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105話・剣を手にする目的

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 体力が回復した頃から剣を扱う練習を始めた。

「まずは腰に剣を差した状態に慣れよう」

 普段から腰ベルトに剣を固定し、身体を重さに慣らしていく。使用するのは僕の脇腹を刺したあの短剣だ。ゼルドさんは別のものを用意しようとしたけれど、僕が「これを使う」と押し切った。せっかく所持しているのだから活用しなくては勿体ない。

「身体の均衡バランスが崩れると動きが悪くなる。帯剣した状態が当たり前になれば問題はない」
「わかりました」

 オクトにいた頃ダンジョン探索時に短剣を身に付けていたこともあり、重さにはすぐに慣れた。

 剣を振るうには握力と腕力が必要となる。支援役サポーターとして荷物運びをしているおかげで腕力はあるけれど、握力には自信がない。実際に剣を握って鍛えることになった。

 立ち寄った町のダンジョンに潜り、浅層で実践する。

「身のこなしに関しては問題ない。あとは剣の振り方を習得するだけだ」
「はいっ」

 意気込んでみたはいいけれど、剣で攻撃するって想像以上に難しい。特に僕は避ける癖がついている。
 こちらに向かってくるモンスター相手に斬りかかろうとしたけれど、つい逃げてしまう。たまに短剣の切っ先が当たっても、勢いで握っていた手から短剣が弾き飛ばされたりもした。

「ゼルドさんやダールって凄いんだなぁ」

 挑んでは逃げるを繰り返してしまう自分に呆れ、肩を落とす。身近に強者がいるから忘れがちになるけれど、剣一本で生きていくのは相当たいへんなことなのだ。

「君はモンスターとの対峙には慣れている。あとは思い切り振るうだけだ」

 習い始めたばかりですぐにうまくいくなんて思ってはいない。でも、落ち込む。

 半日ほどでダンジョンから町に帰還し、宿屋で休息を取る。
 オクトを出てから移動ばかりでダンジョン探索をしていない。今回は僕の訓練のために潜ったため、宝箱は一つも見つけていない。それなのに、僕の手のひらは慣れない剣を握り過ぎてマメができてしまった。

「このままじゃ、僕……」

 痛む手のひらを眺めていると、ゼルドさんが後ろから抱きしめてきた。大きな手が僕の手を掴み、状態を確認する。

「こんなになるまで頑張ったのか。明日は訓練はやめて身体を休めよう」
「僕まだやれます」
「痛みが出れば余計に訓練が遅れてしまう」

 ゼルドさんは僕の身体を反転させ、向き合う体勢にした。真剣な眼差しに射抜かれ、目がそらせなくなる。

「無理をして身体を痛めては意味がない。焦らずゆっくりやろう」
「……、……はい」

 渋々頷くと、何か思うところがあったようで、ゼルドさんは少し悲しそうに眉をひそめた。

 休息日を交えつつ訓練を続けた。
 短剣と大剣では長さや重さだけでなく用途から違う。短剣は攻撃が届く範囲が狭い。真っ向からモンスターとやりあうには危険が大きいのだ。

「ライルくん、もう少し長い剣に持ち替えよう」
「え、でも」

 短剣を胸に抱えて躊躇う素振りを見せると、ゼルドさんはまた眉間にシワを寄せた。僕にこの短剣を持たせたままにしたくないのだろう。視界に入れる度、どうしてもあの日の光景を思い出してしまうから。

「じゃあ、代わりにこれを貸してください」

 短剣の代わりとして僕が選んだのは、ゼルドさんが腰に差している『対となる剣』だった。細身で軽く、長さもあり、僕が装備する武器の条件を満たしている。

「新しく買ったら荷物が増えてしまいますし、ゼルドさんだって使わない剣をずっと身に付けているのも大変でしょう?」

 手に入れて以来、『対となる剣』はずっとゼルドさんが腰に差している。でも、モンスターと戦う時には一度も抜いたことがない。ゼルドさんの武器は背中に担いだ大剣で、細身の長剣は使わない。

「……そうだな。今の君ならこの剣のほうがいいか」

 少し迷ってから、ゼルドさんは『対となる剣』を腰から外して僕へと差し出した。その代わりに短剣を受け取り、荷袋の中へとしまい込む。

 『対となる剣』は僕の手に馴染み、浅層の弱いモンスターなら一人でも何とか倒せるようになった。細く長い切っ先は斬りつけるより突き刺す攻撃が向いている。モンスターの突進を避け、振り返りざまに背後から狙う戦い方が僕には合っているようだった。

「もう十分身を守れるな」
「はいっ」

 こうして『対となる剣』は僕専用の武器となり、僕の目的は果たされた。

 鎧を外す鍵であるこの剣は、ゼルドさんにとって欠かすことのできないアイテム。それを預かる立場になれば簡単には切り捨てられなくなる。

 これは僕の価値を守るためのもの。

 強くなりたいと願った本当の理由はこれだ。戦えない支援役サポーターのままでは『対となる剣』を任せてもらえない。だから剣を手にすると決めた。素人同然の僕には高価過ぎるけれど、ゼルドさんは金銭感覚がユルいから抵抗なく預けてくれた。

 間近に迫るモンスターへの恐怖や斬りつけた瞬間に剣の柄に伝わる衝撃、嫌な感触を全て我慢して、僕はようやく望みのものを手に入れた。



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