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51話・騙し討ちと裏切りの代償は
しおりを挟む崖下を駆け、岩だらけの斜面を下り、木々が生い茂る森へと急ぐ。今もなお砂けむりは上がり、なにかが激しくぶつかる音が断続的に響いている。ギルとルオムがやり合っている音だ。
現場が近付くにつれ、状況が見えてくる。離れた場所から魔法で攻撃するルオムの前に立ちはだかり、ギルが周りに生えている木を引っこ抜いて投げつけている。その後ろではフィッツと護衛たちが住民たちを連れてふもとへ行こうとしていた。負傷して自分の足で歩けなくなっている者に肩を貸しながら移動していて進みは遅い。
「遅くなって悪い、ギル!」
「レイ、来てくれたんですね」
俺の姿を見つけ、ギルは嬉しそうに破顔した。まだ余裕がありそうだが、遠隔攻撃できる魔族を相手に勝てるはずもない。前回の件で学んだようで、ルオムはギルが血を使う暇と隙を与えてくれなかったらしい。
「俺が引き受ける。オマエも退がれ」
「でも」
「今回の目的は住民の保護だろ。さっさと行け!」
「……ええ、わかりました」
フィッツたちのほうへと走り去るギルを横目に入れ替わりでルオムの前に立ち、魔力を練る。少し離れた木の上にいたルオムは俺を見て露骨に嫌そうな顔をした。
「また増えた。こんなにたくさんいるとか聞いてない」
コイツは人嫌いで静かな場所を好む。逃げ始めてから追いかけてきたところを見ると、洞窟の近くで昼寝でもしていたのだろう。
「俺が相手だ、ルオム!」
「ラース、ボクの邪魔をするの?」
「問答無用! ──切り裂け烈風!」
無数の風の刃を生み出して一斉に打ち込むが。軽々と避けられてしまった。ルオムは別の木に飛び移り、一箇所に留まらないようにしている。的が定まらなくては攻撃しづらいが、俺の役目はここでも足止めだ。別にコイツを倒す必要はない。
ルオムが飛び乗った木を風の刃が襲い、薙ぎ倒してゆく。何度か繰り返すうちに辺り一帯の木がほとんど倒れて見晴らしが良くなっていた。これは俺だけの仕業ではない。さっきまでギルが木を引っこ抜いていたせいである。
一本だけ残った木の枝に座り、肩で息をしている俺を見下ろすルオム。
「ねえ、なんで邪魔するの? ラースを傷付けたらバアルに怒られちゃうんだけど」
返答に納得したら引き下がるわけではない。コイツは役目を妨害されて不機嫌になっているだけだ。
「まあいいか。後でゆっくり聞けば済むし」
ルオムはゆらりと立ち上がった。単なる棒立ちだが、俺の目には恐ろしく見えた。先ほどまでの隙が一切ない。膨大な魔力がルオムに宿っている。飛び回って逃げている間、ずっと魔力を練っていたのだ。
「連れ戻すのめんどくさいから、逃げた人間はみんな居なくしちゃおう」
言葉で魔力に方向性を示すことすらなく、ルオムの意志と意図を汲んで最適な魔法が組み上がってゆく。魔族の魔法はここまで次元が違うのかと愕然とした。ルオムの攻撃魔法は離れた場所にいるギルたちを狙っている。放たれたら防ぐ手立てはない。
「バアルに怒られたら、ラースのせいだって言お」
これまで憮然とした表情しか見せなかったルオムが初めて口元をゆるめて笑った。勝ちを確信して完全に油断している。
「切り裂け烈風!」
「効かないよ、そんなの」
懲りずに抗う俺を嘲笑うルオム。俺が放った風の刃は見当違いのほうに飛んでいき、かすりもしない。従ってルオムもまったく避けず、木の枝の上で立ったままだ。しかし。
「なに今の……あぐっ、体が……」
次の瞬間、ルオムの体が硬直した。指一本自由に動かせず、苦悶の表情を浮かべている。同時に、膨大な魔力が霧散していく。
「油断しなけりゃ良かったのにな」
「ま、また結界? いつの間に」
「最初から仕込んでたんだよ」
ギルと交代してルオムと対峙した時、俺は事前に簡易結界装置をとある木の根元に隠していた。風の刃で周りの木々を倒し、その木だけが残るように仕向けた。最後に、外したふりをして結界装置に風の刃をぶつけて起動すれば終わりだ。
俺が相手ならルオムは下手に手出しできずに防戦一方になると見越しての作戦だ。
「人間たちは連れていくからな」
「ラース、どうして?」
「……」
長い前髪の隙間から覗くルオムの瞳は困惑の色に染まっていた。何度も騙され、妨害されたのだ。もう俺を仲間だとは思ってくれないだろう。魔族だった時の記憶はない。コイツらを裏切って人間側につくと決めたのは俺自身の意志だ。
動けずに固まるルオムに背を向け、山のふもとへと走り出す。
「ラース……」
消え入りそうな声で名前を呼ばれたが、今の俺は「レイ」だ。魔族の「ラース」じゃない。そう自分に言い聞かせ、耳を塞いだ。
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