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29話・騒がしい怪我人
しおりを挟む騎士団本部の敷地内に建つ治療院の一室に同等の怪我を負った患者が四人集められている。その中の一人、リヒャルトの部下ディルクは痛みに弱いらしく、終始泣き言を漏らしては周囲を困らせていた。他の三人の患者は無駄口を聞かず、寝台に横たわったまま医師マルセルからの説明に耳を傾けている。
「これから君たちに『回復の魔導具』を使用する。試作品のため、効果にはバラつきがあると思われる。今の状態より良くなることだけは確実だから安心してほしい」
マルセルが手にしたハンカチに患者の怪訝な視線が集まる。魔導具といえば怪しげな装置であったり、鏡や水晶玉、宝飾品の形態が主である。存在はしているが、稀少かつ高価な品のためほぼ流通しておらず、この場にいる誰もが魔導具を手にしたことがない。故にみな戸惑っていた。特に、患者の中で一番若いディルクは大騒ぎしている。
「それ使えば痛くなくなるの? ねえ先生!」
「リヒャルト君、ディルク君を静かにさせて」
「はい」
「むぐっ、んぐううう!!!」
マルセルの指示に従い、リヒャルトがディルクの口元を自分の手のひらで覆い、物理的に黙らせる。その光景を部屋の端で眺めながら、「なんだこりゃ」とルーナとティカは茫然とした。
まず、マルセルは右端の患者の怪我した部位にハンカチを巻きつけた。刺繍面積が一番小さなハンカチだが、しばらくして効果が現れた。患者曰く、痛みが引いたという。その隣の患者にも同様にハンカチを巻き付ける。二番目に刺繍が小さなものだ。こちらは痛みと共に怪我を負った箇所が熱を持ち、何やらもぞもぞとした感覚があるという。恐らく傷口がふさがりかけているのだろう。自分でハンカチを押さえておくように指示してから、マルセルは更に隣の患者にもハンカチを巻き付けた。ハンカチの四隅に刺繍が施されたものだ。彼は腕を骨折していたが、すぐさま固定していた三角巾を取り払い、腕を振り回してみせた。
やはり刺繍の面積によって効果の現れかたに差が出ている、とルーナは思った。
最後にディルクの番となった。彼は他の三人の様子を半信半疑で眺めていた。普段から誰も弱音をこぼさないものだから、自分が一番重傷であると彼は本気で信じていた。故に、他の三人がハンカチを当ててすぐに回復した姿を見てもいまいちピンときていない。
「えっ、それ包帯の上から巻くんですか? じっとしてても痛いのに触ったら絶対痛いですよ! やだやだ隊長、ラウリィさん、離してください!」
「ほら女の子の前で騒がないの。恥ずかしいよ」
「こんな時に男も女もないですよぉお!」
嫌がるディルクの上半身と下半身をリヒャルトとラウリィがそれぞれ押さえ込む。ニヤリと笑みを浮かべたマルセルが、ゆっくり患部にハンカチを巻き付けていく。その間も、ディルクはギャンギャン泣き喚いていた。
「…………えっ、あれ?」
しばらく喚いていたディルクだったが、不意に大人しくなり、首を傾げる。そして、恐る恐る折れているほうの脚を持ち上げる。
「い、痛く、ない」
ハンカチの治癒効果により、骨折が治った瞬間だった。戸惑いながら、彼は上半身を起こし、両足を寝台から下ろした。マルセルが手早く包帯と添え木を外すと、ディルクは自分の足で立ち上がってみせた。
「ディルクが、ディルクが立った……!」
そう呟きながら、ラウリィが口元を押さえた。笑いをこらえるためである。
「すごい。さっきまでは身動ぎするだけで痛かったのに、もう何ともない!」
痛みに弱い彼のことだ。少しでも患部に違和感が残っていれば先ほどのように泣き叫ぶだろう。しかし、今はただ痛みから解放された喜びに打ち震えていた。
「見て隊長ぉ! オレ、治りましたぁ!」
「良かったなディルク」
嬉しそうな顔をリヒャルトに向けたディルクは、次に部屋の隅に立つルーナの元に駆け寄った。戸惑うルーナの前に膝をつく。
「貴女が持ってきてくれた魔導具のおかげで瀕死の重傷から無事に生還できました! 本当にありがとう! 貴女はオレの恩人です!」
なにが瀕死だ、と他の患者とマルセル、ラウリィが心の中でツッコミを入れている。
「い、いえ。私はそんな」
「ぜひ御礼をさせてください! 良ければ今度一緒にお食事でも──ぐふッ!!」
急に距離を詰められ、ルーナは体を強張らせた。強引にルーナの手を取ろうとしたディルクの襟元を掴み、リヒャルトが無理やり引き離す。やや小柄な彼はリヒャルトに軽々と持ち上げられ、寝台の上へと戻された。
「すっかり治ったようで何よりだ。では、入院して休んでいたぶんの仕事を回してやる」
「ええーっ、そんなぁ!」
無慈悲なリヒャルトの言葉にディルクが真っ青な顔で悲鳴をあげた。続けてラウリィも参戦する。
「僕の大事な従姉妹に色目を使わないでくれる? せめてもう少し騎士らしくなってからにしなよ」
「いっ色目なんて使ってないですぅ!」
今度は顔を真っ赤にして、ぶんぶんと頭を横に振っている。こんなに喜怒哀楽の激しい人を初めて見た、とルーナはただただ感心していた。
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