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86話・別行動

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 ついに第四階層に向けて出発する準備が整った。第一陣には道案内としてアルマさん、護衛の取りまとめ役としてゼルドさんが同行する。資材運びは主に冒険者が担当し、職人を守りながら連れて行く。全員分の食料や休憩用の拠点の物資も運ばねばならず、総勢三十名ほどの大移動となる。

 出発の朝、僕の客室で別れを惜しむゼルドさんに抱きしめられた。
 パーティーを組んでからはほとんど寝食を共にしていて、数日間も離れたことはない。ついていきたくても怪我をしている僕はダンジョンには入れない。

「傷は塞がったが無理はしないでくれ。重いものは持たないように」
「はい」
「掃除も洗濯も片付けもしなくていい」
「わ、わかりました」

 ものすごく具体的に念を押された。
 少しずつ動けるようになってきたし、そろそろ何かしようと考えていたのに先回りして注意されてしまった。

「ダール。ライルくんから離れないように」
「わーってるよ」

 この場にはダールもいる。先ほどからのやり取りを全て見ていた彼は呆れ顔で返事をした。

「はよ行けよオッサン。ライルはオレがしっかり見ておくからさ」
「……、……頼む」

 僕の肩を抱くダールをジト目で睨み、苦虫を噛み潰したような顔をするゼルドさん。離れがたいのは僕も同じだ。

「いってらっしゃい、気をつけて」
「ああ、いってくる」

 後ろ髪を引かれながら、ゼルドさんはダンジョンへと出掛けていった。
 鎧を外すための『対となる剣』を持っていくので着替えも問題なくできる。守らなくてはならない非戦闘員の職人さんたちがいるけれど、護衛は一人ではないから交代で休むこともできる。この機に少しは他の冒険者と打ち解けられるかもしれない。

「これで邪魔もんはいなくなったな!ライル、何するー?」
「とりあえず縫い物かな」

 客室のソファーに腰掛け、裁縫道具を広げる。取れかけたシャツのボタンやほつれたところを直すのだ。それを見て、ダールは不満そうな顔になった。

「え~~、地味~~!」
「仕方ないよ、あんまり動けないんだから」

 歩くのはともかく、身を屈めたり重いものを持つのは脇腹の傷に負担がかかるから禁止されている。表面が塞がっても内部はまだ傷ついていて、無理をしたら完治の時期が遅れてしまうからだ。橋が完成する頃には問題なく動けるようになるとお医者さんも言ってくれた。それまで我慢するしかない。

支援役サポーターとして復帰したいもん。早く治さなきゃ」
「ふーん」

 意気込む僕に対し、ダールはやや冷めた反応を見せた。隣に座り、つまらなそうに唇を尖らせている。

「ずっと部屋にいるの退屈?」
「やることねーもん」
「遊びに行ってきてもいいよ」

 良かれと思って提案すると、ダールは「は?」と顔をしかめた。

「それじゃライルが一人になっちまうだろ」
「ギルドの中だから危なくはないよ」

 この客室はギルドの建物の奥にある。フロアにはマージさん、二階にはメーゲンさんもいる。今日は出かける予定もないし、付きっきりでそばにいなくても問題はないと思うんだけど。

「目ェ離した隙にライルになんかあったら、オレがゼルドのオッサンに殺されちまうんだけど」
「そ、そう」

 あんな事件があったばかりだからか、二人とも過保護に磨きがかかっている気がする。

「やることねーけど、そのぶんライルと話せるからいいよ。オッサンがいない間は朝から晩までずーっと一緒にいられるもんな!」
「じゃあ追加でベッド入れてもらおうか」
「なんでだよ!ゼルドのオッサンとは一緒に寝てるんだろ?」
「ダール寝相悪いんだもん」

 寝相の悪さを指摘すると、ダールは不服そうに頬を膨らませた。毛布を蹴落とされるくらいならまだしも脇腹の傷に腕や脚が当たる可能性もある。ダールも僕の怪我を悪化させたいわけではないので、渋々ながら追加のベッドを了承した。

「繕い物があったら出してね。ついでに縫うから」
「マジで?んじゃ頼もっかな!」

 早速ダールは持参した荷物から服を引っ張り出してきた。袖ぐり部分の縫い目がほどけていたり、ボタンが取れていたり。作業し甲斐のある服ばかりだ。

「ダールも王都に行くのかと思ってた」

 縫いながら、何の気なしに問いかける。

「フォルクスと?絶対イヤだね」
「なんで?前に王都のダンジョン潜るとか言ってなかった?」
「ヘルツの顔見たくねーもん」
「……ああ、そっか」

 ダールはヘルツさんを毛嫌いしている。理由は、僕が襲われていた時にわざと助けに入らなかったから。
 知っているはずなのに、ゼルドさんはその事実を僕に隠している。僕に対する気遣いだと分かってはいるけれど、納得はできない。上辺だけ綺麗に取り繕っても起きた現実は変わらないのだから。

「ヘルツさんは、僕が邪魔なのかな」

 作業の手を止め、ぽつりと呟く。
 こんなこと、ゼルドさんがいる時には口に出せなかった。全てを知っているダールの前でしか言えない。

「最初はそーだったかもな。でも、ゼルドのオッサンが怒るって分かっただろーし、もうライルに何かしようとは思わないだろ」
「うん……」

 僕の身に何かあればゼルドさんが怒る。王都の実家に戻るどころの話ではない。

「あれ、フォルクス様が命令してやらせたのかな?」
「それは絶対ない。大好きな兄上から嫌われるような真似、フォルクスがするわけがない」

 フォルクス様の関与を、ダールはすぐさま否定した。

「ああ見えて意外と単純な奴なんだ。体力ねーから実行力もねーし、人付き合いも苦手っぽいし」

 最初に顔を合わせた時、貴族ってみんなこうなんだろうかと恐ろしく感じた。人を追い詰め、操るような話し方をしていたから。
 でも、ゼルドさんが予想外の発言……僕との交際を明かした途端、放心してしまった。まるで台本にない展開に陥って頭が真っ白になったみたいに。

 もしかしたら、そっちがフォルクス様の素なのかもしれない。

「終わったら外に行こーぜ!じっとしてたら怪我が治っても前みたいに動けなくなるぞ!」
「わかった。ちょっと待ってて」

 その後、ダールと二人で町に買い物に行った。宿屋とパン屋、雑貨屋に立ち寄って挨拶すると、みんな僕が歩けるくらい回復したことを喜んでくれた。

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