【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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【番外編】最終話以降のお話

24話・特別な存在

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 畳の上できっちり正座をした状態で、阿志雄あしおは緊張していた。

 茶釜を挟んだ向かいに座り、手際よく茶をたてているのは先代社長夫人の翁崎 志麻おうさき  しま。ここは翁崎家の庭の片隅に建つ離れ。彼女が茶道教室を開いている茶室である。

 阿志雄の右隣、次客じきゃくの位置には穂堂ほどうが。そのまた右隣の正客しょうきゃくの位置には翁崎 由里ゆりが。そして、阿志雄の左隣、末席……おめには志麻の娘で株式会社ケルスト大阪支社長のかなでが並んでいる。

「お先に」

 慣れた手付きで由里が陶器の鉢から和菓子をひとつ自分の懐紙に取り、穂堂へと鉢を回す。穂堂が和菓子を取る様子をそっくり真似て、阿志雄もひとつ取り、隣の奏へと鉢を回した。

 志麻から「お茶にしましょうか」と言われた時はコーヒーでも出されるのかと呑気に構えていた。まさか居間から離れの茶室に移動して本格的なお抹茶を出されるとは夢にも思っておらず、阿志雄は笑顔の下で冷や汗をかいた。

 今回は身内だけの席。由里の配慮で一番楽な三客さんきゃくの席にしてもらえたのだが、茶道未経験の阿志雄には何もかもハードルが高い。
 何より、左隣に座る奏からずっと睨まれているのだ。粗相をしたら何を言われるかと思うと気が気ではなかった。

「あ、これ美味い」

 黒文字くろもじ製の楊枝ようじで練り切りをひと口サイズに切る。口に入れた途端に自然に言葉が出てしまい、阿志雄は慌てて口をつぐんだ。奏に横目でジロリと睨まれるが、志麻は朗らかに笑ってみせる。

「うふふ。このまえ真司しんじくんが美味しいって言ってくれたでしょ。同じお店で用意していただいたの」
「志麻さんありがとう。見た目もキレイだし、甘さ控えめですごく好き」
「気に入ってもらえて良かったわ~」

 この会話にギョッとしたのは奏だ。
 奏からしてみれば、久々に実家に立ち寄ったら見知らぬ男が当たり前のような顔で居座っていたのだ。しかも、母親と下の名前で呼び合うほど親しげにしている。心中穏やかではいられない。

 根掘り葉掘り聞こうとしたところを志麻が割って入り、今の状況に陥った。茶室内で無駄話などできるはずもなく、奏はただ阿志雄の隣に正座して彼を観察するほかなかった。

 茶道の経験はなさそうだが、周囲の流れを見て無難にこなす程度の適応力はある。先ほどの会話も、出された菓子を褒めること自体は作法としては間違いではない。かしこまった場ではなく、あくまで身内だけの席なのだから、多少言葉使いが砕けているのも問題はないと言える。

(それよりも気になるのは……)

 阿志雄は穂堂が招いた客だ。
 これまで穂堂が誰かを家に連れてきたことなど一度もない。友人がいなかったわけではない。居候先である翁崎家に気を使ってのこと。その彼が何度も連れてきているのだから、よほど仲が良いのだろう。

 菓子を食べ終えた頃を見計らい、順番に茶が振る舞われた。初心者の阿志雄がいるからか、苦味が少ない高めの抹茶が使われている。菓子の件もあり、母親が阿志雄を可愛がっていると確信する。
 可愛い養い子が初めて連れてきた友人なのだ。特別扱いも当然か、と奏は思った。




──しかし。

「付き合ってるってどういうことよ!」

 お茶を終えて居間に戻った後。
 改めて自己紹介をした際に包み隠さず交際の事実を明かされ、奏は阿志雄に食ってかかった。

まなぶ兄さんは知ってるの?」
「一番最初に挨拶しましたけど」
「はあぁ?ていうか、お母さんも義姉さんも知っててコイツを家に入れてんの!?」
「徹くんと一緒に住む時にわざわざ挨拶しに来てくれたのよ」
「え、一緒に住んでんの!?」

 次々に明かされる衝撃の事実に冷静さを欠き狼狽える。学や志麻、由里はすんなり受け入れたが、彼女の反応のほうが普通なのだろう。

「わたしたち、すぐ阿志雄くんのこと気に入っちゃって。ね~お母様♡」
「ね~由里さん♡」
「なっ……!」

 穏やかで人が良い母親と義姉は完全に阿志雄の味方に回っている。年に数回しか帰らない実の娘より愛嬌のある若い男のほうが可愛いのかもしれない。

 それだけではない。
 穂堂の表情が柔らかくなっている。引き取られた当初からずっと遠慮がちで喜怒哀楽の感情をあまり表に出さなかったが、今は自然体でよく笑う。

「……あいちゃんと一緒にいる時は全然楽しそうじゃなかったくせに」

 誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

 佐々原ささはらは奏のお気に入りの妹分で、可愛くて仕事も出来る有望株である。自分を慕う彼女と結婚させてしまえば穂堂と縁が切れることはない、と目論み、無理やり引き合わせた。
 心身ともに強い女性を選んだのは両親を早くに亡くした彼のため。健康体で若ければ、穂堂を悲しませる可能性は低くなる。佐々原は甘え上手……悪く言えば無遠慮な性格をしている。穂堂の控えめな部分を補う良き伴侶となるはずだった。

 残念ながら、思惑通りにはいかなかった。
 親密になる前に佐々原がを上げたからだ。実際は阿志雄が裏工作をして彼女の気持ちを揺るがせたことが主な原因なのだが、奏は知らない。

「お茶ご馳走さまでした!そろそろ帰ります」
「晩ごはん食べていけばいいのに」
「実はもう晩メシの仕込みしてきたんすよ~」
「あらっ、そうなの?すごいわねぇ」

 何も言えず悶々としているうちに、阿志雄と穂堂は帰り支度を始めていた。
 奏の生活の拠点は今は大阪だ。このまま帰してしまえば、次に直接話ができるのはいつになることか。

「また遊びに来ていいですか」
「もちろん!うちの子たちも喜ぶわ」
「んじゃ連絡しますんで」

 由里とのやりとりを聞き、奏がまた「えっ?」と間の抜けた声を上げる。
 よく遊びに来ているとは察していたが、もしや毎週のように翁崎家に出入りしているのか。そんなことをする必要がどこにあるのか。しかも、阿志雄は学の子どもたちにも気に入られているという。

 いくら恋人でも相手の家族との付き合いは別物だ。そうそう足を運びたがる者はいない。実際、奏も夫の実家には年に一度ちらりと顔を出すくらいで、後は季節の贈り物をする程度。
 しかし、阿志雄は積極的に翁崎家に足を運んでいる。穂堂一人ではなかなか顔を出さないが、彼と交際を始めてから里帰りの頻度が増えたとか。

 彼は株式会社ケルストの社員ではあるが、昇進目当てに社長一家に取り入ろうとする下心は一切感じられない。志麻たちのほうが阿志雄を構いたくて仕方がないように見える。

「アンタ、なんでそんな……」
「オレは穂堂さんが大好きな『家族』を大事にしたいんです。もちろん、今はオレ自身も志麻さんたちのことが好きなんですけどね」

 茫然と呟く奏に、阿志雄は笑って答えた。

 阿志雄の一番は穂堂。
 穂堂の望みが最優先。

 結婚相手を当てがおうとした時、穂堂の幸せを願いながらも奏は自分の都合を優先した。当の佐々原も奏に仕えることを最も重要視しており、穂堂は二の次だった。

 阿志雄だけが穂堂を一番に据えている。
 佐々原ではなく彼が選ばれた理由が何なのか分かった気がして、奏の体から力が抜けた。

「──はあぁ、そんなの勝ち目ないじゃない」

 対面して以来、初めて奏は笑顔を見せた。
 以前なら不安げに顔色を窺っていたであろう穂堂は、先ほどから口も挟まず笑顔で見守っている。阿志雄に全幅の信頼を寄せているからだ。

とおるくん、いま幸せ?」

 不意に尋ねられて穂堂は目を丸くしたが、すぐに「はい」と頬を染めて深く頷いた。

 彼が翁崎家に引き取られて二十年。こんな嬉しそうな表情を見たのは初めてで、奏は完全に敗北を認め、両手を上げて降参した。
 そして「今度一緒に買い物行くわよ。徹くんの隣を歩くなら、もうちょっと良い服を着てもらわなきゃ」と阿志雄と外出の約束まで交わした。






「いい感じに漬かってますね」
「焼いてる間にコメ炊きます」
「お願いします」

 今夜のメインは鍬沢直伝のタンドリーチキンだ。出掛ける前に鶏肉を調味料に漬け込んでおいたので、あとはオーブンでじっくり焼くだけ。
 二人とも自炊初心者だったが、毎日少しずつスキルアップしている。

「君は本当に人の心を開くのがうまいですね」
「そうですかね~?」
「ええ。奏さんは快活で話しやすく見えますが、警戒心が強くて気難しい方なんですよ。気に入られるのはすごいことです」

 料理している最中に穂堂からそう言われ、阿志雄は肩をすくめた。

「それ、オレじゃなくて穂堂さんがすごいんですよ。翁崎家の人たちはみんな穂堂さんが好きだから、ついでにオレのことも懐に入れてくれるんです」

 思惑は違えど、みな穂堂を大事に思っている。阿志雄が穂堂の大切な人たちを尊重するように、あちらも穂堂の特別な存在である阿志雄を認めてくれるのだ。

「本当に、私には勿体ない人です」
「その言葉、そっくり返しますよ」

 肩を並べてキッチンに立ちながら、ふたりは声を上げて笑い合った。
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