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第11章 向き合う覚悟
72話・先代勇者一行
しおりを挟む翌日の昼間、リエロがラミエナを伴って諒真の客室を訪れた。念のため、話し声が外に漏れないように風の魔法で部屋を囲む。テーブルを挟んで顔を突き合わせて座り、三人は話し始めた。
「私がソウゴ様に頼まれておりましたのは魔王のことと、先代勇者様たちのことです」
「先代勇者?」
「はい。大聖堂や教会には詳しい文献がありませんでしたので、遠征任務のついでに聞き込みを行なって参りました」
「記録、残ってないの?」
「なにぶん昔のことですから……」
先代勇者が活躍したのは今から百年以上前。今回のように四人召喚され、魔王を倒し、役目を終えて元の世界に戻った。活躍の記録はあるが、名前などの個人を特定出来るような記述は残されていないという。
「百年くらいなら大昔ってほどでもないよな。普通なにか記録が残ってそうなもんだけど」
「当時の大司教様が書き残すことを禁じたらしいんです。もし大聖堂側に見つかれば燃やされてしまうとかで」
「はぁ?なんでまた……」
諒真には勇者の名を残すことを禁じる意味が理解出来なかった。
まさに自分が勇者一行のひとりなのだ。異世界で名を残したいわけではないが、まるで存在の痕跡を消すかの様にわざわざ探し出して燃やす必要があるだろうか。自分たちの記録も、魔王を倒した事実以外は全て抹消されてしまうのだろうか、と不安になった。
「勇者様がたの神聖さを損なうとか何とか……そんな風に聞いたことがあります」
「名前がない方が神秘的ってか?アホらし」
その話が本当なら、いずれ聖騎士団の報告書からも諒真たちの名前が消されてしまうのかもしれない。
リエロもラミエナも大聖堂のやることに今まで疑問を抱かずに従ってきたが、改めて指摘されるとおかしい部分が幾つもある。ふたりは顔を見合わせ、心配そうに表情を曇らせた。
「それで、なにか分かったのか?」
「ええ。先代勇者様に従者として付き従っていた騎士が自分の子どもや孫に話して聞かせていたおかげで、お名前が口伝として残っておりました」
創吾が知りたかったもの。
彼が何を考え何を疑っていたのかは分からないが、少しでも情報を共有出来ればと諒真は考えていた。
「先代勇者はヴェルム様という名の剣士です。お仲間は、格闘家のカティオ様、僧侶のマルディナ様、そして魔法使いのザクルド様」
「えっ……」
ラミエナの報告を聞いて思わず声が漏れた。
その名前は聞いたことがある。
一度目は凱旋の式典で。
二度目は昨夜、創吾の部屋で。
先代勇者の名前は魔王とその配下の名前と同じ。これがただの偶然であるはずがない。
魔王を倒し、元の世界に戻ったとされる勇者一行だが、実は異世界に残っていた?百年の間に変質して新たな魔王と化してしまった?創吾はこの事実を調べるためにラミエナに調査を頼んでいたのか。
茫然とする諒真に、隣に座るリエロが気遣わしげに声を掛けるが反応はない。それほどまでに衝撃的な情報だったのだが、リエロとラミエナにはそれが分からない。
凱旋の式典は大聖堂で行われた。
大司教ルノーの声は歓声に掻き消され、側にいた勇者一行にしか届いていない。だからこそ堂々と口にしたのだろう。諒真たちは先代勇者の名前など知らないし、文献にも残っていないのだから調べようがない、と。
(先代勇者一行と今回オレたちが倒した魔王と配下たちは同一人物なのか?)
(オレたちの中から次の魔王が生まれて、他の三人は配下の魔族になっちまうのか?)
(そのためにオレたちを異世界に留めようとしているのか?)
「リョウマ様、顔色が悪いですよ」
リエロに心配され、諒真はすぐに笑顔を取り繕った。
事前に創吾から話を聞いていなければ考えもしなかったことだ。きっと彼はある程度予想していた。ラミエナの今の言葉はその裏付けとなるはずだった。
「二人とも、今の話は絶対に誰にも言わないでくれよ。最悪、命に関わるかもしれないから」
「は、はい」
「わかりました」
口止めをしてから、諒真はふたりを帰した。
すぐにでも話をしたいのに、転移魔法は弾かれたまま。創吾の客室は空間を歪められた状態で他者の侵入を拒んでいた。
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