淡々と告げる。沙音の毅然とした態度に男は一瞬言葉に詰まった様子だったが、すぐに反論してきた。
「ふっ、何を言うかと思えば……元々お前が家を抜け出さなければこんなことにはならなかったんだぞ!!」
「はい……その件に関しては本当に反省しております」
沙音は反省の言葉を口にすると、もう一度深く頭を下げた。
「なら、家に戻るんだな!! お前ごときに私の貴重な時間を使わせおって!!」
男は怒り心頭といった様子で沙音を怒鳴り散らす。しかしそれでも、彼女は動じることなく頭を下げたままだった。
そんな様子に男も徐々に勢いを失っていった。そしてしばらく沈黙が続いた後、男が口を開く。
「ふん、まあいい……早く戻るぞ……」
そう言って男はスタスタと歩くと、ぼくの目の前までやってきた。
「勘違いして悪かったな」
ただそれだけ言うと、男は踵を返して駅の出口へと歩き出していく。その後ろに沙音も続いた。
「ちょ……沙音……」
思わず呼び止めると、沙音は一瞬だけ振り返るとぼくにこう告げた。
「ごめんね……サヨサヨ……じゃあね……」
まるで一生の別れみたいな言い方で沙音は去って行く。
一瞬だけ見えた彼女の表情はどこか寂しげで、辛そうな表情。
「待って、沙音……」
ぼくは思わず追いかけようとしたけど、脚は動かず、その場に立ち尽くしたまま呆然とするしかなかった。
それからどれくらい時間が経っただろう? 気がつくと辺りはすっかり暗くなっていた。
「……帰らなきゃ」
いつまでもここで突っ立っていても仕方がないと思い、ぼくは家路につくことにしたのだった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる