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【番外編】最終話以降のお話
8話・苛立ち
しおりを挟む大通りから一本入った道にある小さな小料理屋。
店先を照らす提灯の灯りと食欲をそそる匂いに誘われ、暖簾をくぐって引き戸に手を掛ける。
「あらァ、いらっしゃい鍬沢さん」
「ども、こんばんは」
笑顔で迎えてくれた女将に軽く頭を下げながら、鍬沢は真っ先に店内を見回した。
(良かった、居ない)
表情に出さぬように注意を払いながら、ホッと息をついて端の席に座る。
この店はカウンター席のみ。会いたくない相手が居た場合、店から出る以外の選択はない。幸い今夜は要注意人物の姿はなく、鍬沢は安心して料理を堪能することが出来た。
鍬沢が小料理屋に立ち寄る頻度は週に一度。前回教えてもらった料理を作り、報告と御礼を兼ねて食事をする。飲みたい気分の時はバスを利用し、それ以外の時は自分の車で通っている。女将に顔と名前を覚えられているから、一応常連客の括りに入るのだろう。
カウンター越しに話をしながら、女将の後ろの棚に並ぶ酒瓶をちらりと見る。
常連客がキープしているボトルはネームタグがつけられ、カウンター奥にずらりと並べて置かれている。目を引くのは、店で扱っている中で一番高価かつ希少価値のある日本酒の瓶だ。これをキープしている人物を鍬沢は知っている。
(やっぱり減ってない)
以前ここで鉢合わせた際に飲んでいたが、その時から酒が減っていない。つまり、店には来ていないということだ。
次の週も酒は減っていなかった。
その次の週もだ。
以前は嫌というほど遭遇していたのに、ある時を境にぱったりと姿を見せなくなった。
顔を見れば殴りたくなる。
口を開けば悪態しか出てこない。
そんな相手が自ら消えてくれたのだ。
今の状況は鍬沢が望んだ通りになっている。
件の人物の活動拠点は東京。
ここは遠く離れた地方都市。
興味が失せれば来なくなるのは当然のこと。
「そういえば、最近九里峯さん見ないわねぇ」
何気なく女将が呟いた言葉に、鍬沢が箸を止めた。ちょうどその男のことを考えていたのだ。見透かされたかと身構える。
「お忙しいのかしら。鍬沢さん知ってる?」
「……知らないです。会社違うんで」
「あらっ、そうだったの?てっきり同じ会社だと思ってたわ。取引先とか?」
「いや、違います」
九里峯の話を振られたのは、何度か話している様子を見られていたからだった。
どういう繋がりか、改めて問われて返答に詰まる。食品偽装の件を伏せると何も言えなくなる。
年齢、会社、役職。共通点は何ひとつない。一時業務提携の話もあったが、あれは営業部の話で、鍬沢が所属する情報システム部には何の関係もない。
鍬沢と九里峯の関係は、あちらから干渉してくるから成り立つもの。それが無ければ関わることはない。
『二度と僕の前に現れないでください』
最後に会った時に鍬沢が言ったセリフ。
嘘偽りのない本心から出た言葉。
今までどれだけ罵られ邪険に扱われても平然としていたのだ。その程度で素直に引き退るとは思ってもいなかった。ほとぼりが冷めた頃、何事もなかったようにひょっこり顔を見せに来ると思っていた。
九里峯は、鍬沢の嫌がる顔を見るためだけに来ていたのだから。
女将から新しいレシピを教わりながら、頭の片隅でここに居ない男のことを考える。
もしあれが最後だったのなら一発殴っておけば良かった、と。
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