【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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27話・魔族とは得体の知れない存在である

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 俺たちが訪れた小さな集落は荒れ果てていた。住民は一人もおらず、もぬけの殻となっている。結界装置であるグレフ神の像は破損し、役目を果たせない状態になっていた。

「もしかして、血の補充が間に合わなくて結界の効果が切れちまったのか?」
「いえ、一年半ほど前に最寄りの都市で対応したという記録が残っております。あと一年は余裕があるはずなんですが……」

 言いながら、ギルは懐から手帳を取り出した。辺境の各集落名と前回結界の強化を行なった時期が記されている。通常、結界の効果は数年間持続する。たった一年半で効果が切れることはないという。

「つい最近まで人間が住んでいた痕跡がある。荒れてはいるが死体はないし、血痕も見当たらない。結界の効果が完全に消える前に住民全員で避難したってところかな」

 民家の台所には比較的新しい食材が残っていた。完全に萎れていない葉野菜やカビが生えていないパン。水がめの中の水はまだ澄んでいる。少なくとも、無人になってから一週間は経っていない。集落が荒らされたのは、無人になってから入り込んだ野生の獣や魔物の仕業だろう。

「とりあえず寝床を確保しようぜ。もうすぐ日が暮れる。次の集落に行くのは無理だろうし、調査がてら一晩ここで過ごそう」
「ええ、そうですね」

 ギルの表情は暗い。廃墟と化した集落は幾つか見てきたけれど、今回はこれまでと様子が違う。もしかしたら間に合ったんじゃないか。もっと早く到着していれば、と自分を責めているのかもしれない。

「俺、門を塞いでくる」
「私は寝られる場所を確保しておきますね」

 まずは安全地帯を作らねばならない。俺たちは二手に別れて作業を開始した。集落の出入り口である門を閉じてかんぬきをかける。そのまま塀の内側に沿って歩き、破損箇所がないか調べた。レンガを積み上げて作られた塀は俺の背丈の二倍はある。ところどころ劣化しているが崩れてはいない。出入り口さえ塞いでおけば、新たに魔物が入り込んでくることはない。

 続けて民家を探索する。さっきは軽く見ただけで、しっかり調べたわけではない。一軒一軒回り、本当に誰もいないのか探した。台所、寝室、物置きの中まで確認したけれど、家畜どころか人間は誰もいなかった。血痕も死体もないのだから「良かった」と言うべきなのだろうか。

 どうやら人が住んでいたのは建っている家屋の半分ほどで、他は空き家だったようだ。辺境暮らしに嫌気がさして出て行ったのか。それとも死んでしまったのか。

「井戸、使えるかな」

 すべての民家を見終わってから、俺は広場にある井戸へと向かった。廃墟の井戸は水がよどんでいたり、獣や魔物の死骸が中に沈んでいたりする。水質を確認しないと安心して使えない。

 レンガで囲まれた井戸枠の上には小さな屋根があり、縄付きの桶が置かれていた。試しに水を汲み、匂いや色を確かめる。煮炊きに使うぶんには問題なさそうだった。

「うん?」

 井戸枠に肘をついてひと休みしていると、どこからか物音がした。ギルがいる教会とは反対側、集落の出入り口である門の向こう側から足音がする。ざく、ざく、ざく。初めは遠くから聞こえていた足音は次第に大きくなり、間隔も早くなっていった。

 何者かがこちらに近付いてくる。

 俺が身構えるのと同時に地面を蹴る音がした。何かが跳躍し、塀を飛び越えてくる。俺の背丈の二倍はある塀だ。普通の人間や野生の獣、四つ脚の魔物はまず飛び越えられない。だが今、実際に目の前で起きている。

 トン、と軽々つま先で着地した何者かが俺の存在に気付いた。ひょろりとした背の高い男だ。クセのある長めの前髪で目元が隠れていて顔はわからない。赤い髪と褐色の肌、黒い革製の衣服に身を包んだ男が俺を見て立ち尽くしている。

 この集落の住民ではない。身体的な特徴から、まず間違いなく魔族だ。戦うか、声をかけるか。俺が迷っている時だった。

「……おかしいな。無人だって聞いたのに」

 ぼそりと魔族が呟いた。俺への言葉ではなく独り言のようだ。背を丸めて溜め息をつく様は情けない。あまり強そうには見えないが、相手は魔族。見誤れば即終了だ。

「居なくしちゃえばいっか」

 予備動作なしの跳躍で間合いを詰められ、拳が振り下ろされる。反射で避け、そのまま後方に退すさって距離を取った。避けた拍子に外套のフードが外れてしまう。

 この魔族が現れてから一瞬たりとも目をそらさないようにしていた。目を離した隙にどこかへ消えられたら厄介だからだ。最大級の警戒をしていたにも関わらず、俺にはコイツの動きが読めなかった。

「テメェ、いきなり何しやがる!」

 突然の攻撃に抗議すると、魔族は首を傾げた。視線は俺の耳に向けられている。

「あれ、人間じゃなかった」
「話聞けよ!」
「オトナの『混血』がなんでこんなとこにいる」

 魔族はブツブツと独り言を呟き続けていた。言葉は通じているし聞こえているはずなのに、俺の質問には答えない。ジリジリと後退していくと、かかとが何かに当たって止まる。いつの間にか、俺は井戸のそばから近くの民家まで移動していた。

「どうしろって言われてたっけ。育った『混血』については指示されてない。どうしよう。勝手な真似したら怒られるかな」

 赤く長い前髪の隙間から紫の瞳が覗いている。その虚ろな瞳は俺の姿を真っ直ぐ捉えていた。得体の知れない恐怖が背筋を這い上がってくる。

 幸いブツブツ言ってる隙に後退したおかげで距離は十分離れている。ギルのいる教会まで逃げようかと考えた時、魔族が動いた。またしても予備動作なく、たった一度の跳躍で俺との間合いを詰めてくる。

「わかんないから連れて行こ」

 魔族は目の前でピタリと止まり、俺に向かって腕を伸ばした。枯れ枝のような細く長い指先が迫ってくる。狙いは俺の首だ。

「……ッ」

 咄嗟に魔法で炎を放つ。魔力を練ることも力の方向性を示す言霊もない、火花のような小さく弱い魔法だったが不意を突くことには成功した。いきなり現れた炎に驚いた魔族が元の位置まで退がり、怪訝な顔で俺を睨みつける。

「魔法、使えるんだ。『混血』のクセに変なの」


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