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22話・グレフ神の末裔には苦い過去がある
しおりを挟む結局、屋敷の損壊は大したことはなかった。煙が立ち込めていたせいで状況の把握ができずに大騒ぎになってしまったが、被害は食堂の壁一枚と廊下の傷のみ。イムノスとフィッツは無傷だった。
再び応接間へと場所を移すことになったが、ギルはもう俺のそばから離れない。俺の席がないのなら宿屋に帰るとまで言い切る始末。これにはフィッツが激怒し、イムノスが間に入って宥めてなんとか場は収まった。
「これ以上わしの屋敷を壊すでないぞ、ギルバート。なんのために扉がついとると思っておる」
「申し訳ありません。急ぎの用があったもので」
イムノスの小言に笑顔で返すギル。謝罪はするが反省はしていない。その態度にフィッツがまた腹を立てた。
「君はまだ怪しげな研究をしているようだな。危険極まりないからやめろと前々から言っているだろう!」
「おや。原理すら知らずに結界を扱うほうが恐ろしくないですか? 私はグレフ神の末裔の血がなにをもたらすか可能性を確かめているだけですよ」
ギルは旅に出る前から様々な研究を行なっていた。正確には、女が抱けなくなって血を残すお役目ができなくなった頃から。
グレフ神の像は初代……つまりグレフ神が存在していた頃に造られたもので、現在は誰も仕組みを理解していない。故に、一度結界装置が壊れてしまうと完全な状態には戻せなくなる。それでは困るから、と自発的に研究を始めたんだとか。
水晶玉に刻まれた術式を紐解き、実験に実験を重ね、今では簡易結界装置を自作できるようになった。ちなみに、フィッツはグレフ神の像の中枢にある水晶玉の状態を確認せずに血を与え、ただ結界の強化のみをしている。もちろん他の人間にはできなあ大事な仕事だ。
「神の御力を調べるなど畏れ多い。我らは与えられた加護を維持するためだけに存在しているのだぞ」
フィッツの言葉に、ギルは肩をすくめた。そして、浮かべていた笑みを消して冷ややかな眼差しをフィッツへと向ける。
「その加護がいつまで保つかわからないから研究しているんですよ。忘れたのですか? 一年前のあの事件を」
張り詰めた空気が応接間に満ちていた。イムノスやフィッツ、護衛の男たちまでもが表情を暗くしている。
「……忘れられるはずがなかろう。あれほどの惨劇、思い出すだけで肌が粟立つわぃ」
イムノスが苦虫を噛み潰したかのような渋い顔でぼそりと呟いた。応接間に沈黙が流れる。
なんのことかわからなかったが、詳しく聞く気にはならなかった。ギルの険しい顔を見て、下手に口を挟んではいけないと悟ったからだ。
ギルは俺に甘いが、なんでも許してくれるわけじゃない。グレフ神の血族と関わりがなく、富や名声を求めず、人間に危害を加える意志がない都合の良い存在だからそばに置いている。俺が権力に媚びて靴底を舐めるような真似をしたら即刻切り捨てられる。ギルはそういう男だ。
「私は二度とあんな思いはしたくありません。そのために役目を果たす傍ら研究を続けております。誰であろうと文句は言わせません」
有無を言わさぬ迫力がギルにはあった。気圧されたフィッツの護衛たちが息をのんで青褪めている。同じ血族であるフィッツは少しも怯まず腕組みしたまま踏ん反り返っていた。
「……ギルバート、問題をすり替えるな。怪しげなものを使って身内の屋敷を壊すなと言っているんだ。製作者である君は威力を把握しているかもしれんが、こちらはなにも知らないのだぞ。使用人が怖がって困る」
正論で返され、ギルは小さく舌を出した。話を大きくして煙に撒こうとする企みを看破されたからだ。
とはいえ、『あの事件』の話は単なる誤魔化しのために引き合いに出したわけではない。グレフ神の末裔、そしてそれに連なる分家にも関わる共通の苦い過去の話なのだとなんとなく理解した。
「あと、フィッツ。先ほども断らせていただきましたけど、私にレイ以外の護衛は必要ありません。辺境を行くなら身軽でいたいので、馬車も要らないです」
どうやら食事の席で既に護衛増員の話題を持ちかけられていたらしい。あっさり断っているが馬車は欲しい気がする。いや、辺境の街道は整備が行き届いてないから馬車の走行には適さない。魔物に襲われた時には馬と積荷を守らねばならなくなる。そう考えると、やはり身軽な徒歩移動が一番合理的かもしれない。
「君は人間より半魔族を選ぶというのか!」
再びフィッツが語気を荒げた。遣いの男と同じで、差別意識が根底にあるから俺がギルのそばにいること自体が気に喰わないのだ。
問われたギルは俺の首に下げた革紐を掴み、自分のほうへと引き寄せて不敵に笑ってみせた。
「私が選んだ旅の供です。他の者には務まりませんよ」
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