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21話・優先順位は人によって異なる
しおりを挟む「フィッツ様はギルバート様に、もっとふさわしい供を連れていくようにと進言なさるおつもりです」
遣いの男の言葉に腹を立てるほど俺は自分を過大評価していない。ほとんどの奴は同じ考えだ。半魔族をそばに置くなど有り得ない、と。
「ふさわしい人間とやらになりたいのはオマエか? それとも別の奴か? ギルがそうしたいって言うなら俺は逆らわねえよ」
「……ッ、半魔族風情が!」
控えの間には俺たち二人だけ。男は不快そうに舌打ちして、俺が肘をついているテーブルを叩いた。置かれた酒瓶とグラスが揺れ、音を立てる。嫌味ったらしい敬語から荒々しい口調に変わった理由は取りつくろう余裕がなくなったからか。
「すぐ挑発に乗るようじゃ、グレフ神の血族の側近にはふさわしくないんじゃねえの? 今のまんまフィッツにコキ使われてろよ。そっちのほうがラクできるぞ」
「キサマ、無礼にも程があるぞ!」
「名乗りもしねえで一方的に話しかけてきやがって。どっちが無礼なんだかな。人間ってみんなこうなワケ?」
「減らず口を叩くな!」
ついに男は詰め寄り、胸ぐらを掴んできた。鼻先がくっつきそうな近さで睨み合う。その拍子に外套のフードが外れてしまった。俺の顔を間近に見て、男がくつくつと笑い始める。
「……ハ、なるほど。フードで隠しているから気付かなかったが、キサマはなかなか見目が良い。だからギルバート様に気に入られていたのだな」
「は?」
下卑た妄想を頭の中で繰り広げているのか、男の目の色が変わった。ぞわりと背筋に悪寒が走る。
「こんな細腕で護衛がまともに務まるものか。どうせギルバート様を誑かしたのだろう。半魔族にはそれしか脳がないのか?」
「気持ち悪りぃな、離せよ」
遣いの男は俺よりひと回り体格が大きい。普段は護衛としてフィッツに付き従っているのだろう。腕にはかなり自信があるように見えた。
ここで殴るのは簡単だが、手を出せば俺が悪者扱いされてしまう。密室でなにが起きても半魔族より人間のコイツの証言のほうが重んじられる。差別とは立ち位置に違いをつけること。その点で、俺は誰よりも立場が弱い。
だが、ギルだけは違う。
男の腕を振り払い、首から下げていた革紐を外す。さっき宿屋でギルから押し付けられたばかりの御守りをテーブルの上に置き、サッと向こうへ滑らせた。男は目を丸くして、滑っていく御守りを目で追っている。御守りはテーブルの端ギリギリで止まった。
十秒も経たないうちに同じ建物のどこかで爆発音がした。壁や柱が軋み、天井からぱらぱらと漆喰のカケラが落ちてくる。
「な、なんだ。敵襲か?」
男がキョロキョロしながら辺りを見回した。控えの間には窓がない。廊下に通じる扉がひとつあるだけ。室内にいては状況が確認できないと判断したのだろう。男は慌てて扉を開いた。
「おや、勝手に開きましたね」
「ギ、ギルバート様」
扉の前にはギルが立っていた。にこやかな笑顔だが腹の底では怒っていると俺にはわかる。そして、笑顔のギルの背後には黒煙が立ち込めていて、使用人たちが対処するために走り回っていた。
「ずいぶん早かったな、ギル」
「あなたの身になにかあったのかと思って慌ててしまいました」
ギルは男を無視して控えの間の中へ入り、テーブルの端にある御守りを手に取った。すぐに俺のそばに歩み寄って、革紐を首に掛け直してくれる。魔物の骨で作られた細工が胸元で揺れた。
「ちょっと外しただけだったんだけど」
「手が届かないくらい離れると私に報せが来るんです。軽い気持ちで手放したらいけませんよ」
「はいはーい」
俺とギルのやり取りを茫然と立ち尽くした状態で見ていた男がハッと我に返った。騒ぎはまだ収まっていない。恐る恐るといった様子でギルに声をかけた。
「あの、ギルバート様。フィッツ様とイムノス様は」
さっきまで一緒にいたはずの二人の名を挙げて問う男に対し、ギルは平然とした口調で答えた。
「さあ? 知りません」と。
ザッと顔色を青くして、男は控えの間から飛び出していった。男の雇い主はフィッツであり、イムノスはその伯父。どちらも身分が高い人間である。守るべき存在の安否が不明となれば、じっとしてはいられないのだろう。
部屋の中から廊下の向こうを見ると、まだ煙が収まっておらず大騒ぎとなっている。
「なにしたんだよ」
「扉から遠い席に座らされていたので、近くの壁を壊して出てきました」
「じいさん達は?」
「一応防御結界を置いてきたので問題ありません」
「オマエなあ……」
呆れながらも俺は笑ってしまっていた。身内よりも優先された事実がただただ嬉しい。俺の身を心から案じてくれる存在はこの世で恐らくギルとテオだけ。それが何より嬉しく思えた。
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