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101話・三人での探索

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「そっかー、オクトから移るのかぁ」

 拠点を移す話をした時、ダールの反応は淡々としたものだった。メーゲンさんたちとは違い、彼には僕たちが交際していることも旅の目的も教えている。だから、特に驚くでもなく受け入れてくれた。

「オレもそろそろ旅に出よーと思って」
「え、どこに?」
「とりあえず隣国の狩人の村に。オクトここからだとそんなに遠くねーし」

 ダールはそう言うけれど、地図を見た感じでは目的地の村までかなりの距離がある。国境を越えるためには手続きも要る。普通に行けば片道十日以上はかかるだろう。

「ライルと離ればなれになっちまうのはヤだけど、こればっかりは仕方ねーよな」

 ダールは寂しそうな笑みを浮かべながら、手にした双剣を振るって複数のモンスターを一度に仕留めた。

 現在、僕たちは一緒にオクトのダンジョンに潜っている真っ最中だ。一緒に探索したいというダールの願いを聞き、ゼルドさんも含めて三人で潜っている。

「ライルくん、身体は辛くないか」
「平気です。荷物を少なめにしてますから」

 僕は支援役サポーターとしてリュックを背負っている。重い水筒はゼルドさんが持ってくれているので、リュックに入っているのは食料と着替えくらいでそこまで重くはない。

 安静期間が長くて体力が落ちてしまったため、様子を見ながら活動している。少しずつ以前の感覚を取り戻し、オクトを出る頃には万全の状態になっておきたい。ゼルドさんの足を引っ張らないように。

 いつもよりペースを落とし、丸一日ほどかけて第四階層の大穴まで到達した。橋の近くで休憩を取る。

「うわ、何コレうまっっ」

 ダールが食べているのは薬草入りのパン。細かくした肉と香味野菜、薬草を塩胡椒で味付けした具が真ん中に入っている柔らかなパンだ。ひと口かじった時点で夢中になり、ダールは一気に食べ尽くした。

「美味しいでしょ。パン屋のおばさんに作ってもらったんだよ。薬草はあの二人組が採集してくれて」

 若い冒険者二人組はダールから叩き込まれた知識を活用し、薬草採集にも力を入れてくれている。この薬草入りパンの材料も彼らが集めてくれたものだ。

「こんな美味いもんがダンジョンで食えるとは……。それに、座っても尻が痛くねーし」

 下には厚手の防水シートを敷いている。地面の凹凸や冷えが軽減でき、身体の負担を軽くする効果がある。

「水筒の水も妙に美味いんだよなー。なんで?」
「果物の風味を付けてるんだよ」

 ただの水ではない。干した柑橘系の果物を水筒に入れ、ほんのり味や匂いを付けている。

「はい毛布。少し身体を休めて」
「うわあ……ライルと一緒だと快適……ダンジョンの中とは思えねー……」

 普段、最低限の荷物のみでダンジョン探索をするダールにとってはかなり衝撃的だったらしい。

「オッサンが参っちまう気持ちが分かる……」
「そうだろう。一度ライルくんの支援サポートを受けてしまうと、もう単独ソロで活動していた頃には戻れない」

 ゼルドさんは得意満面だ。
 背中に仕込んだ汗取り布を取り替えてやると、ダールはまた感激した。

「なぁライル~、今からでもオレと組もうぜ~!」
「それは駄目」
「ちぇー」

 あらかじめ断られると分かっていたからか、ダールはあっさり引き下がった。でも、甘えることはやめない。

「んじゃ、仮眠する間だけ膝枕して~」
「はいはい」
「オッサンは見張り担当な!」
「……わかった」

 この探索が終わればダールとはお別れとなるからか、ゼルドさんはダールの我が儘を大目に見ているようだった。

 ゼルドさんがモンスターを倒すために休憩場所から離れた隙に、ダールは上体を起こして僕の耳元に顔を寄せた。

「さっきの誘い、一応本気だったんだけど」
「でも駄目」
「ライルって意外と頑固だよなー」
「それ、ゼルドさんからも言われたことある」
「ははっ、オッサンよく分かってんじゃん!」

 ひとしきり笑ってから、ダールは再び僕の膝を枕がわりにして寝転がる。

「ライル、これ」
「?なにこれ」

 ダールが胸元から取り出したのは金属製の鍵だった。それを僕の眼前に突き出し、無理やり押し付けてくる。

「スルトの家の合鍵。ライルにやる」
「そんな大事なもの、いいの?」
「もしスルトに行くことがあったら自由に使っていーからな。オレもウロウロすんの疲れたら寄るし」
「……うん」

 この先、違う道を行く僕に再会の可能性をくれたのだ。立ち寄った痕跡を見るだけでも互いの安否を確認できる。かけがえのない繋がりのように思えて、小さな鍵を大事に胸に抱きしめた。

 光る苔が照らす橋を眺めながら白く長い髪を撫でる。しばらくそうしていると、ダールは小さな寝息を立て始めた。

「眠ったか」
「はい」

 モンスターを倒し終えたゼルドさんが僕の隣に腰を下ろし、ダールの寝顔を覗き込む。

「随分とはしゃいでいたからな。ライルくんと共にダンジョンに潜れて余程嬉しかったのだろう」
「そうですね。僕も嬉しいです」

 髪を撫でながら、素直な気持ちを口に出す。
 ダールが相手ならば気後きおくれすることなく自然体で過ごせる。幼馴染みの気やすさと、ダール自身の前向きな明るさがそうさせるのだ。

「本当に離れてもいいのか」
「はい」

 改めて確認され、すぐに頷いた。
 ゼルドさんと会う前に再会していたら、僕は迷わずダールと共に生きる道を選んだだろう。でも、僕は先に運命の人に出会ってしまった。

「僕の意志は変わりませんよ」
「……そうか」

 ゼルドさんは静かに、でも嬉しそうに笑った。







「見てたか、ライル!」
「うん。やっぱりすごいねダール」

 休憩を終えた後、橋を渡って先へと進み、初めて第五階層へと足を踏み入れた。
 モンスターは更に強くなったけれど、ゼルドさんもダールも苦戦することなく倒していく。特にダールは水を得た魚のように縦横無尽に駆け回り、多くのモンスターを屠った。

 後方で見守りながら、二人が組んだらすぐに踏破できそうだな、なんて考えていた。僕が今から訓練してもあそこまで強くはなれないだろう、とも。

「ダンジョンの中で平常心で居られるのもスゲーことだと思うんだけど」

 怯えまくっていた若い冒険者二人組を引き合いに出され、理由を思い浮かべる。僕が平気なのはゼルドさんがそばに居てくれるからだ。今まで命の危険を感じたことはないし、むしろ安心できるくらい。

 そう答えれば、ダールは「かなわねーな」と肩をすくめた。

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