【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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70話・グレフ神の血を最も色濃く継ぐ者とは

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 教会本部に呼び出されていたギルが戻ってきたのは別れてから数時間後のことだった。平然とした様子だが、なぜか服が変わっている。ジーレンと会う前に着替えたのだろうか。

「イムノス様、申し訳ないですが少々疲れました。部屋を用意していただけますか」
「構わんぞぃ。すぐに案内させよう」

 イムノスはすぐに使用人を呼んで客室に案内するよう指示を出した。ギルは俺の手を引き、案内役の使用人の後に続く。応接間を出る時、フィッツたちから不安そうな視線を向けられていることに気付いて困惑した。

 案内された客室は一階の片隅にあった。庭に面した大きな窓から陽の光が差し込む綺麗な部屋だ。笑顔で案内役を帰した後、扉の内鍵を閉めて振り返ったギルの顔を見て驚いた。作り笑いを消し、怒りとも悲しみともつかない酷い表情をしていたからだ。

「ギル、こっちに来い」

 近くにあったソファに座って手招きする。隣に座るかと思いきや、ギルはそばの床に座り込んで俺の膝に縋りついてきた。

「どした。嫌なことがあったのか」
「ええ、とても嫌な目に遭いました」

 人前では笑顔を取りつくろっていたくせに、俺の前では隠さなくなっている。やはり想いを通じ合わせ、体を繋げたからだろうか。信頼に足る相手だと認めてくれたのだと思えば嬉しくなる。

 それはそれとして、ギルを不快にさせた奴は許せないが。

「ジーレンって奴に文句言われたんだろ。怒られた?」
「怒鳴り散らされました。理由なんか聞きもしないで、わあわあと喚くばかり。手当たり次第そばにあるものを投げつけられました」

 予想以上に酷い目に遭ったらしい。頭を撫でてやると、銀の髪に少し赤いものがついていた。触れてみると指先に色が移る。血だ。

「怪我してるのか?」
「もうほとんど治りました。さっきまで着ていた服は血で汚れてしまったので着替えてから来たんです。もう、本当に最悪……」

 ギルの服が変わっていた理由は、ジーレンによって怪我を負わされたことを隠すためだった。恐らく面会自体はすぐに終わったのだろう。時間経過で怪我があらかた治るまでどこかで休み、着替えた後にラウール家の屋敷に来たから時間がかかったのだ。着替えなくてはならないほどの出血を伴う怪我を負わされるとは思わなかった。

 さっき応接間でフィッツたちが微妙な態度だったのは、教会本部に行けばどうなるか、なにをされるか察していたからに違いない。

 マリクたちの話では、ジーレンはギルやフィッツの父親だという。親子だとしても一方的な暴力は許されない。例えこの大陸で最も高貴な身分であろうと、例え神の血を色濃く継いでいようとも関係ない。

「なんだソイツ。ぶん殴ってやりゃいいじゃねえか」

 憤る気持ちのまま言うと、ギルはパッと顔を上げた。目を丸くして、ポカンとした表情で俺の顔をまじまじと見てくる。暗く澱んだ瞳に光が戻ったような感じがした。そして、大きな声で笑い始める。

「あはは、ホントですよね。殴れば良かった!」

 重く沈んだ空気が吹き飛んだ。いつもと同じギルの笑顔に、俺も嬉しくなって笑う。

「今からでもいいぞ。一緒に行くか?」
「嫌ですよ、今日はもう会いたくないですし」
「それもそうだな」

 しばらく笑ってから、ギルは溜め息をついた。体の中に溜まった黒い感情を全部吐き出すみたいな、長く大きな溜め息だ。

「……ジーレン様は、若い頃はとても聡明で尊敬できる御方だったそうです。祖父が生前よく言ってました」

 俺の膝に縋りつく体勢のまま、ギルがぽつぽつと話し始めた。

「本家の存続が自分の肩にかかっているのですから、周囲からの期待や圧力は分家の私たちに対するものより酷かったと思います」

 俺に聞かせるていで、自分の気持ちを落ち着けるためにやっているのだと思う。時々相槌を打ち、話の続きを促した。

「私たちよりたくさんの女性たちや子どもたちに先立たれているのですから、精神を病んだとしても不思議ではないんですよね。でも、私とフィッツが知るジーレン様は怒りっぽくて気分屋で落ち着きのない乱暴な男でしかなくて、昔からずっと大嫌いでした」
「そうか」

 ジーレンと未来の自分を重ねているのかもしれない。今は真っ当な感覚を持ち合わせているけれど、こんな生活が何十年も続けばおかしくなるに決まっている。未来に希望が持てなくなっても仕方がない。

「そんな状態ですから、グレフ神の血を最も色濃く受け継いでいるにも関わらず、ジーレン様には実権が与えられていないんです。今は分家の当主であるイムノス様と私が最終決定権を持ち、平時は各都市にある教会の高位聖職者たちが議会を開いて意見を擦り合わせて様々な問題に対処しています」

 ジーレン自身は教会本部の最深部に引きこもっているので実際に表がどうなっているかはわからないはず。疑問に思って聞いてみれば、答えは簡単だった。

「聖都から住民を避難させた際に、ジーレン様の世話係から若い者がいなくなったんでしょう。そこで不審に思って周囲にしつこく理由を尋ねたみたいです。ジーレン様に逆らうなんて出来ませんから、聞かれた者は正直に教えたんでしょうね。おかげで怒られてしまいました」

 ふふ、と力なく笑うギル。客室に通されたばかりの時より穏やかな顔をしているが、ジーレンの話をしているせいか普段より表情は暗い。よしよしと慰めるように頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。

 俺にできるのは精々ギルの心を安らげることくらい。もっと気持ちを楽にしてやりたいが、どうすればいいのかわからなかった。

 そうだ。
 癒やしといえば思い当たる存在が一つだけある。

「ギル、今からテオに会いに行こう!」

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