不遇水魔法使いの禁忌術式

キミドリ

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不遇な水魔法使い

4話 都市からの使者

 傷の手当てを終え、俺とサーシャは洞窟を後にした。

 砂漠の風が二人の足跡を優しく消していく。

「ところでカイは何で砂漠にいたのですか? あ、記憶喪失でしたね。何か心当たりは……」

「残念だが、ここの一般常識を含めて何から何まで思い出せない。自分の名前くらいしか」

 砂を踏みしめながら、サーシャは何かを決意したように立ち止まった。

「そうですか、それは大変ですね……。それで、ですね……あの……」

 珍しく言葉を詰まらせる彼女。頬を薄く染めながら、視線を泳がせている。

「もしよかったら、私の研究助手として一緒に来てくれませんか?」

「え? 研究助手って言っても、魔法のことなんてさっき教えてもらったばかりだぞ? 俺に務まるのか?」

「ええ、貴方には相当な才能があります。私ほどではないですが」

 サーシャは両手を胸の前で組み、熱心に語り始める。

「水爆弾の魔法を一発で詠唱できて、あの威力を出せるのは、魔法学校出の人でもそうはいません!」

 彼女の瞳が輝きを増す。

「私も新天地で新たな研究をするのに人手が欲しかったので丁度いいんです。こんな絶世の美の水魔法使いサーシャと共に過ごせるなんて、身に余る栄誉だと思いますよ!(ドヤさ)」

 おなじみのドヤ顔だ。思わず笑みがこぼれる。

「そりゃ俺もこんなかわいい子と過ごせたらうれしい……」

「えっ?」

「あっ」

 しまった。普段は胸中でのみ秘めていた慎ましやかな気持ちを、つい口にしてしまった。

「い、いやどうせ行くところもないし頼むよ――」

「ま、まあ こんなかわいい子と過ごせるなんて、カイは果報者ですねえ! カ、カイもかっこいい方だとは思いますよ……」

「え?」

「あっ!」

「「…………」」

 互いの失言に、しばらく沈黙が続く。
 暑い。この暑さは砂漠のせいだろう……サーシャも頬を赤く染めている。

 その後の砂漠行は、サーシャの魔法のおかげで快適だった。食料も分けてもらいながら、二人で黙々と歩を進める。

 4日目にしてようやく、砂漠以外の景色が見えてきた。
 オアシスだ。小さな池やサボテンなど、日本では見かけない植生が広がっている。延々と続いた砂漠の景色に頭がおかしくなりそうだったが、この緑の風景に心が落ち着く。

 ただ、先日のやりとりで心がドキドキするのは収まらない。彼女もそうなのか、時折こちらをチラチラ見ては目をそらす。

「かわいい」

「え?」

「え、いや、そろそろその都市とやらに着くのかなって。人が住める環境になってきたし」

 また心の声が漏れた。締めねば。

「あ、なんだ……。実は都市は外からじゃ見えないように魔法がかかっているんですよ」

「じゃあどうやって見つけるんだ?」

「中から都市への道を開けてもらい、中に入ります。道を開けてもらうには都市からの紹介人がいないといけません」

「紹介人? 待ち合わせでもしているのか?」

「いえ、オアシスに入った時点で都市の探知魔法圏内に入ります。しばらくすれば都市側からの使者が来ますよ」

使者は君のすぐ後ろにいるよ」

「うああああ!」

 気配もなく背後から現れた声に、俺は腰を抜かしてしまった。

 声の主を探すと、そこには小さな少女が立っていた。サーシャよりもはるかに小柄な少女は、不敵な笑顔を浮かべながら、情けなく尻餅をついている俺を見下ろしている。

 線細やかに輝くブロンドの髪を片方で結び、なびかせている。一見するとあどけない子供にも見えるが、眼鏡の奥の大きく鋭い眼光は見る者を委縮させるだけの威圧感を放っている。

 その異質さは背丈に合わない凄みだけではない。少女が羽織る白衣の間から見え隠れする金と銀の拳銃が、左右に2丁ずつ。これを見て彼女を迷子センターに案内しようとする能天気はいないだろう。

「やほー、サーシャ~。長旅ご苦労さん」

「もうフラン、いきなり驚かせないでくださいよ」

「これが私のライフワークでもあるのさ、多めに見てほしいね」

「どこから現れたんだ!?」

「今のは火魔法の一つですよ。まあこんな芸当、フランにしかできませんが」

「そんな褒めてもなにもでないよ~」

「火魔法ってこんなこともできるのか!」

「火魔法は熱のやり取りを基本として、エネルギーや光などを操ります。フランが急に現れたのも、光の屈折を火をベースに、大気を操る風元素を組み合わせて操作したためです」

「なるほど、火魔法って多彩なんだな」 

「でも水魔法の方が上ですから」

「盛り上がってる所悪いけど。それで、このお兄さんはだ~れ~? 手紙だとサーシャ一人って聞いてたけど」

「彼は、えーと……私の助手です。すみません、手紙に彼のことを書き忘れていました」

 俺は立ち上がり、尻についた砂を払いながらフランと呼ばれる少女に向き合う。

「よ、よろしく。都市でサーシャの助手をすることになったカイだ」

「……ふーん」

 フランは俺を値踏みするように見つめる。

「さっきは驚かせてごめんね~。私はこの都市『マギポリス』で魔法使いをやってるフラン・ラミエル・マグネスだよ。気軽にフランちゃんって呼んでね~」

「フ、フランちゃん……?」

「そうそう、マギポリス イチ可愛いフランちゃんだよ~」

 白衣をはためかせ、両手を振りながらニコニコと笑う。
 魔法使いは皆こんな調子なのだろうか。

「はあ、そうです。この子は『電磁界』の魔法使いフラン。マギポリスで2番目に可愛い魔法使いですね。私がこの都市に来たので残念ながら降格です」

「『水』の魔法使いサーシャは相変わらずだね~。そこが面白いんだけど」

「電磁界? 水?」

「そういえば言ってませんでしたね。都市では魔法使いの試験に合格すると、その得意な魔法に合わせて称号が貰えるのです。フランは火魔法族で電気と磁気の魔法を使うため『電磁界』なのです」

「私よりサーシャの方がすごいよ~。なんたって都市唯一の水魔法族出身の魔法使いだから、属性そのものの『水』の称号を得るなんて」

「サーシャって凄かったんだな」

「当然です!(ドヤさ)」

 久しぶりのドヤ顔だ。こんなんなんぼあってもいい。

「でも追放されたんだ」 

「うぐっ、蒸し返さないでください。水魔法の研究なら故郷の水魔法族の街が1番だったのですよ……」

「それで、魔法使いであるフランちゃんが使者?」

「え、このお兄さん本当に何も知らずに来たの?」

「カイはちょっと記憶喪失でして、大体の一般常識を忘れてしまっているのですよ……」

「え、マジ? 大丈夫なの、それで」

「魔法使いの素質は十分あるので大丈夫です!」

「ふーん……」

 フランが紅い大きな瞳で俺を見つめたまま、軽く触れる。
 ビリリと静電気が走った。

「いっ!」

「ああ、ごめんごめん。うん、これは中々だわ」

「ちょ、ちょっと近いですよ……」

「あはは、サーシャもそんなお年頃か~」

「なっ、何を言っているんですか!」

「それで、私が使者として来た理由だっけ?」

 フランの表情が一瞬だけ真剣になる。

「マギポリス、まあ大体の都市ではそうなんだけど、魔法使いっていうのは研究だけじゃないの。都市から色々とお願いされる。悪いやつを取り締まったり、こうして都市に入ろうとする人への使者をやったり――戦争をしにいったりね」

「それって」

「……」

 最後のフランの言葉は、さっきまでの茶目っ気とは打って変わって重い。その言葉に計り知れない重責を感じた。

 サーシャの方を見ると、何か思うところがあるのか辛そうな表情をしている。

「あはは、ごめんね。フランお姉さんちょっと意地悪しちゃった~。てな訳で都市まで案内役を今回任せられたんだ。君も魔法使いを目指すなら、いろいろ雑用を任せられると思うからがんばってね~」

「いや、ちょっと待てよ。お姉ちゃん? フランは何歳なんだ?」

「女の子に年齢をきくなんていけないんだよ~」

「はあ、彼女は27歳です。私より10歳年上ですよ」

「えっ、本当?」

 サーシャの衝撃的な暴露に、思わずフランの方を見る。

「えーと、フランさん?」

「あはは、カイ君~ちゃんは~?」

「フ、フランちゃんさん……」

 このあと、とても怖い目に遭った。

 ***

 長いお説教も終わり、フランが明るく切り出す。

「じゃあそろそろ都市に入ろうか~」

「やっと入れるのか。それでどうやって入るんだ?」

「これを使うの」

 彼女は銀の鍵を取り出し、何かをボソボソと呟きながら空に差し込み、捻った。

 すると、何も変哲もない空間が扉のように『開いた』。
 そこからは柔らかな光が溢れ出している。

「さあ、マギポリスへれっつご~」

「すごいな、これも魔法なのか……? こんなことまでできるのか!」

「魔法はすごいんです!(ドヤさ)」

 サーシャの得意げな表情に、思わず笑みがこぼれる。

「ほら、行きますよカイ」

 先に歩いた二人を追いかけ、俺も光の中へと踏み出した。
 これから始まる新しい生活への期待と不安が、心の中で綾なす。
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