【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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9話・差別主義者は二つの顔を持っている

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 陽が沈み、辺りはすっかり暗くなっている。俺は従者用の小部屋を抜け出し、植え込みに身を隠しながらゼレニスの屋敷の裏手に回った。

 途中ギルにあてがわれた客室の前を通りかかったので、こっそり窓越しに覗いてみる。予想通り、ギルはゼレニスに絡まれていた。遠慮するギルのグラスに酒を注ぎ、何やら熱心に話しかけている。コイツはやたら距離が近い。ぐいぐい迫るものだから、ギルの笑顔がぎこちなくなっている。

 客室の前を通り過ぎ、裏口へと向かう。勝手口の近くには井戸と洗い場があった。来客があるからか、使用人が数人働いている。迂回して違う場所に行こうとした時、使用人の女たちが気になる話をしていた。

「どうする? あの子どもになにか食べさせる?」

 思わず足を止めて聞き耳を立てる。あの子どもとは、昼間中庭で発見された半魔族の少年のことだろう。

「どうせ吐き出してしまうわ。だったら仕置きが済んでからのほうがいいわよ」
「ゼレニス様はお客様に夢中みたいだし、今日はもう何もしないんじゃない?」
「いや、お客様の前で恥をかかされたんだ。きっと酷い目に遭わせるに違いない」
「かわいそうだけど、下手に庇うとあたしたちに八つ当たりされちゃうし」

 会話から察するに、今回のようなことは珍しくないらしい。半魔族の子どもを捕まえて暴行を加えているという噂は単なるデマではなかった。意外にも女たちは同情的だ。

「ゼレニス様、変な気を起こさなきゃいいけど」
「まさか! 今日のお客様は聖都の偉いかたなんでしょ? さすがに下手な真似はしないんじゃないかしら」

 なんの話だ?と思いながら通り過ぎる。

 少年の居場所はすぐにわかった。中庭から屋敷の裏手に向かって何かを引きずったような新しい跡が残っている。跡を辿って進むと、屋敷の敷地内にある物置き小屋に行き着いた。窓はない。出入り口の扉は外側からかんぬきがかけられ、中からは開かないようにされていた。

 どうしようかと迷っていると、誰かが物置き小屋に近付いてきた。すぐに植え込みの中に身を伏せて息を殺す。やってきた人物はゼレニスだった。奴は右手にランタン、左手に革製の鞭を持ち、ずかずかと歩いてくる。

 さっきまでギルと酒を飲んでいたはずなのになぜ、と考えているうちに閂が外され、ゼレニスが物置き小屋へと入っていく。しばらくして、中から声にならない悲鳴が聞こえてきた。間違いない、ゼレニスが少年に危害を加えているのだ。

 植え込みから出て小屋の壁にぴたりと耳を当てると、中の物音と声がよく聞こえた。

「どうしておまえのような出来損ないが! クソッ、クソッ!」
「う、くっ」

 ゼレニスの怒声と鞭が肉を打つ音、そして、か細く小さなうめき声。容赦のない暴行に血の気が引いた。半魔族は普通の人間より丈夫だが苦痛を感じないわけではない。やり過ぎれば当然死んでしまう。

 止めに入ろうかと考えて、ふと自分の今の服装に気付いた。かさばって動きにくい外套は小部屋に置いてきている。半魔族の証とも言うべき尖った耳が丸出しの状態だ。このまま飛び出して、もしゼレニスに目撃されたらギルに迷惑がかかってしまう。

「死ね、くそガキ!」
「ぎゃああ!」

 ひときわ大きな音と断末魔の悲鳴が周囲に響いた。これ以上は見過ごせない。

 意を決して立ち上がり、物置き小屋の扉に手をかけた時、俺の肩を誰かが掴んで止めた。振り返らずとも気配でわかる。

「レイ。あなたが出る幕ではありません」
「ギル」
「私が対処いたします」

 真顔のギルを見て、俺は渋々道を譲った。逆らってはダメだと本能で感じる。扉を開けると、ギルは迷わず中へと踏み込んだ。

「ゼレニスさん。なぜこの子に鞭を打つのですか。この子がなにか悪さをしましたか?」
「私の屋敷に無断で侵入したのです。それ自体が罪ですよ。二度としないよう体に教えてやらねばなりません」

 中から二人の会話が聞こえてくる。ギルに問われ、ゼレニスは当たり前のように答えた。激しく鞭を振るっていたせいで息が荒いが、笑っていると口調から伝わってくる。コイツは幼な子を鞭で打ちながら笑っていたのだ。

「確かに勝手に入り込むのはいけないことですが、幼な子に鞭打ちするほど重い罪ですか」
「そうですよ。私の庭を半魔族ごときが踏み荒らすなど許せません。もし屋敷内に入られたらと思うと寒気がします! 穢らわしい!」

 既に屋敷に入っているんだよな、俺。しかもコイツの執務室の中まで。正体がバレたら発狂しそうだから黙っておこう。

「教会本部から『半魔族は見つけ次第保護して聖都に移送すべし』と通達が出ています。『保護』の意味、ゼレニスさんはご存知ですよね?」
「もちろん存じておりますとも。しかし、移送までの間おとなしくさせるために多少のしつけは必要では?」

 半魔族に対する嫌悪感をあらわにするゼレニスに対し、ギルは終始冷静な口調で話しかけている。だが、徐々に隠しきれない怒気が混じり始めた。

「多少のしつけで皮膚が裂けるほど鞭を打つのですか。やり過ぎです。これ以上の暴行は私が許しません」

 物置き小屋の外で待機している俺からは見えないが、よほど半魔族の少年がひどい状態なのだろう。ギルはゼレニスに対して強い口調で抗議している。

「あなたには半魔族に対する暴行の疑いがあります。今回の件だけではなく、過去に幾度か半魔族の子どもを保護し、あなたが聖都まで連れて来ていますよね。その際子どもに怪我の痕跡があったと報告がありました」
「捕まえる時に負わせてしまった怪我ですよ」
「いいえ。曲がった状態でくっついた骨や服の下にのみ残る鞭のアザ、明らかに必要以上に繰り返された暴行の跡です」

 半魔族は回復が早い。軽い怪我ならすぐに治る。たとえ切り傷を負っても適切に処置して数日経てば跡形もなく消えるくらいに。体に怪我の痕跡が残っているとすれば、それはかなりの大怪我か、数刻前まで暴行を受けていたという証明になる。

 ギルから追及され、ゼレニスは黙り込んだ。言い逃れできないと悟ったのか、しばらくして乾いた笑いをこぼし始める。

「暴行してはいけない、保護しろだなんて馬鹿げている。このような下等な生き物、どう扱おうが構わないでしょう?」

 噂通り、ゼレニスは筋金入りの差別主義者だった。

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