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25話・本家と分家の間には軋轢が生じている
しおりを挟む朝食と共に預けた装備品や頼んでいた品物が客室に届けられた。衣服は綺麗に洗濯とシワ伸ばしがされ、外套は綻びを直して汚れも落とされている。短剣やナイフの研ぎも完璧で文句の付けようがない。野営用の道具や携帯食も荷袋にきっちり詰めてあった。
「至れり尽くせりだな」
「イムノス様からのご厚意、ありがたいことです」
ギルも細工用の小刀や研磨材が手に入って嬉しそうだ。
これから辺境に向かうために簡素な旅装姿となるわけだが、司祭服を着ていなくてもギルは人目を引く。そのへんの庶民とは異なる品格がにじみ出ている。特に、昨日今日と風呂に入って髪を綺麗に整えたせいで地味な格好をしていても周囲から妙に浮いてしまうのだ。何日か野営をすれば適度に小汚くなるが、もともと顔立ちが整っているのだから仕方がない。
「もう発つのかギルバート」
「ええ。あなたがたは?」
「私たちは明日出発する予定だ」
出掛けにフィッツが声を掛けてきた。護衛たちと朝の鍛錬をしていたらしく、額に軽く汗をかいている。
「辺境には稀に魔族が出ると聞く。危なくなったらすぐ退くように」
「わかっておりますとも」
「くれぐれも無理をするな。教会を通じての連絡は時間がかかる。なにかあってからでは遅いのだから」
「あなた、イムノス様に似てきましたね」
フィッツの小言は止まらない。滅多に顔を合わせる機会がないので、ここぞとばかりにぶつけているのだろう。ギルを心配しての言動なので好きにさせておく。
すると、昨日絡んできた男が俺のそばに近寄ってきた。バツが悪そうな顔で「昨夜はすまなかった」と謝罪してくる。どうやらギルが壁を壊した原因を作ったことを反省しているらしい。ちょうど良いので、気になっていたことを尋ねてみた。ギルに聞こえないよう男の首を掴んで引き寄せ、小さな声で問う。
「なあ、『ジーレン様』って誰?」
男は「は?」と間抜けな声を上げた。なにか言いたげな顔をした後、大きく息を吐き出している。
「ああ、キサマは記憶がないんだったか。その名を知らぬ者が存在するなど思いもしなかったから驚いた」
「バカにすんな。で、誰なんだよ」
知識や常識が足りていないことは自覚している。でも、ギルと共に旅をする中で一度も聞いたことがない名前だった。
──昨夜、イムノスが口にするまでは。
あの時、フィッツは即座に話題を切り替えた。ギルにその名を聞かせたくなかったからだ。故に、ギルに尋ねるなんてできなかった。
でも、知りたいと思った。いつもは穏やかで優しいギルの感情を一気に真逆に落とした存在を。
「グレフ神の末裔の中でも最も濃い血を引く本家の御方だ。聖都の教会本部にいらっしゃる」
男に礼を言い、未だフィッツから小言を喰らっているギルのそばに歩み寄る。すがるような目を向けられたので、間に無理やり割り込んでやった。
「いつまで無駄話してやがる。さっさと行くぞ!」
「無駄とはなんだ、おまえもきちんと話を聞け!」
わざと声を張り上げながらギルの腕を引くと、反対側の腕をフィッツが掴んで止めた。そのまましばらく引っ張り合う。
「こら半魔族、ギルバートを離さんか!」
「やぁなこった!」
あまりにも幼稚なやり取りに、フィッツの護衛たちは止めに入るどころか笑っている。左右から腕を引っ張られているギルも、ついには吹き出してしまった。
「あなたたち、随分と仲が良くなったものですね」
「誰が半魔族などと!」
「こっちのセリフだ!」
「アハハ、息ぴったりじゃないですか」
あまりにも笑われてしまい、俺たちはどちらからともなく手を離した。周囲に和解を印象付けるためのパフォーマンス以上の意味などない。フィッツと俺はギルの味方であると互いに確認し合った。それだけで十分だ。
やっとの思いで屋敷を出ると、大通りはたくさんの人々で賑わっていた。教会の前で開門を待つ信者たちの列を横目に、ふと思い出す。
「そういや、イムノスのじいさんは?」
「昨夜飲み過ぎたようで、まだ寝ているそうですよ。聖職者が二日酔いで寝坊だなんて笑えませんね」
飲ませた犯人はギルである。久々に親族が揃って浮かれていたイムノスに強い酒を勧めていた。もし起きていればフィッツ以上に足止めをしてくる厄介な年寄りだ。出立の邪魔をされないように潰しておいたに違いない。
「ねえ、レイ。あなたフィッツだけでなく護衛のかたとも仲良くしていませんでした?」
「昨日突っかかってきた件で謝られただけだよ」
「本当にそれだけですか?」
「他になにがあるってんだ!」
ギルの地雷の正体を教えてもらっていたなんて正直に言えるはずがない。
「あっ、そういや『見目が良い』とは言われたな」
「え。なんですかそれ」
話の矛先をずらすため、真実を織り交ぜながら話題を変えると、思いのほかギルが食いついてきた。
「あなたが御守りを使って私を呼んだ時の話ですか? あの男、やはり始末しておくべきでした。フィッツの部下だと思って見逃したのは間違いだったかもしれません。今からでも遅くはないか……」
「待て待て待て。やめろギル、冗談だ」
血走った目で物騒なことを呟き始めたので慌てて止める。俺の失言のせいで危うく一人死ぬところだった。
フィッツの言う通り、コイツは確かに俺以外の手には負えない男だ。俺が手綱を握っているのではなく、ギルが俺に甘えているだけなのだが。
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