不遇水魔法使いの禁忌術式

キミドリ

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不遇な水魔法使い

17話 ”不遇な水魔法”使い

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 奇妙な修道士とその騎士らしき二人と別れた後、俺はフランさんたちを待たせている研究室へと歩みを進めた。時刻は夕刻、既に周りは暗くなり始め、日が沈もうとしている。人通りは先ほどより多くなり、帰路につこうとする人々の足音や笑い声で街は賑やかだった。バーには人が集まり始め、皆は仕事終わりの一杯を楽しんでいる。

 この世界では、社会人といえども残業や飲み会で夜も仕事に関わることは少ない。マギポリス特有なのかもしれないが、仕事は夕方までと決まっていて、夜は大切な人と過ごすのが当たり前のようだ。

 街行く人々を見ながら、ふと思う。
 
 「……この研究と訓練を始めてから、サーシャと過ごす時間が減ったな」

 朝から研究室でずっと一緒にいて、夕飯も一緒に食べているのに、こんな数時間の間離れるのにも少し寂しいと感じる自分がいる。サーシャの隣に立つ男になりたいと思う一方で、彼女から離れたくないとも思う。なんて我儘で情けない奴だろう。

 「こんなこと考えていては、夜に時間を割いてくれてる二人に申し訳ない」

 フランさんはともかく、アルジェントさんは家庭を持っていると聞く。待っている家族がいるはずなのに、俺のために時間を割いてくれているのはとてもありがたい。

 研究室に着くと、二人は既に到着していた。

「お二人ともお待たせしてすみません」

「いつも私達より早くついているのに珍しいね~」フランさんが茶目っ気たっぷりに言った。「サーシャと離れるのに大変だったのかな~?」

 にんまりとした顔でフランさんが茶化す。アルジェントさんはやれやれといった風で首を横に振った。

「むむっ、そりゃずっとサーシャといたいですけど、そんなじゃないですよ」俺は慌てて否定した。「人助け、人助けです」

「人助け?」フランさんが身を乗り出す。「何かあったの?事故?それとも事件?」

「報告は受けていませんが、どういった内容でしょうかな」アルジェントさんが紳士的な口調で尋ねた。二人とも軍人として街の治安に敏感だ。

「いやいや、そんな大事じゃないですよ!」俺は両手を振った。「ちょっと困っている人がいたから助けただけです」

 話題が脱線しそうになったので、慌てて本題に戻す。

「それより、魔法についていい考えが思いついたんです!そのことについて話させてください!」

 魔法の進展があったという俺の発言に、二人は一気に真剣な表情になった。俺は昼間サーシャと議論した内容を黒板に書きなぐりながら説明を始めた。

 ***

「なるほど、水以外の液体か」フランさんが興味深そうに言った。「聞いたことはないけどさ、アルジェントはどう思う~?」

 アルジェントさんは髭を撫でながら考え込んだ。

「確かに我々魔法使い、特に土魔法族は様々な溶液を反応させ新たな物質を生み出す研究をしていますから、作り出す液体の濃度が薄いのであれば水魔法族でも十分に可能でしょう」

 彼は慎重に言葉を選びながら続ける。

「実際、土魔法族から似たような試みはあったと記憶していますが……カイ殿の考える魔法はそうではないと」

「ええ、水にただ土魔法で生み出した物質を溶かすだけなら新しい魔法とはいえませんよね」俺は熱を込めて説明した。「俺が考えているのは、新しい水魔法として溶液そのものを作り出す魔法なんです」

 フランさんは小さな腕を組み、眉をひそめた。

「う~ん、確かに理論上はできそう。火魔法族の立場から言えば、分子の結合を解いたり結合させたりするのは可能だね」

 彼女は考えながら言葉を紡いでいく。

「単純な物質を土魔法で作り、火魔法でそれを調合する。必要な火魔法のエイドスは少ないし、水魔法族のカイ君でもできるかもしれない」

 しかし彼女の声には懐疑も混じっていた。

「けどその制御はとてつもなく難しいだろうね~。それは一度混ざったカフェオレをコーヒーとミルクに分けなおすことに等しい。やり方もわからないし、実現可能とは思えないな~」
 
 フランさんはテーブルの上からコーヒーとミルクを取り出し、ちんまりとした可愛いマグカップに注いで茶褐色のカフェオレを作り、一口飲んだ。

 二人とも俺の魔法理論には懐疑的だ。しかし、これは一つの先入観によるものだった。水魔法は水しか扱えない。を生み出せるとは露程にも思わない——そんな固定観念が彼らにもあるのだ。

 百聞は一見に如かず。俺はサーシャと共に完成させた魔法の術式を黒板に書いた。

「二人が疑うのもわかります」俺は静かに言った。「まずはこれを見てください」

 俺はバケツを取り出し、それに向かって手をかざした。黒板に書いた術式を唱える。

「万物の根源たるヒュレーよ、水のエイドスの元 流れ揺蕩い混ざり合え、混濁せよ 清め 浄化せよ 燃ゆる水となれ……」

 詠唱と共に、俺の手の平から透明な少し粘り気のある液体が生み出された。それをバケツに注ぎ、少し溜める。ポケットからマッチを取り出して擦り、火をつけてバケツに投げ入れた。

 その瞬間、バケツの中は火の海となり、強烈な光を放った。量は少なかったため火がバケツから漏れることはなく、やがて静かに鎮火した。

 部屋は沈黙に包まれた。

「……これは、油ですかな」アルジェントさんが驚いた声で言った。

「うん、この燃え方は間違いなく油だよ」フランさんが目を丸くしながら同意する。「ってことは……」

「ええ、カイ殿の魔法術式の中に土元素の記述はありませんでしたね」アルジェントさんが黒板の式を凝視しながら言った。「しかも水と相反する油とは……」

「驚きだね……」フランさんの声が震えていた。「油を生み出す魔法なんて、火魔法と土魔法を組み合わせても相当難しかったはず。それを水のエイドスだけで生み出したということは……」

「水魔法は水以外の液体も生み出すことが可能であると……」アルジェントさんが呟いた。

 二人は驚愕し、俺の書いた術式について熱心に議論を始めた。そう、俺とサーシャが感じていた水魔法の限界、古本にあった水魔法の性質「混濁」——これらを基に考えだした一つの結論。水魔法は水だけでなく、あらゆる液体を生み出し操ることが可能なのだ。

「これは確かに今までの水魔法への評価をひっくり返すね……」

 フランさんは額に汗を浮かべ、心を落ち着けようと机にあったカップを持とうとしたが、動揺しているのか手が震え、中身のカフェオレをこぼしてしまった。

 アルジェントさんは椅子に深く腰を下ろして顎に手を置き、黒板を凝視していた。しばらくして、彼が重々しく言った。

「カイ殿、この魔法は水魔法、いやあらゆる魔法に激震を走らせるでしょう。これなら、都市魔法使いの試験も通るはずです」

「本当ですか!」俺は思わず声を上げた。「それであの、都市魔法使いになるにはどうしたらいいんでしたっけ?」

 当初の目的の一つである都市魔法使いになれるかもしれないという言葉に、思わず胸が高鳴った。しかし、俺は未だに都市魔法使いになる具体的な方法については詳しく聞いていなかった。「魔法の完成が先」という考えから、魔法研究ばかりだったからだ。

 フランさんは床にこぼれたカフェオレを雑巾で拭きながら説明を始めた。

「都市魔法使いの試験は年に一度だね~。まずは魔法論文を出して、それが審査される。これが一次試験だよ~」

 彼女は立ち上がり、柔らかい髪を揺らしながら続けた。

「論文が認められたら金属器を作る認可が下りるんだ。二次試験はその術式を刻み込んだ金属器を用いて魔法のデモンストレーションをして、見事に合格できれば魔法使いさ~」

「一次試験は分かりますけど、デモンストレーションって?」俺は首を傾げた。「それに魔法使いになる前から金属器ってもらえるもんなんですね」

「にゃはは~」フランさんが特徴的な笑い声を上げる。「都市魔法使いは軍属だからね。ただ研究できてもだめなのさ~」

 彼女は片手で銃を構えるポーズを取った。

「自分の魔法でしっかりと戦えるところを見せなきゃいけないのさ。だからそのデモの前に金属器を使いこなせる必要があるから、魔法使いになる前から金属器を作れるようになるんだよ」

「なるほど」俺は頷いた。「そのデモって具体的に何をするんですか?試験官の前で魔法を発動すればいいんですか?」

「う~ん、半分当たりかな」フランさんは頭を傾げた。「受験者どうしで魔法戦闘をするんだよ~」

「戦闘!?」俺は思わず声を上げた。「戦闘って戦うってことですか!?」

「そう言ってるじゃん」フランさんは肩をすくめた。「都市全体から色んな魔法使いや観客が集まって、結構賑やかなイベントなんだよ~」

「危なくないんですか?」俺は心配そうに尋ねた。「いくら試験とはいえ、事故が起きそうで……」

 アルジェントさんが穏やかな声で答えた。

「人命に関わる事態にはなりませんよ。受験者を守る特殊な魔法が常時発動していますし」彼は落ち着いた教師然とした仕草で説明を続けた。「それにデモはあくまでデモ、相手を倒す必要もありません。ただ都市にとって有益かつ運用可能な魔法であることを示せれば良いのです」

「別に勝った方が合格というわけじゃないよ~」フランさんが補足した。「負けたとしても魔法の価値と実力が認められれば合格できるのさ~。戦うと言っても大体は1試合だけだしね」

「そうなんだ」俺は驚いた。「俺はてっきりトーナメントで勝った一人だけが合格するものだと思ってた。負けても合格するなんて、なんか不思議だな」

「にゅはは~」フランさんが明るく笑った。「毎年1名しか魔法使いになれないなんてことになったら、有用な魔法使いを増やしたいのに全然増えないよ~」

 彼女は少し真面目な表情になって付け加えた。

「あと、負けても合格できるけど、しっかり魔法を見せないと勝っても不合格になる場合もあるのさ~」

 それもそうだ。都市魔法使いは研究者兼兵士。兵士の数を年に1名だけ増やすなんて、まともな軍隊は作れない。勝ち負けに関わらず合格できるといっても、手を抜いて負けても合格できるというわけではなく、勝つ気で魔法を発動して戦わなければ認められないのだ。

 「なるほど、魔法戦闘の腕もしっかり磨かないといけないのか」と俺は改めて思った。

「それで、都市魔法使いの試験は年に何人くらい受験して、どれくらい合格するんですか?」

「う~ん、情勢によって変わるけど」フランさんは考え込むように言った。「大体1000人は超えるかな。合格できるのは10人から50人くらい?戦争中ならもっと増えるけどね」

「意外に多いんだな」俺は驚いた。「もっと数人くらいしか受からないと思ったよ」

「都市は1000万人くらいいるからね~」フランさんは指を立てて説明した。「都市魔法使いなんて人口の1%も満たないのさ~。実際今は1000人もいないはずだし」

「1000人……」

 確かに人口に対して魔法使いの数は多くはないが、現状でも1000人近くはいるということだ。しかし、その中で水魔法使いはサーシャただ一人だけ……。改めてサーシャの凄さと水魔法使いの置かれた厳しい立場を思い知った。

 フランさんの顔が急に真剣になった。

「そう、1000人」彼女の声は普段の茶目っ気が消えていた。「その中で水魔法族はサーシャ一人。君がそのもう一人になろうとしている」

 フランさんの赤い瞳が強い光を放っていた。

「あの子は確かに天才だし努力家だったから魔法使いになれた。そのおかげで少しは水魔法に対する印象も変わった」彼女は静かに続けた。「けど数年前、サーシャが魔法使いになってから多くの水魔法族は魔法使いを目指したけど、未だに誰も成れていない。まだ千分の一なんだよ」

 アルジェントさんも同意するように頷いた。

「カイ殿の魔法は確かに革命的ですが、まだ水魔法に対する風向きは厳しい。貴殿が合格するのは至難の業なのです」

 この世界は水魔法に冷たい。水魔法はこれ以上発展の余地もないという印象が蔓延している。俺が理論的に素晴らしい論文を出しても、根底にある偏見がそれを認めないかもしれない……。

 それ以上の何かがあるのかもしれないが、どちらにせよ水魔法が冷遇されていることに変わりはない。けど、俺はそんなことには納得できない。そしてこの世界を生きるサーシャを救い出したいのだ。

 俺は立ち上がり、二人に向かって力強く宣言した。

「……やりますよ、宮沢 海はやりますよ!サーシャに救われ、フランさんとアルジェントさんにも協力してもらっているんですから」

 俺は拳を握りしめた。

「俺は必ずその0.1%を超えて、サーシャの隣に立つ魔法使いになります!この不遇な水魔法の魔法使いになってみせます!」

 フランさんもアルジェントさんも誇らしそうに笑ってくれた。都市魔法使い試験まであと少し——俺は全力で準備を進めることを心に誓った。
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