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52話・仲間の定義と奇跡の光
しおりを挟むルオムを無力化してから山道を駆け降りる。道中の地面に点々と血痕があり、誰かが怪我を負っているとわかった。
ふもとに着くと、ちょうど保護した住民たちを馬車に乗せている最中だった。一番近くにいたフィッツの護衛の一人に声をかける。
「おーい、大丈夫か?」
「レイ。おまえ無事だったのか」
「ああ、魔族を足止めしてきた」
安否を確認したつもりがこちらの心配をされてしまい、俺は両手を広げて無傷を証明してやった。ホッと安堵の息をつく護衛の顔にわずかに笑顔が戻ったが、まだ表情が硬い。なにかあったのだと察して再度尋ねる。
「なあ、誰か怪我してないか?」
「フィッツ様やギルバート様はご無事だ。住民たちも転んだ際の擦り傷程度で済んでいる。だが……」
重苦しい口調から、只事ではない雰囲気を感じ取る。慌てて周囲を見回すと、馬車が停められている場所から少し離れた木陰でフィッツたちが何かを覗き込むように膝をついていた。
「ルシオ、ルシオ! しっかりしろ!」
「フィッツ様、駄目です血が止まりません!」
「手の施しようがない。設備があっても、もう」
木の根元に横たえられた護衛は腹部からおびただしい量の血を流していて、囲むように膝をついているフィッツたちの服を赤く染めている。悲痛な声でフィッツが護衛の名前を呼び、デオガルドから連れてきていた医者が止血を試みているがうまくいっていない。
「彼は住民をかばい、魔族の攻撃魔法をもろに喰らってしまったのです。彼が避けたら十数人の住民たちが犠牲になるところでした」
茫然と立ち尽くす俺に気付き、ギルが状況を説明してくれた。ギルの声は平坦で、なんの感情もないように思えたが、違う。近くにいたのに守りきれなかった自分に対して憤っているようだった。
「アイツは……」
倒れている護衛は血を失い過ぎて顔が土気色になりかけていた。見慣れた顔だ。いつも俺に突っかかってきて、憎まれ口ばかり叩く嫌な奴。手合わせで勝って初めて名前で呼ばれた時にようやく対等の間柄になれたと思ったばかりなのに。
「ルシオ!」
見ている間にも血は流れ続け、内臓も傷ついているのか苦しそうに咳き込みながら血を吐いている。死は避けられないと誰もが理解した。
「しっかりしてくれルシオ。……嗚呼、神の末裔など無力なものだ。支えてくれる仲間ひとり救えないのだから」
ルシオの手を握りながら嘆くフィッツ。
グレフ神の末裔は万能ではない。血に魔物や魔族を忌避する力が宿っているだけで、その辺にいる人間となんら変わらない。
諦めと絶望の空気の中、俺はフィッツの隣に膝をついた。不規則な呼吸を繰り返しているルシオの顔を覗き込む。まぶたはわずかに開いているが、見えているのかいないのかはわからない。口の端から垂れる血を指先で拭ってやりながら、俺は声をかけた。
「おい、いつまで寝てんだ。デオガルドに戻るぞ」
その場にいた全員が顔を上げ、すごい目で俺を見てくる。なにを的外れなことを言っているんだこの半魔族は、と言いたいのだろう。だが、無視してルシオに話しかけ続けた。
「半魔族に負けっぱなしで悔しくねえのか? オマエの矜持はそんなモンだったのか?」
煽るようなセリフをぶつけると、他の護衛の三人が唇を噛み締めて視線を伏せた。本人の代わりに反論してくれても構わないのに喋る気力すらないらしい。これじゃ俺だけがコイツの現状を受け入れられずに我が儘を言ってるみたいじゃないか。
「フザけんなよ、ばかやろう」
俺は自分の指先についたルシオの血を拳の中に握り込み、俯きながら悪態をついた。
付き合いは浅いが、本音でぶつかってきた相手だ。俺とコイツの間に嘘はなかったし、同じグレフ神の末裔を護衛する者としての仲間意識みたいなものも芽生え始めていた矢先だ。なにも覚えていないバアルたちより、交流した記憶のあるコイツらのほうが今の俺には大事だ。
「え、あれ、なんだ?」
「これは一体……」
ふと、戸惑いの呟きが聞こえてきた。こんな時になんだよ、と思いながら顔を上げると、辺り一帯に真っ白な光の粒が舞っている光景が目にはいった。光の粒が一箇所に集まってゆく。ルシオの腹部にある傷に集まり、チカチカと点滅している。
「なんだ、なにが起こっている?」
隣にいたフィッツが困惑した顔で俺を見るが、まったく意味がわからないと示すために首を横に振った。
「これは、魔力でしょうか。でも……」
後方にいたギルからも戸惑いの声が上がる。馬車に乗り込んでいた住民や周りにいた兵士たちも不思議そうにこちらの様子を眺めていた。
「あ、消える」
光の粒は十数秒ほど経つと徐々に減っていき、最後にはなんの痕跡も残さずに消えてしまった。後に残されたのは、相変わらず倒れたままのルシオと、ポカンとした顔の俺たちだけ。
「ちょ、ちょっと見てください皆さま!」
真っ先に異変に気が付いたのは医者だった。医者はルシオの腹部を覆っていた止血用の布を外し、患部に付着していた血を軽く拭う。すると、先ほどまで開いていたはずの腹部の傷がほとんど塞がっていた。土気色だった顔色もわずかにマシになっている。
「バカな。まだ縫合もしていなかったというのに」
驚愕する医者と、まさかの事態に顔を見合わせるフィッツと護衛たち。まだ喜ぶのは早い。傷が塞がっても流した血は戻らないのだ。
「すぐに馬車に乗せよ! デオガルドに戻るぞ!」
「はっ!」
気を取り直したフィッツが指示を出し、護衛たちが空いている馬車にルシオを運び入れてゆく。それを離れた場所から見守っていると、ギルに肩を叩かれた。
「お疲れ様でした、レイ」
「ああ。なんか知らねえけどめちゃくちゃ疲れた」
「でしょうね」
バアルとルオムを足止めした件に対する労いだと思って適当に返事をすると、ギルは意味ありげに微笑んだ。そして、俺の手を引いて馬車へと向かう。
「全員乗ったなー? 出発するぞぃ!」
先頭で号令を出している年寄りはイムノスだ。ギルから「デオガルドで待て」と言われていたにも関わらずついてきていたらしい。カダロードから連れてきた兵士の取りまとめ役をするぶんには構わないが、分家の当主が危険な現場に来たら迷惑じゃないか?
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