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85話・手合わせ
しおりを挟む第四階層の大穴に橋をかける準備が始まった。フォルクス様の寄付により資金は潤沢。資材と人材が確保でき次第工事に取り掛かる。
「ゼルドのオッサン、勝負しよーぜ!」
準備が整うまで特に何もすることがないため、暇を持て余したダールがゼルドさんに手合わせを申し込んだ。ゼルドさんは渋っていたけど、あまりにもしつこく誘われて断りきれず、とうとう折れた。
ギルド裏手の鍛錬場が手合わせの場所だ。
「おまえら好きな得物を選べ!」
メーゲンさんが物置き小屋の鍵を開け、二人に武器を選ばせた。小屋の中には大小さまざまな木製武器や防具がある。危ないからという理由で、僕は中には入らせてもらえなかった。
ゼルドさんは幅広の大剣、ダールは短めの双剣。普段使っている武器に近い形状のものを手に取る。
「ライル、見てろよー!」
「うん、頑張って」
ダールが剣を振るうところを見るのは初めてだ。双剣使いはどんな風に戦うんだろう。
「ライルくん、安全なところに」
「わかりました。気をつけて」
壁際にあるベンチに座り、鍛錬場の中央を見た。視線の先ではゼルドさんとダールは距離を置き、向かい合って剣を構えている。そして、二人の間にメーゲンさんが立ち、片手を掲げた。
「始めッ!」
振り下ろされた手が開始の合図だ。二人同時に後ろへと下がった。その後は互いの間合いを見定めるようにじりじりと距離を詰めている。
先手はダールだ。
「怪我すんなよオッサン!」
嬉々とした表情を浮かべ、ダールは右手の剣を振り下ろした。ゼルドさんは剣の腹で受けるが、それで終わりではない。流れるように身体を回転させ、左手の剣が追撃する。トリッキーな動きに驚きつつも、ゼルドさんは何とか二撃目もかわした。
「次は私の番だ」
ゼルドさんの武器は大剣。木製とはいえ幅広の剣は重く、振り回すだけで一苦労だ。しかし、鍛えられた肉体は重さをものともせずに大振りの剣を扱う。
風を斬り裂く音と共に大剣がダールを狙って振り下ろされる。身長が高く武器のリーチが長いゼルドさんのほうが間合いは広いけれど、ダールは素早さでその差を埋めていた。
「アイツら本気でやってるぞ」
「え、そうなんですか」
「気ィ抜くと負けちまうからな。お互い手加減できるような相手じゃねえんだろ」
邪魔にならないよう僕のそばまで下がったメーゲンさんは、二人の手合わせを笑いながら眺めている。彼も昔は腕の立つ冒険者だった。打ち合いを見れば力量が分かるのだろう。
「ゼルドは基礎がしっかりしてるから安定感がある。ダールは攻撃が軽い。手数が多いから、一見するとダールが押してるみたいに感じるがな」
メーゲンさんの解説を聞きながら二人を見守る。
過去に騎士団に所属していたゼルドさんの剣技にはきちんとした型がある。無駄のない動きが身についているからこそ咄嗟に対応できるのだ。
「ダールは変則的で捉えにくい。動きも早いし、あれに一撃当てるのは至難の業だ」
確かに、ダールにはまだ一度も攻撃が当たっていない。ゼルドさんの剣が振り下ろされる前に立ち位置をズラし、反撃を繰り返している。ゼルドさんは何度も打ち込まれてはいるけれど、全て剣で受けるか避けている。
戦闘スタイルが違い過ぎて、どちらが優勢なのか僕には分からない。
「お、そろそろか」
しばらく打ち合いが続いた後、メーゲンさんがぽつりと呟いた。どうやらもうすぐ勝負がつくらしい。
手合わせ開始直後から絶えず動き回っていたからか、ゼルドさんが息を切らせ始めた。普段のダンジョン探索でモンスターと対峙した時は多くても数撃でカタをつけている。こんな風に長時間剣を振り続けることはない。
対するダールにはまだ余裕がありそうだ。手にした武器が軽いから身体に負担が少ないのだろう。
「これで終わりだッ!」
一気に駆け寄って目の前で身を屈め、両手の剣を同時に繰り出すダール。虚をつかれたゼルドさんを二つの剣先が襲う。
しかし、攻撃が当たることはなかった。
動きを鈍らせていたのは見せ掛けで、ゼルドさんは大剣を身体の前に掲げて攻撃を凌いだ。これにはダールも驚いたようで、一瞬の隙が生まれた。
「あ」
ゼルドさんは双剣を防いだ大剣から片手を離し、ダールの頭を小突いた。本当に軽い手付きだったのに、ダールはそれ以上動くことができなかった。ガクリとうなだれ、地面に膝をつく。
「……わざとかよ」
「いや、危ないところだった」
うらめしそうな言葉に平然と答えながら、ゼルドさんはダールに手を貸して立たせた。
「経験の差が出たな」
メーゲンさんは愉快そうに口の端をあげて笑い、手を叩いて二人の健闘を讃えている。僕はただただ圧倒され、感嘆の息をもらすことしかできなかった。
ダールは強い。素早さと体力は勝っていた。でも、その差を覆えすほどの経験がゼルドさんにはある。調子に乗りがちなダールを油断させ、隙をついたのだ。
「ちぇ、負けたー」
「ダールも強かったよ」
「ああ。本気で挑まなくては勝てなかった。さすがダンジョン踏破者だ」
「嫌味かよ!くっそ、ゼルドのオッサンしばらく鍛錬してねーからイケると思ったのに!」
怪我をして以来ずっと僕に付きっきりだから、ゼルドさんは日課の鍛錬をしていない。つまり、万全の状態ではなかったということ。ダールはそういう点も考えた上で勝負を挑んでいたのか。
「ライルくんの前で負けるわけにはいかないからな」
そう言いながら、ゼルドさんが笑顔を向けてくる。強くてカッコ良くて、僕は更に惚れ直してしまった。
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